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上無の魔術工房①魔術工房の相続人  作者: あきみずいつき
第二章 上無市の魔術師
13/57

(3)

 ⒊



「ただいま」


 帰りが遅くなったことと、面識のない女子を連れて帰った事で損ねるであろうララの機嫌をどう修復するかの算段しながら玄関の戸開けると、リビングの方からパタパタと足音が聞こえてララが姿を現した。


「昇さん、おかえりなさい」

「あ、うん。遅くなってごめん」

「では早速お弁当の感想を……あら、表にどなたかいらっしゃるのですか?」


 気配に気付いたのか、ララは小首を傾げる。


「えーっと……そう、お客さんで……」

「どもどもー、昇クンのお友達のクラリッサでーす」


 しどろもどろの僕が紹介するより早く、背後から無茶苦茶雑な自己紹介をしながらクラリッサが顔を出した。


「クラリッサ、話には順序ってもの――っ⁉」


 フォローを入れようとした僕はいきなり物凄い勢いで引っ張られ、入れ替わる様に前に出たララが、いきなりクラリッサの襟首を掴んだ。

 ララは余程激情にかられているのか、クラリッサの足が玄関の土間から少し浮きかけている。

 まずい、これは粗相なんてもんじゃすまなくなる。


「ち、ちょっとララ! そりゃいくらキミが知らない子を僕が連れて来たからって――」

「――何故……」


 慌てた僕の制止を遮る様に、ララは絞り出すような声で言った。


「……何故貴女がここに居るのです……クラリッサ=A=マグダウェル……!」

「え?」


 何だ? ララはクラリッサの事を知っているのか……?


「お久しぶりだね、魔導人形。ひょっとしたらと思っていたけれど、会えて嬉しいよ」


 ……クラリッサのこの言い様も、何かおかしい。

 ここへ来るまでの道すがらでも、僕はララの素性に関しては話していない。

 クラリッサがララの事を魔導人形と呼ぶためには、元々事情を知っていなければおかしくなってしまうのだ。

 つまりこの二人は互いの事を知っていると言うことになる。


「ララ、これは一体……」

「……昇さんは下がっていて下さい」

「それは……どういう……?」

「この者は……この者こそが元凶。……()()()()()()()()()()()()()()()

「な……⁉」


 思わず絶句する。

 クラリッサが吸血種……?

 クラリッサの顔を見ると、彼女はどこか困ったような顔で苦笑していた。


「いやいやちょっと落ち着きなって魔導人形。あの頃君達に敵対してたのは間違いないけど、今この上無市を騒がせてる件とは全然まったくこれっぽっちも関係してないんだ。濡れ衣だよ」

「口から出まかせを……!」

「本当だってば……だいたい私は、さっき屍人から昇クンを助けたんだぞ。私が黒幕だったら、わざわざそんな事をする理由が無いだろう」

「なんですって……?」

「ララ、クラリッサの話は本当なんだ。婆ちゃんとララの因縁の相手だとか言われてもまだ理解が追い付かないけど、彼女が助けてくれたのは本当だ」

「…………」


 少しの間があって、やがてララは幾分警戒しながらもクラリッサから手を離す。


「ふぅ。危うく死ぬかと思ったよ」


 乱れた服の襟を正しながら、クラリッサは溜息をついた。

 未だ敵意剥き出しのララとは対照的に、クラリッサにはそのつもりがまるで無いように思われた。


「不死性の塊がよく言う……」

「言葉のアヤだって、気にしないでよ。それより今日は本当に、昇クンの客人としてお呼ばれしたんだよ。ねー?」

「……まあ……はい」

「もー、せっかく打ち解けてくれたのにまーた『はい』だなんて他人行儀に戻っちゃって。もっとくだけて行こうよぅ」

 背中からしがみつくようにしてクラリッサがおどけた声を出す。

「ちょっとクラリッサ……!」

「昇さんから離れなさいクラリッサ……! 昇さんこの者の言葉を鵜呑みにする必要などありません」

「どうしろっていうんだこの状況……」


 ……まだ混乱していると言うのにいきなりこっちに話を振らないでほしい。


「まあまあほらほら昇クン、私はキミがごはん御馳走してくれるって言うから楽しみにして来たんだよ。私は日本食大好きなんだ。さっきキミを助けるのにもなけなしの力を使っちゃったし、お腹ぺこぺこでさ」


 言うが早いかクラリッサは僕の背中を押して玄関へ上がり込む。


「待ちなさいクラリッサ! 私は話はまだ――」

「と、とりあえずララ、今ここで暴れるのは勘弁してくれ! こんな住宅街で戦闘なんてされたら近所迷惑じゃすまなくなる!」

「そうそう、昇クンの言う通り~!」

「ちょっと、昇さんから離れなさいと言っているでしょう!」

「はあ……」


 この先の気苦労を考えると、胃の痛くなる思いだった。




「んーっ! この豚肉とタマネギと馬鈴薯の煮物、本当に美味しいねえ! あ。昇クン、ご飯おかわりもらっていいかな」

「クラリッサ、貴女には遠慮と言うものがないのですか。昇さん、私にもおかわりを」 

「何だい、キミだってそれ四杯目じゃないか。私はこれでまだ三杯目だよ」

「私は身体に魔力を蓄積させるために炭水化物を多く摂取する事が必要なのです。ちょっと、それは私の分の肉じゃがです」

「ケチケチしなさんなってば、あ、おいその漬物、最後のために取っておいたんだぞ」

「……頼むから二人とも箸で戦うのやめてくれ。行儀悪いから」


 五十年前ウチの婆ちゃんと一緒だった魔導人形と、その二人の敵だったと言う吸血種を名乗る飄々とした外国人が、目の前で僕が作った夕食を奪い合っている。

 何なんだこの状況は。

 控えめに言ってワケがわからない。


「……と言うか、本当に二人は五十年前に……?」


 僕の質問に、クラリッサは箸を止めることなく答える。


「ん? そうだよ。私は社会に紛れて……むぐ。趣味であるこの国の文化研究を続けたかっただけだったんだけどね」

「あれだけの被害を出しておいて……もぐ。……よく言いますね」


 ララがクラリッサを睨むように言うが、言われた当人はやれやれと言った感じで笑い返した。


「そりゃ誤解だよ魔導人形。元々はどこからか……もぐもぐ。私の正体を嗅ぎつけた御山の坊ちゃんが先に手を出して来たんだ」

「……二人とも食べるのか喋るのかどっちかにしてくれ」

「……失礼しました」

「はーい」

「……それで御山の坊ちゃんて言うのは……?」

「宮原家の他に、当時上無市に在った魔術師の家の次期当主だった青年だよ。功績が欲しかった彼は私を倒して名を上げようとし、私は自衛のため仕方なく返り討ちにした。息子を殺されて怒り心頭のご当主様がお家を上げて全面戦争の出来上がりってワケ。かくして私は御山家を滅ぼした大罪人となり、人間社会からすれば恐るべき敵となった……ってとこかな」

「……」


 ……スケールが大きすぎて理解が追い付かない。

 ただララに最初に聞いた吸血種の話とは、少し事情が違っているように思われる。


「私はキミに会った時、文化研究のためにこの国に来た留学生と名乗ったけれど、あれは本当の事なんだ。吸血種は家系だけれど、人間社会に混じって私みたいに魔術師をやっていた者だっている。まあでも、あの時はいくらそう話しても、最早人間達は私を倒す事でしか心の安寧を保てなかったんだろうさ。結果として、魔術師界隈じゃ埋もれていた宮原家なんて所から宮原静と言う天才が出てきて、最後には封印されてしまったワケ」

「……そう、なのか」

「で、封印が解けて久々地上に出てみたら五十年も経過してるわ、私の知らないバカ吸血種が上無市で屍人を生み出しまくってるわ。どうしたもんかなと思って方々調べて回ってた時に、偶々出会ったのが昇クンだったのよね。使ってた魔術に見覚えがあったのと、名前聞いてピンと来たんだ。静が死んでたのは驚きだったけど、その孫と会えるなんて運命だと思ったよ」

「……」

「それで、貴女の目的は静への復讐ですか……?」


 ララはクラリッサを睨み付ける。

 五十年も自分を封じることになった相手の孫である僕が目の前に居るのだ。

 そうしたことを考えても不自然ではない。

 ……が。


「だから、そのつもりなら気付いた時点で殺してるってば。私は今この上無市で起きている吸血種の事件を解決したいだけなんだよ。でなきゃ、平穏な文化研究の暮らしに戻れもしない」

「どうだか」

「復讐だの殺すだの、物騒な言葉を食事中に飛ばし合うのやめようね……」

「……失礼しました」

「おやおや怒られちゃったねえ」

「怒られたのは貴女もです!」


 こうして、五十年ぶりに再会したかつての宿敵同士を交えた謎の食事会の夜は、家主の僕を置き去りにしつつ、まとまりのないまま更けて行くのであった。

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