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上無の魔術工房①魔術工房の相続人  作者: あきみずいつき
第二章 上無市の魔術師
14/57

(4)

 ⒋



「今日はもう本当に、無茶苦茶でした」


 就寝のために電気を消して程なく、ララが呆れたように呟いた。

 真顔で一晩中座ったまま凝視されながら眠るよりはマシとは言え、背中合わせの距離で眠るのだってそうそう慣れるものではない。

 今だって背中にはララが触れている感触があって、僕の心臓の動きは平時よりも速くなっているのだ。

 魔力の波長を同調しやすくするためとは聞いているけど、そう簡単に割り切れはしない。高校生だもの。


「……いきなりだったのはすまないと思ってるよ」


 気を紛らわせるため、雑談に乗ることにした。


「いきなりでなくとも、クラリッサと知っていたら反対しました」

「……」

「今だって、ダメだと言われなければ殲滅する好機だというのに」

「まさか寝始めるとは思わなかったなあ」


 あの食事のあと、散々飲み食いした挙句にクラリッサはその場でテーブルに突っ伏して寝落ちしてしまったのである。


「けど、何も部屋の外から結界張ることもないと思うんだけど。あれだってララの溜めた魔力を使ってるんだろう?」

「あんな凶悪な吸血種を家に上げただけに止まらず、眠って討伐する好機だったものを見逃し、あまつさえ客間に寝かしつけるなどされたら、せめて結界でも張っておかねば一息つくこともままなりません」

「いや、だってあのままリビングでテーブルに突っ伏したままにしておくワケにも行かないでしょ」

「……そもそも客間は、昇さんが私に使ってよいと言った部屋ではないですか」

「一回も使わずここで寝起きしてるじゃないか」

「それは……もういいです。知りません」


 ……何だか微妙に機嫌を損ねてしまった様である。

 何だか日に日に人間味を増していくなあ。

 いや、僕としてもコミュニケーションをとる意味では良い事なのだけれど、その原因はやっぱりあの魔術兵装の組み込みをしてからという事になる。

 何がどうなっているのだろうか。

 整備マニュアルを見ればわかるのかもしれないけれど、あれもララがどこかに仕舞い込んでしまったみたいだし。

 色々とわからないことだらけだ。


「けど、この町ってクラリッサの他に今の事件を起こしてる吸血種が居るって言う事だろう? それに五十年前は婆ちゃんの居た宮原の家以外にも魔術師の家があったなんて、上無市って何かあるのかな」

「……以前静から聞いた話では、この土地には太い霊脈が通っているのだそうです。魔術師は他の土地よりも大きな力を行使する事が出来、同時に人ならざるもの達も霊脈から溢れる力を求めて寄り付きやすいのだとか」

「オカルト的には天国ってことか……」

「……天国なものですか」


 その声色が、ほんの少し低くなった気がした。


「ララ……?」

「静はかつて、あの争いに駆り出されて望んだわけでもない戦いを強いられたのですよ」

「……」

「あんなことが無ければ、静は平穏で幸せな人生をずっと送れたはずなんです」


 ララの言葉には、確かにそれを見てきた者の実感があるように思われる。

 あの工房で襲ってきた屍人を容易く撃破したララをしてそう言わせるという事は、僕が今日経験したような光景が……あれ……?


「――ッ!」


 急に、それまでどこか実感の無いものとして意識の外にあった、崩れ行く吉野先生の身体を見ていた時の感覚が脳裏に蘇ってきた。


「昇さん……?」


 身体が震える。

 呼吸が荒くなる。


「……はっ……はっ……」

「昇さん、どうかしたのですか……⁉」


 ララが身を起こして、僕の背中をさすり、顔を覗き込む。


「まさかクラリッサが何か……!」

「……そ……そうじゃない……そうじゃないんだ、ララ」

「……?」

「今日……クラリッサに助けられた時、僕を襲ってた屍人……ウチの学校の先生だったんだ」


 婆ちゃんの死は病だったから、そういうものだと納得もできた。

 けれど、吉野先生のそれは違う。

 初めて目にした非業の死と言うものの実感。

 あまりに現実離れした状況で心の中の情報処理が遅延していたものが、今になってやっと押し寄せてきたのかもしれない。


「……そう、ですか」

「あんなに簡単に、命って消えてしまうんだって……それを、急に思い出して。……ごめん。少し取り乱したけど、大丈夫。もう遅いから……寝よう」

「……」


 僕は布団をかけなおし、半ば無理矢理目を閉じる。

 感情の動きが出始めて間もないララに、心配をさせたくなかったからでもある。


「………………ふぅぅ……」


 一度大きく息を吐き、気を落ち着けて眠りに入ろうと足掻く。

 ――と。

 左手に、何かが触れる感触があった。

 驚いて手元を見ると、そこにはララの右手があった。


「大丈夫です」

「ララ……」


 ララの顔は向こうを向いていて表情は伺い知ることはできない。

 けれど、僕の手を握るララの力は、少し強かった。


「……私は人形ですが、消えたりはしません。ここに居ります」


 左手に感じる感触は、心無き「物」ではない、確かな温かさを持っていた。

 そう感じた僕の意識は不思議と安堵し、徐々にまどろみへと落ちて行った。


 婆ちゃんはララを「友達」として作ったのだと聞いた。

 人間の心に寄り添って、人間と共に在る、人間の形をした被造物。

 それは、人間と何か違うのだろうか。


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