第二章 上無市の魔術師(1)
第二章 上無市の魔術師
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ララが我が家に来てから一週間が経った。
教室の窓から見える町並みはすっかり街路樹の黄色や赤の葉の色に染まって、晩秋を感じさせるものになってきている。
上無市を騒がせている失踪事件は未だ解決することなくニュースや新聞の記事にならない日はないけれど、学校の中だけは安全が担保されているだけあって、普段通りの日常風景が繰り返されていた。
「昇……お前のその弁当って、この前来てた家政婦さんが作ってんだろ……?」
斉藤司は購買で買ってきた焼きそばパンに齧り付きながら、僕の弁当箱の中身を難しい顔で眺めている。
「ん、ああ……見た目はまだ個性的だけど、最近味は何とかなりつつあるな。……食うか?」
「いや……遠慮しとく」
ララは何やら毎日弁当作りに挑戦しているらしく、出掛ける時に弁当箱を渡してくれる。
見た目のアレさ加減は相変わらずだが、不思議と味はまともになってきていて、口に入れてしまえば何とかなりつつある。
「つか、素朴な疑問なんだけどさ。……あの人何者なんだ? 外人さん?」
「え」
「いやお前んち一回遊びに行ったことあっから、古めだけどちょい大き目の家なのはまあわかんだけどさ。家政婦さんがいる程の家かっつーと、ほら」
「……死んだ婆ちゃんを頼って来たらしいんだけどさ。他に行くアテがないみたいで。あんまり詳しい素性は聞いてないんだよ」
「またざっくりだなオイ……」
百パーセントの真実ではないが嘘でもない言い回しで煙に巻く。まさか魔導人形ですなどと言えない以上、当面はこの戦術でいくほかない。
「夏からの失踪事件も解決してねーってのに、お前も随分呑気っつーかなんつーか……」
「ほっとけ。あの翌日吉野先生の事情聴取も大変だったんだぞ」
「そういや今日吉野ちゃん風邪で休みとか言ってたな。案外お前んとこの家政婦さん乱入事件が悩みの種になって体調崩したのかもしんねーな」
「プレッシャーかけるなよ。何か悪い気がしてきただろ」
「わはは」
「笑い事じゃあない」
僕は肩を落としたが、司は何だか苦笑混じりで言葉を続ける。
「いいんだよ、笑い事で」
「ん?」
「お前、自分じゃわかんなかったかもしんねーけど、婆ちゃん死んでからずーっと何やってても浮かない感じだったんだぜ。笑ってる時も口元だけでさ。けどここ数日やっと普通に笑うようになった。それがあのお騒がせの家政婦さんのおかげなら、いいんじゃねーのか」
「――……」
自分では全く意識していなかったことを言われて、少々面食らってしまう。
……そうか。平静を保っていたつもりでも、周囲には色々伝わっていたんだな。
何より、ララが来てからの僕は、周りから見たらそのくらい変化があったって事でもある。
「司、お前案外人のことよく見てるんだな」
「酷ぇ言い方。そんな事言ってっと今度から友達料金取るぞお前」
「もう一つ買うから四割引きで頼む」
「送料と金利手数料も俺負担でか?」
くだらない冗談に乗っかる余裕がでてきたのも、ララが来たことが大きく影響しているのかもしれない。
婆ちゃんが元々ララを作ったのも友人が欲しかったからだと言う話だったし、武器を取って化け物と戦うことより人間とともに在って良き隣人として平穏に過ごすのが本来のララの在り方なのかもしれないなどと、司と話しながら考えていた。
放課後。僕は自宅へは直帰せず工房に立ち寄っていくつかのレポートを持ち出してきていた。
昼間考えていた「ララが平穏な日々を送れるようになる」ためには、今起きている吸血種と屍人による失踪事件を解決することが必要不可欠である。
それにはララの運用効率を上げることと同時に、ララの活動する力の供給源である僕が無事である事も重要なのだ。
若かりし頃の婆ちゃんだってこの構図自体は変わらなかったはずなわけで、魔術関係の資料が自宅に一切残されていないことから、自衛手段に使える何かの情報が工房に残されている可能性が高いと踏んだからだ。
実際、あの五色の宝石に紐づいた魔術兵装に関連した資料の中にはいくつかの応用簡易術式に関する記述があった。使用者と魔導人形で結局同じリソースを食い合ってしまうので一長一短らしいのだけれど、僕とララは魔術的な観点から見れば繋がりがある状態なので才覚に依らずそれを使用すること自体は可能であるらしい。
「ちょっと遅くなっちゃったな。バスが直ぐにあるといいんだけど……」
秋の日はつるべ落としと言うけれど、すっかり暗くなってしまった。
あまり帰りが遅いと弁当の感想を聴取しようとしているララがご機嫌斜めになってしまいかねない。
そんな心配をしながら工房の有る町外れから町中へ戻る途中、市バスのダイヤを検索しながら歩いているときだった。
「……あれ?」
見覚えのある人物が、ふらふらと緑地公園の方へ入っていくのが見えた。
「……吉野先生……だよな」
今日風邪で学校を休んでいたはずだ。
なのに、学校で見るような服装で外出しているなんて。
プライベートに立ち入るのは気が引けるものの、なんとなく気になってしまい、少し遅れて公園へ入った。
「ええと……あれか?」
奥の噴水広場。
街灯の下に一人で佇む人影があった。
ある程度近付くと、姿も幾分はっきり見えてくる。やっぱり吉野先生だ。
「何やってるんだあの人は……」
いくら大人とは言え、この物騒な時期に女性がこんな人気のない場所に居るのは心配にもなる。
「吉野先生」
間近まで行って声をかけると、先生はぼーっとした様子でこちらへ振り向く。
やっぱり具合悪いんじゃないか。
心ここにあらずと言った感じで、眼の焦点もあっていない。
「宮原……君?」
「……『宮原君?』じゃありませんよ。具合悪くて休んだ人が、出歩いてちゃあだめでしょう」
溜息を漏らしつつ、このあと真っ直ぐ帰宅する予定を変更せざるを得ないなと考え始める。
「……宮原、君」
「とりあえずこんな状態でぶっ倒れられたら困りますから、ご自宅の近くまで送ります」
「ミヤハ、ラクン」
「はいはい、とりあえず先生の住所を教えて――」
「オイシ、ソウ」
「――ッ⁉」
吉野先生の腕が、僕の顔を目掛けて伸ばされる。
間一髪、上体を反らして躱した僕は、驚きのあまりそのまま後ろによろけて尻もちをついてしまった。
「先生⁉」
「ミヤハラクン、ミヤハラクン、ゴハン、ミヤハラクン、ゴハン?」
「一体どうしたって言うんですか! これじゃまるで――……」
――僕は何故、もっと状況を深く考えなかったのだろう。
先日、あの女子高生の姿をした怪物を見たばかりだったというのに。
「屍……人……?」
考えたくない展開は、否応なしにやってくるものだ。




