(5)
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目を開けると、金色の髪、赤い瞳の知っている顔が視界の上から逆さまにニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「……何で居るの、クラリッサ」
「んんー? いやいや、宿命のライバルの孫の寝顔をちょーっと覗いてみたいなと思ってね」
「いや、そうじゃなくて……。客間にはララが結界を張ってたはずなんだけど」
僕がジト目で言うと、クラリッサは少し得意げな顔になる。
「今の私はかつての力は殆ど失っているけれど、魔術師としての知識は失ってないからね。少し時間をかければ何とでもなるものさ」
ううーん……この人、今更ながら信用ならない気がしてきたぞ。
「それにしてもまあ、何だねえ」
「……?」
「魔導人形って、案外しっかり眠るんだねえ」
「え……?」
言われて隣のララの方へ目をやると、目を閉じて静かな寝息を立てていた。
「睡眠をとらなくても大丈夫で、寝てる素振りをしてるだけだって言ってたはずなんだけど……」
「ふぅむ。魔術研究の観点で見ても中々に興味深いね」
知的探求心を擽られたのか、目を輝かせて今度はララの顔を眺めている。
このまま寝かせたままだとクラリッサによからぬ悪戯をされかねないので、ララを起こす事にする。
「ララ」
「……すぅ……」
「ララ、起きてよララ。もう朝だよ」
「う……ん……?」
ゆっくりと、ララが目を開ける。
「……昇さん?」
やっぱり眠っていたのは間違いないようである。
「おはよう、ララ」
「おはよう……ございます……」
「やあやあおはよう、魔導人形」
「おは……よ……う……?」
「それとも、麗しの眠り姫とでもお呼びした方がよろしいかな?」
「――ッ⁉」
状況の違和感に気が付いたララは、跳ね起きたかと思うと瞬時にクラリッサの背後に回って後ろ手に拘束する。
「クラリッサ……! 何故ここに居るのです……!」
「いたたたた、こらこら! 別に危害を加えるつもりなんて無いってば!」
「黙りなさい! 大方寝首を掻きに来たのでしょう⁉」
「何故って聞いたり黙りなさいって言ったり忙しい奴だなキミは……! 昨日も言ったけど、寝首掻くつもりだったら今だってわざわざ起きるまで待ってないっての!」
「ララ。昔はどうだったか知らないけど、今のクラリッサは少なくとも僕らに対して敵意を持ってはいないと思う。思う所はあるかもしれないけど、放してあげて」
「むぅ……」
ララは少し悩む様な素振りの後、静かにクラリッサの拘束を解いた。
「ふぅ。やれやれ、骨折られるかと思ったよ」
おどけた様子でヘラヘラと笑うクラリッサ。
これは反省しないタイプだな……。
「だいたい、目が覚めて自由に動けたならさっさと帰れば良かったではないですか。昇さんの作った夕食を食べるとか言うふざけた目的も遂げているのでしょう」
拘束を解いたとはいえ、ララの目には警戒心がありありと滲んでいる。
一方のクラリッサはどこ吹く風といった表情のまま、ポケットから何かを取り出した。
「んふふー、そんな怖い顔しないでよ魔導人形。せっかく昇クンとおてて繋いで寝てる時は可愛い寝顔してんのにさ」
そう言ってクラリッサは、手にしたスマホの画面を開いて見せた。
「なっ⁉」
ララの顔が一瞬で真っ赤に染まっていく。
「おー、恥じらいも顔に出るとは……静のやつ、凄い作り込みをしたもんだ」
「僕も初めて見た」
「クラリッサ! いつの間に写真などを撮っていたのですか……! 現像などする時間も無いはずなのに!」
……あ、そうか……ララはスマホ見た事無かったか。
「へへーん、キミはもう少しこの時代の文明の利器について学ぶべきじゃあないかな魔導人形!」
「ネガをよこしなさい!」
「今じゃネガなんてものは殆ど使わないんだよ! これ一つで全部できるんだから!」
「ならばそれごと破壊します!」
ララをからかって画面を見せびらかしたクラリッサのスマホを、ララの攻撃が掠める。
「うわっ、危ないな! これはキミみたいに頑丈じゃないんだぞ! 日雇いのバイト半月も頑張って買ったのに!」
「貴女の都合など知りません!」
僕の部屋で不毛な追いかけっこを始めた二人を見ながら、頭に浮かんだ所感は一つ。
……バイトするんだ、吸血種。
「いやぁ、日本食はやっぱり味噌スープだよねえ」
「どうして貴女が朝食まで食べているのですか」
ララの握りしめた箸が、ミシリと音を立てる。
「ララ落ち着いて。箸が折れる折れる」
「そうカッカしなさんなって魔導人形。血圧上がるぞー。あ、血圧無いか元々」
「クラリッサも煽らないでよ……」
まかり間違ってこの二人が本当に喧嘩を始めようなら婆ちゃんの残してくれたこの家が半壊しかねない。
見ている方は胃が痛くなる思いである。
あの後、興奮するララをどうにか宥めて朝食にすることにしたのだけれど。
クラリッサも何食わぬ顔で居残っていたため、彼女にだけ出さないのも何となく気が引けてこの状況が出来上がっているのだ。
「けどさあ。昨日もさっきも思ったんだけど魔導人形、キミ昔からこんなに感情豊かだったっけ?」
鯵の開きをつつきながら、クラリッサがそんなことを言う。
「そんな事は私に聞かれても答えようがありません。と言うかクラリッサ、一人でそんなに大きく身を取らないで下さい」
「ケチ臭いなあキミは。あっ、こら、人がとった分を接収するんじゃない」
「二人暮らしで二尾しか買っていないのをお情けで分けてあげているのです。少しは遠慮と言うものを憶えてください。あっまたそんなに……!」
「箸 で 食 べ 物 を 奪 い 合 う ん じ ゃ あ り ま せ ん」
「す、すみません」
「うら若き乙女にアイアンクローはよしたまえあだだだめりこむ、めりこむから」
強硬手段で二人の朝食戦争を鎮圧し、ようやく大人しくなった所で話題を戻す。
「ララの感情にふり幅が出るようになったのは、魔術兵装の組み込みをやってからなのは間違いないと思う」
「へぇ。昔静と魔導人形が私と戦った時に使ってたあの物騒な武器の数々の事かい。じゃあやっぱり昇クンが昨日使ってたのもそれの絡みか」
「まあ、そうだね」
「昇さん、何を企んでいるかわからない吸血種の前でそのような話をするのはどうかと思います」
「ララ。この事件に係わる部分に関してだけは、クラリッサは信じていいと思うよ」
「……わかりました」
「んっふっふ。できれば全幅の信頼を置いた上に惚れ込んでくれたりすると今後が色々やりやすくなるんだけどねえ」
「露骨すぎる」
「やはり追い出しましょう」
「冗談だって。ともあれ、魔術兵装を取り戻したことで魔導人形の戦闘能力がある程度期待できるものになったのは僥倖だね。これでこの事件解決に向けてこれからやる事がはっきりする」
「やること?」
クラリッサは手元のお茶を一口啜り、不敵な笑みを浮かべた。
「上無市に潜伏する屍人を、全て狩りつくすのさ」




