第6話 B級映画にありがちな尺稼ぎの移動
「それで、結局のところ、俺は何をしたら良いんだ?」
アミティ村を出てからすぐにナギヒコはそう尋ねた。
本来は旅を始める前に色々と確認したかったが、初日から様々な騒動に巻き込まれたせいで有耶無耶になったままだった。
「とにかく進み続けて、何か異変を感じたら解決するって感じだね」
「そんな八人田口みたいな感じなの?」
八人田口。
それは戦前の日本で流行した歴史を持つ異変を探すゲームの名前だ。八人の田口を救い出せたらクリアという、悪ノリで作られたインディーズゲームだったが、その後、多くの派生作品が作られたという。
「まぁ、マザー・シャークがいつ復活するのか、どう復活するのかなんて分からないからね」
「いや、それこそアノホコを防ぐとかじゃないんかい」
「確かになくはないんだよね。マザーシャークが封印された島があるんだけれど、そこは六つの祠で封印されている」
「良いじゃん、そういうのよ。それをアレだろ? バトロスみたいな魔物が襲って破壊しちゃうんだろ?」
「気持ちは分かるけれど、復活の兆しがあったから君は呼ばれたんだよね。地球人なら三千年前の出来事なんて風化して当然かもしれないけれど、フリーベルの人は平均寿命が長い……もちろん、ここでの寿命は生物としての平均寿命ね? 死亡率はとても高いから人口は飽和しないどころか地球と比べて結構少ないよ。で、話を戻すと、竜種はもろん、超人レベルの強者や元々寿命の長いエルフ族の中には『世界頂上決戦』の時代から存命の人も結構いる。だから、普通に考えて最強レベルの人達を置くよね? って話。何なら竜種だって協力するもの」
創作物の世界では封印云々というものは、突如として悪役に襲われて破壊されがちだが、種族全体の脅威となる以上、全ての国が折半して金銭を支払い、守護者を置くのは当然だ。
ブルースが現実的な説明をすると、ナギヒコのテンションは目に見えて下がった。
「……別にいいけどさ。もっと、ファンタジーのお約束みたいな展開が欲しい。異世界成分が欲しい。あっ、別に犠牲者が出て欲しいとかではないよ? 平和が一番だよ? でも何かこう……何だかなぁ」
兎を捕まえて逃がし、赤毛の熊にボコボコにされて、二足歩行のサメと殴り合い。
ファンタジーといえばファンタジーだが、相手を人に置き換えた場合、治安の悪い国なら地球でも起こりそうな出来事だ。
「魔法を使いたい」
「魔力がないから無理だよ」
「スキルを使いたい」
「魔力がないから無理だよ」
「何だよ! 本当に俺は強くなれるのか!?」
スキルとは、魔法とは別の魔力を用いる技能だ。魔法は火や水などの属性魔法というものが主であり、その他のものはスキルに分類される。この世界にはゲームのステータス画面のようなシステムは存在しないが、使用できる魔法などは特定のスキル、または『鑑定鏡』という道具を使うことで確認することが可能だ。鑑定鏡は決して珍しいものではなく、創作も簡単なため、完全に世間から隔絶された地域でもなければ、田舎の村にも一つは置いてある。
「いや、君には魔鎧・大鮫海があるじゃないか。それに君は見ての通り、蛇……じゃなかった竜と鮫の血が流れているんだから、装備と一緒に自身も成長するなんて激熱じゃないか。よっ、主人公」
「まぁ……確かにバトロス戦の時に多少の成長は感じたけどな。てか、お前、今はっきりと俺の顔を見て蛇って言ったよな? やっぱり、この模様って蛇だよな?」
「言っていないよ。竜にしか見えないもん。むしろ、竜だから装備できているわけだし」
「嘘吐くんじゃねぇよ。五文字中の二文字を言い掛けたとかなら未だしも、二文字中の二文字を言ったらもう取り返しがつかないんだよ。血は竜かもれないけど、模様は蛇になってんだろコレ。これ作った神だか何だかがミスしたろ」
「あまり不敬な言葉を使うなよ。蛇に見えるぞ?」
「既に見えてるから言ってんだよ!? そもそも蛇だろうが竜だろうが関係なく、行く先々でどんな顔されるか……ん? 何かいるな」
ナギヒコはブルースに文句を言いながら歩いていたが、それでも周囲への警戒を怠っていたわけではないため、ふと視界に道外れの森の中に何か動く影を見つけた。
そして、ゆっくりと近付いてゆくと、そこには倒木に挟まれて動けずにいる一匹の小さなゴブリンがいた。
「うーん、ゴブリンの子供が個体で動くことはないから、きっとバトロスに壊滅させられたコロニーの生き残りだね」
ブルースはそう言いながら、こちらに唸り声を上げるゴブリンを見つめた。
「なぁ、これは……殺してやった方がこいつのためになるのか?」
「……僕に対しては誤魔化す必要はないよ。ちゃんと本音で聞いて良いとも」
「いや、それも本音ではある。逃がしてやっても苦しんで死ぬなら可哀想だろう。他のコロニーに迎えて貰えるなら救いだけど……あぁ、何よりもこの世界においてのゴブリンの立ち位置を知りたい」
ナギヒコの知識の中にあるのは、いつでも人類の天敵のように扱われる姿のため、あまり良い印象はない。ただし、フリーベルにも生態系というものがあるのは察することが出来るため、無暗に殺生して良い存在なのかすら分からなかったのだ。
「ゴブリンは雑食性、人種からは忌み嫌われている魔物の一種だよ。個体差もあるけれど、繁殖とは無関係な快楽目的に多種族のメス、人種の女性を襲うこともある。ただし、魔物の中では弱い部類に入り、なおかつ繁殖力が高いということは、同時に食物連鎖の下位としては理想の存在なんだ。だから彼らがいなくなれば、より危険な魔物が人種や生態系に甚大な被害を及ぼすだろうね。そして、ある程度の知能はあるし、同種の中では絆のようなものもあるから、他のコロニーと合流は出来ると思うよ」
「そうか……なぁ、正解を教えてくれないか?」
話を聞けば自身の為すべき行動が分かると思っていたが、ナギヒコのそんな期待はあっさりと裏切られた。迷路のクリアを諦めて係員に道筋を尋ねたら、更なるY字路を加えられたような気分だった。
「正解? そんなものはないよ。明確な悪意を持たない限り、人生の多くの選択に正解も不正解もないものさ。結果論が全てさ」
「身も蓋もないことを言うじゃん」
「それが真理だからね。正解と不正解が分かるのはずっと先のことで、そして、それを判断するのは第三者だよ。君がここでゴブリンを助けたことで、いつか誰かの悲劇を招くかもしれない。君がここでゴブリンを助けたことで、いつか誰かを救うかもしれない。少なくとも過去にゴブリンが大勢の人種を助けた事例もある。しかし、それは気紛れや奇跡だったのかもしれない。だから答えなんてない」
「……じゃあ、どうすれば良いんだよ」
「自分が信じる道を選びなよ。どちらにしてもこの世界では様々な重荷を背負うことになる。いつか悲劇を招いたと知ったのなら、それも業として後悔しながら背負って行けばいい。その逆であったのなら、今日という日を思い出して笑えば良い。そうやって生きていくしかないんだよ。君達人間は、あの時ああすれば良かった、こうすれば良かったと嘆くけれど、その選択の先が今よりも光に溢れている保証なんてない。更に身も蓋もない言い方をしてしまえば、この世界は運が良いか悪いかで出来ている。そういう真理を受け入れるしかない」
「そうか……分かったよ」
ナギヒコは倒木を持ち上げると、小さなゴブリンは四つん這いになりながら一目散に駆け出した。そして、少し先の木の影に隠れた後、そこからナギヒコの様子を窺っている。
「分かっているだろうけれど、相手は魔物だからね。期待し過ぎは良くないよ」
「あぁ、もちろん」
地球でも多くの人間は動物に対して期待を、理想を押し付けてしまう。特に身近な犬や猫などの生き物には、その辺りが顕著だ。本当に大切にするということは、相手を違う生物として線を引いて、その上で理解しようとすることだとナギヒコは考えていた。
「お前は感謝する必要はない。というか、お前には助けられたという感覚も、感謝という感情もないのかもしれないけど……出来れば、森の奥で静かに生きいってくれ」
ナギヒコがそう呼び掛けたが、当然のことながらゴブリンは特に反応することはなかった。
しかし、ナギヒコはこれ以上留まるは必要ないと判断し、人道に戻るとそのまま先へと進んでゆく。
「ナギヒコ、ごめんね」
「何でお前が謝るんだよ?」
「いや、厳しくしすぎちゃったかなと思って。君は、この世界の十六歳と比べれば必然的に重たい経験も少ないし、精神年齢は幼くて弱い。もう少し気遣うべきだったと反省しているよ」
ブルースは申し訳なさそうに頭を下げた。
そして、ナギヒコはそんなブルースを両手で包むように持ち上げて目線を合わせる。
「ブルース……お前は悪くない。むしろ、俺は感謝しているよ。そうなって欲しくはないけど、旅を続けていればもっと重い選択をしないといけない日も来るかもしれないから、こういうことにも慣れていかないといけないだろうし」
「……ナギヒコ……うん、まぁ、確かに感謝されるべきだよね。じゃあ、僕はもう気にしないことにするし、これからもっと厳しくする。さぁ、冒険を続けよう!」
ブルースはすっかり定位置となったナギヒコの右肩に寝そべると、右のヒレを掲げながらそう声を上げた。
「……ブルース。マザー・シャークをすり身にした後はお前の番だからな、マジで」
二人は言い争いをしながら、再び旅路を進む。
そう、短期間で色々なことが起こり過ぎて、初めの村からほとんど進んでいないという現実に気づかぬふりをしながら。




