第7話 ある意味では最強の敵
ナギヒコとブルースは早くも道に迷っていた。
形の上では整備された道はあるのだが、ナギヒコは自然の中での行動に慣れた方が良いと決め、ブルースの忠告を無視して適当に突き進んだ挙句、完全に迷子となったのだ。
「なぁ、そろそろ上空から見てくれよ」
ナギヒコは変わり映えしない景色に飽き始め、肩でぐでっと寝転ぶブルースに頼むが、どうやら取り合うつもりはないようだ。
「ごめんて。いや、今の俺なら辿り着ける気がしたんだよ」
「……ヒーローを拗らせた影響じゃん。君は自然を舐め過ぎだからね」
「今度から気を付けるから。精霊様、お願いしやす」
「はぁ……全く、君は厄介な星の下に生まれているんだからね。猶更気を付けないといけないよ」
ブルースは神の干渉を感じながらも、その事実を不用意に伝えるべきではないと判断し、今は匂わせることしか出来なかった。仮に気分を害すようなことになれば、何をされるか分かったものではない。仮に自分が消滅させられるような神罰を受けた場合、その影響はナギヒコの今後にも直結するからだ。
ブルースがそのようなことを考えていると、不意に何者かが近付いてくる気配を感じた。
「うん? あぁ、ほら、また何かがやって来ているよ。まぁ、これは君自身が招いたことだろうから同情はしないけどね」
「マジか。魔物っぽい?」
「いや、人種だね。それも複数だよ。こんな森の奥……冒険者か、もしくは……」
「盗賊ってやつか」
ナギヒコは木の影に飛び込み、周囲を見渡す。ちなみにブルースが敢えて気配のする来る方角を教えないのは、ナギヒコの成長を促すためだ。命を落とすような事態を避けつつ、しっかりと鍛えるため、ブルースは色々と頭を回している。
そして、ナギヒコが隠れてから数分後、幾人かの声が聞こえてきた。
「三人か……多いのか少ないのか分からないな」
ナギヒコの視界に映ったのは三人組の男たち。当然、盗賊界隈の事情など知る由もなく、一応観察はしてみたが、根本的に判別できないことに気付いた。ナギヒコとしては野生児のような格好をして、長は髭を生やしている大男という、古典的な盗賊像しか思い浮かばない。しかし、犯罪者が犯罪者と分かる様な格好をするというのは、現実的ではないことだけは分かった。
『ここからは念話に切り替えるね。とりあえず、彼らは盗賊だと思うから警戒はした方が良いよ』
『あまり強そうに見えないな』
『そうだね。まぁ、今のところ、君が戦った相手は三種類のみ。兎は除外するとして、残り二種は別格だからね。そもそも人種を相手にする前にぶつかって良い相手じゃなかったけれど。そもそも、盗賊に成り下がる相手は、よほどの事情や性格の悪さが原因でない限り、冒険者でもやっていっていけなかった人間が多いんだよね』
フリーベルでの冒険者の仕事は便利屋のようなものだ。
冒険者や依頼はFからSまでランク付けされているが、仮に万年Fランクで腕の立たない者でも真面目に仕事を熟せば生きていける程度には稼げる。しかし、それでも問題を起こしたり、怠惰な行為に及べば、やがてはギルドから仕事の斡旋を拒否されたり、永久追放を受けることもある。もちろん、パソコンやインターネットなどの便利な文明機器があるわけではないため、他の支部のある街などに移れば、一から始めることも可能だ。しかし、それすらも面倒臭いと思ったり、反省できずに他所でも同じことを繰り返すことは容易に想像できるだろうが、結局はそう言った人間が盗賊などに流れるというのが現状だった。
『じゃあ、楽勝か?』
『そうだね。楽観視は良くないけれど、君なら勝てるだろうね。しかし、常に思考と警戒は怠らずにね』
『分かっている。あいつらは囮。他に仲間がいる可能性あり』
『うん。まぁ、ここに人がいる想定をして動いているというのは現実的ではないけれど、彼らは斥候の役割で、本隊は後方にいるかもしれないくらいには警戒をしておいた方が良いね』
そのような会話をしていると、男達は間近まで迫っていた。
「さてと、お前達はこれからどうする?」
三人の内、四十代ほどの男が言う。
「どうしましょうかね……とにかく今は出来る限り遠くへ行きたいっすね」
二十代半ばほどの男が、うんざりしたような表情でそう答える。
「自分も他の土地でもう一度冒険者を始めるなり、他の仕事を探すなりしよう思います」
最後に口を開いたのは、背丈こそ大きいが、まだ顔にあどけなさを感じさせる青年だった。
「……はぁ、恥を忍んで故郷へ戻るか。冒険者時代には金を持って帰ることもしていたからな。頭を下げれば、流石に無下にはされんだろう」
「エーゴさんの地元ってどこなんすか?」
「タイオガという湖畔にある村だ。普通に歩いても二ヶ月は掛かるだろうな。その上、俺は片足がこの様だからな。もう少し延びるだろうが。ビーレン、お前の故郷はどこだ?」
「俺はルベニアっすよ。ただ、孤児院で育ったもので、あまり故郷って感じもしませんけどね」
「王都か。昔はよく行ったものだ。シーガルは?」
「自分はシンマナヅルという港町です」
「シンマナヅルか。名前は知っている。確か随分と昔に転生者が作ったとされる町だったな。ところで、お前らは帰れるのか? もしも帰れない事情があるなら、荷物運びとして俺と一緒に来ても良いぞ」
エーゴは冗談めかして言うが、それは二人への気遣いだ。エーゴは片足を引き摺るように歩いているため、一人になって困るのは彼の方だと思えるかもしれないが、彼は元C級冒険者だ。魔物を討伐した際に負った傷により、左半身に麻痺が残り引退したが、その辺の魔物に劣ることはない。
そして、何故そんな彼がここにいるのかというと、半年ほど前に偶然仲良くなった男の正体が盗賊の頭だと知り、やがてシーガルとチャムが騙されて利用されていることに気付き、彼らを救うために仲間になった。しかし、エーゴが入団した翌日に盗賊団自体が壊滅するという憂き目にあっていた。ちなみに憂き目という言葉は誤用ではない。
ただ、まともな冒険者や軍人に討伐されて滅んでくれたのなら良かったのだが、そうではなかったからだ。
「そうっすね。出来れば、ついていきたいっす。エースさんのお陰で最後の一線を踏み止まれたわけですし、何かしら恩返しはしたいですし。なぁ、シーガル」
「はい。自分が貴族殺し寸前だったなんて、考えただけで恐ろしいです。それに、あの怖い人から逃げられたのもエーゴさんのお陰ですし」
ビーレンとシーガルは冒険者だが、ギルドの外で声を掛けてきた見知らぬ男に直接依頼をされ、警戒しながらも金銭に魅かれて幾つかの仕事を行っていた。それらはまともな内容だったが、全ては警戒心を解くための罠だった。そして、今朝、二人が依頼されたのはとある貴族の屋敷への荷物の配達。しかし、それは暗殺を依頼された盗賊頭の陰謀であり、中身は毒物を仕込んだ酒だった。本来は警戒されるだろうが、暗殺の依頼主が貴族の親類縁者のため、ましてや普段は友好的な態度を取っていたこともあり、わざわざ毒見なども行われないことは明白だった。
そして、偶然にも会話を聞いたエーゴが彼らに事情を説明し、何とか逃亡の手立てを考えた時、街外れのアジトに一人の男が現れて全てを破壊した。
「そうか、それじゃあ……ちっ、随分と執着しているな」
エーゴは一緒に行こうと頷く前に、振り返りながら剣を抜いた。
その視線の先には、くすんだ金色の髪を後ろになでつけた無精髭の男が立っている。
「わざわざ追い掛けてきたのかよ!?」
「ど、どうしましょう!」
慌てふためく三人を前にして、男はこめかみ辺りを指先で掻きながら、何でもないように言葉を紡ぐ。
「執着するさ、追い掛けるさ。おじさんは、殺し屋だからねぇ。仕事は盗賊団の壊滅。君達にも事情はあるだろうけどさ。まぁ、諦めておくれよ」
男は欠伸をしながら剣を抜くと、大地を蹴り上げて加速し、エーゴに斬り掛かる。
「くそっ! お前ら走れ! 出来るだけ遠くに逃げろ!」
エーゴは振り返る余裕もなく、鍔迫り合いを続ける。
「おぉ、身体が不自由になっても、流石は『不屈』のエーゴか。自己犠牲なんて格好良いねぇ」
「そいつは、ありがと……よ!!」
男は両腕だが、エーゴは片腕で弾き返す。
「おっとっと……やるぅ。あっ、そうだ。俺も元は冒険者でね。ディックスと言うんだ。よろしく」
「……『無情』のディックスか。どこか遠い国で色々とやらかしまくって、今じゃあ手配書が出回ってる奴だな」
「まさかこんな遠方で知られているなんて恐悦至極だねぇ。って、おっと」
余裕の笑みを浮かべるディックスだが、そこに二つの影が襲い掛かる。
「お前ら!?」
「流石に恩人を見捨てられねぇっすよ!」
「そうです。それに……ここで倒せないと結果は変わらない気がします」
ディックスの異常性を感じ取ったビーレンとシーガルは、各々武器を持ち直しながら覚悟を決めた。
「そうか……それなら、協力してこいつをぶっ殺すぞ」
確かにディックスは二人を追い続けるだろうと確信し、なおかつ正攻法で戦いに臨めば敗北することを悟ったエーゴは、是が非でも道連れにする覚悟で答えた。
しかし、ディックスが笑みを浮かべる。
「盛り上がっているところ、非常に申し訳ないんだけどねぇ。おじさんはこう見えても、魔法使いなんだよねぇ……連土槍」
ディックスが地面を軽く蹴り上げると、そこから幾つもの土の槍が荒々しい波の如く三人の元へと押し寄せる。
「くそっ! 避けろ!」
エーゴの声が響き、ビーレン達も何とか回避したが、しかし、それだけ隙があればディックスにとっては十分だった。
「まずは一人目……ごめんねぇ、坊や。これも仕事だからさ」
素早くシーガルの間合いに入ったディックスは彼の首を狙って剣を振るう。その白刃が青年の首を刎ねることが確定した段階で、次の獲物に視線を映そうとしたが、右腕に違和感を覚えた。
まさか明らかに戦い慣れていない青年が一撃を防いだのかと視線を戻すと、そこには刃の切っ先を掴んでいる青い何かがいた。
「えっと……どちら様?」
「ご存じ、シャークマンだ」
「いや、申し訳ないけど、全く以って存じ上げない……えっと、どこの、何? ごめん、おじさん、何から聞いたら良いのかすら分からないんだけど」
「まぁまぁ、そこは良いんだよ」
「いや、良くはないよねぇ。彼らの知り合いかと思ったけど、皆ポカーンとしているから、知らない変な人ってわけでしょ?」
「まぁまぁ、そこは良いんだよ」
「だから良く……えっ?」
とディックスは更に言葉を続けようとしたが、気が付けばその青い何者かに顔面を掴まれていた。
そして……
「お前ら話が長いんだよ!!」
茂みで放置され、そろそろ話し掛けようかなと思いながらもタイミングを見失い、よく分からない変な虫に刺されて猛烈な痒みに襲われているナギヒコの怒りは形となり、ディックスは勢いよく顔面を大地に叩きつけられた。
「首の後ろが! 耳たぶの先端が! 肘の皺のところが! お前らのせいですげぇ痒いんだよ!」
ナギヒコは感情に任せて拳を連打する。最早それはヒーローとは程遠い光景。ナギヒコ自身が熊子にされたようなパウンドを、今度は他者に行うというのも因果なものだ。
『あの……ナギヒコ?』
「今忙しい!!」
『いや、忙しいじゃなくてさ。多分、恐らく、メイビー。初めの一撃でその人死んでるよ』
「…………え?」
ナギヒコが手を止めて、地面を覗くとディックスの顔は何とか人間と判断できる程度という有様で、医者でなくとも即ご臨終を告げられる程度には明確な死を感じさせていた。
「し、死んでいる」
ナギヒコは目に見えて動揺した。しかし、冷静になれば分かることだが、不完全な姿でも強靭な肉体を持つ熊子を僅かながら後退させ、バトロスとの戦いでは本人と装備も成長した以上、実力よりも悪事で名を轟かせた程度の冒険者、それも純粋な身体能力では他種族に劣る人族が耐えられる一撃ではなかったのだ。
『第一発見者を装う殺人犯みたいな構図だね』
ブルースは呆れたような表情を浮かべると、こっそりと土をかけて犯行の隠蔽を試み始めたナギヒコを見つめる。
「人ってこんなに簡単に死ぬのか?」
『悪の科学者に生み出された人型破壊生物みたいなことを言い始めた』
「でも……途中から痒くてあんまりちゃんと聞いてなかったけれど、かなり悪い奴っぽいし、もう殺しちゃったし……まぁ、今更何を言ったところでどうにもならないからもう良いか」
『切り替え早い。もう、こんなの青い通り魔だよ。日本のSNS界隈が知ったら絶対そう呼ばれるね』
次からは虫刺されを防ぐため、森の中ではシャークマンの姿になろうと決意するナギヒコに対して、ブルースは酷く冷めた視線を送るのだった。




