第4話 闘争遊戯
数分前、ゴブリンシャークの一撃を受けて、村の中心部から入口まで吹き飛ばされたナギヒコは「熊子といい、今日は吹き飛ばされてばかりだな」と自嘲気味に苦笑する。
「大丈夫かい?」
ブルースはヒレでナギヒコの頬をぺしぺしと叩く。
「まぁ、痛いけど我慢できない程じゃない。さっきの熊子のパウンドの方が十倍くらい痛かった」
「そうだろうね。勝てそう?」
「多分、無理だな。直感に過ぎないけど、熊子が身体能力の差で無理って感じで、あの鮫は武術の達人で無理って感じ。まぁ、達人なんて見たことないけど、こう素人目にも強いって分かる感じ」
「でも戦うんだね?」
「当たり前だろ? せっかく異世界まで来たのに何もしないで帰るなんて勿体ない」
ナギヒコは冗談を言いながら立ち上がる。
と、ここでふと視界に入る。
「子供?」
どうやら避難中の子供達が家の影から様子を窺っているようだ。そして、その中でナギヒコと目が合った幼い少年がこちらへと駆け寄って来る。
「怖い顔のお兄ちゃん、大丈夫?」
吹き飛ばされている姿も見ていたのだろう、少年はナギヒコの顔を覗き込むようにして見上げる。
「……あぁ、大丈夫だよ。君は優しい子なんだね」
少し心に傷を負いながらナギヒコは微笑み、ブルースは笑わない様に口元を固く結ぶ。
「お兄ちゃんはヒーローなの?」
「ヒーロー?」
ナギヒコは首を傾げる。もしかしたら同じ言葉でも意味合いが違うのだろうかと考えたからだ。
そこでブルースはすぐに念話で解説する。
『地球と同じで英雄のことだよ。昔の転生者の中にそう自称した変人がいてね。それが広まった影響で、童話では英雄よりもヒーローという呼称が多いんだよ。語感が良いんだろうね』
『なるほどな』
「メルちゃんがね、お兄ちゃんがお空の上から落ちて来たって言ってた。大人の人はね、嘘って言ったけど、メルちゃんはね、嘘なんかつかないもん」
メルちゃんというのは、恐らく子供達の中の一人なのだろうとナギヒコは察する。
「昔のヒーローの子孫が、いつかあの祠に来るんだって、お祖母ちゃんが言ってた。だから、あそこに落ちてきたお兄ちゃんはヒーローなんだよね?」
少年の言葉にナギヒコは返答を躊躇う。
嘘も方便とはよく言ったものであり、ましてや幼い子供を失望させたくない。しかし、あのゴブリンシャークに勝てる未来が思い浮かばない。
今裏切るのと、後で裏切ることに大差はないが、どうしたものかと苦悩していた。
『勝てば解決するよ』
『簡単に言うじゃん』
『でも、子供達はヒーローを待っている。それに……』
『それに?』
『子供達、いや、村人達からの怖い顔の能無し独り言変態B級映画オタクのチキン野郎というイメージを払拭したいと思わないのかい?』
『俺、お前、後で食う』
しかし、ナギヒコは吹っ切れた顔で少年の頭を撫でながら尋ねる。
「俺はナギヒコ。君の名前は?」
「僕はカービーだよ」
「そうか。じゃあ、カービー……俺は君達のヒーローになるよ」
「本当? やっぱりお兄ちゃんがヒーローなんだ!」
「あぁ、そうだ。俺はヒーローだ」
ここまで来たら最後の時まで格好を付けようと決めながら、ナギヒコは台詞を口にする。
「シャークライ」
「魔力を感じない。つまりは先ほどの小僧か」
バトロスは余裕のある立ち姿から、完全なる戦闘態勢に入っている。
「正体即バレかよ」
『まぁ、魔力が少ないではなく、存在しない人種なんて希少だからね。数億人に一人いるかいないかってところさ。ちなみに自分の気付いている?』
『何が?』
『身体を見てみなよ』
「……おぉ! 何だコレ!」
ナギヒコが念話を忘れてしまうのも無理はない。
何故ならチープな全身タイツの一部が近未来的なデザインの鎧に変化しているのだから。
『君の覚悟や感情に呼応したんだろうね。熊子さんに与えた最後の一撃も怒りの感情で強くなったんだよ』
『覚悟はヒーローっぽいが……怒りはどうなんだ?』
『清濁併せ持ってこその人の強さだよ』
『……そうか』
『うん、まるで配布された一部の装備だけ派手なMMORPGの初心者みたいな姿だけれど頑張って』
『俺、お前、後で絶対食う』
ナギヒコが献立を考えていると、バトロスが尋ねる。
「雑談は終わりで良いか?」
「何だ、さっきは不意打ちした癖に今度は待ってくれていたのか。というか、こいつが見えているのか?」
「いや、気配を感じるのみ。恐らくは精霊の類であろう」
「正解だよ。あっ、戦う前に言っておきたいんだけど、大人しく引いてはくれないか?」
ナギヒコの言葉は平和主義者のような思考から来るものではない。しかし、この場でそれを分かっているのはブルースだけだ。現にバトロスのみならず、バーグすら眉を顰めている。
「あまり失望させてくれるな。自身の中で答えの出ていることを尋ねるなど……無意味であろう」
「まぁ、普通ならそうだろうな。けど、無意味じゃないんだよなぁコレが」
「……その心は?」
「言質を取った。これから起こる全ては、お前が選んだ道で、お前の責任だ」
自己責任。ナギヒコにとっては最高の言葉だ。
「……面白い」
ナギヒコの雰囲気が変わり、それを感じ取ったバトロスは殺気を漂わせる。
そして、衝突する。
吹き飛んだのはナギヒコだ。
『あれ? タイムリープでもしているのかな? 今日、ずっと同じ光景を見ている気がする』
『やかましいわ!』
『格好良い台詞の数秒後に吹き飛ばされる無様な少年に対して、僕はどういう言葉を掛ければ良いのか分からないの』
『黙れば良いと思うよ!?』
ナギヒコの放った拳が宙を切り、バトロスの拳が彼の顎を打つ。そして、揺れる視界が治まるより早く、今度は頬にバトロスの爪先が突き刺さる。
倒れたナギヒコだったが、すぐに起き上がると同時に蹴りを放つが、それを流れる様に回避したバトロスの蹴りが彼の腹部を穿ち、内臓にすら衝撃を与える。
そして、その後も同じような光景が繰り返される。
それはバーグはもちろん、他の村人達も目を背けたくなるものだった。
しかし、時間が経つごとに悲鳴が騒めきに変わり始め、避難していた者達ですら野次馬のように取り囲み、既にスポーツ観戦でもしている観客のような様相になってゆく。
そして、変化したのは村人達だけではなく、明らかに格上であり、攻勢だったのはずのバトロスも同様だった。
「……ふぅ……ふう……お前は一体何者だ?」
時間が経つごとに疲労が蓄積し、本来は回避出来る程度のナギヒコの攻撃を受けるようになったため、バトロスの身体には痣や出血が見られた。
その事実に困惑、そして、少なくはない畏怖を感じながら、バトロスはそう尋ねた。
「シャークマンだ」
「……げほっ……いや、そういうことではなく……ふぅ……じ、人種ではないのか?」
バトロスは肩で息をしながら、まるで幽霊でも目撃したかのような瞳で尋ねる。
「いや、普通に人種だし、流石に疲労困憊のシャークマンだ」
「疲労……怪我はなく、疲労だけで済んでいると? その奇妙な装備の効果か?」
「いや、多少の影響はあるかもしれないけど、基本的に体質だ。何か魔力はないけど、すげぇ頑丈だし、すげぇ治癒が早いみたいな、何かそういう感じに生まれてきたらしい」
「……まさか、痛みも感じないと?」
「いや、普通に痛い。痛すぎて既に五回くらい漏らしそうになったし。そこは気合と根性だな」
『嘘つき。ちょっと漏らしたでしょ。さっき、軽く股間の辺りを確認したの見たよ』
「よし、お喋りはやめて、もう一ラウンド開始だな」
ナギヒコはブルースの煽りは聞かなかったことにして、唖然とした様子のバトロスの間合いに入ると同時に拳を固める。バトロスはその動きを確認すると、すかさずカウンターを狙うが、ナギヒコは瞬時に姿勢を屈めると足払いを放つ。
「何だと!?」
そう、その体術のような動きは、バトロス自身が行っていたものだ。バトロスは動揺しながらも態勢を立て直そうとしたが、ナギヒコの拳がその顔面を捉えた。バトロスは素早く後転すると同時に大地を蹴ると、ナギヒコの間合いに入り、今度は先手の右拳を放つ。しかし、その拳はナギヒコの頬を掠めるだけに留まり、逆に鳩尾に重い一撃を喰らって仰け反る。
「あぁ、しんどいけど、ようやく良い感じになって来たな」
ナギヒコは両腕を交互に回した後、高く掲げる様に伸びをした。その姿は死闘の最中とは思えない穏やかな仕草だが、バトロスの心中には焦りが生まれている。
「ぐっ……げほっ……我の動きを真似たか……薄々感じてはいたが、初めからそのつもりであったか」
「まぁ、そうだな。ネタバレしちゃうと、俺は平和な世界の出身だし、喧嘩すらしたことがない。まぁ、姉や妹にボコボコにされたことはあるけど。とにかく、何もかも経験が足りなくてさ。確かバトロスだったよな? お前は身体能力だけではなく、体術もすげぇ強いみたいだからさ、俺の練習相手になって貰うことにしたんだ」
勝てないなら、勝てるまで戦えばいい。本来それが出来たら苦労はしないが、それが出来るだけの才能を備えた少年は仮面の奥で笑顔を浮かべた。
「なるほど……まさか、このような事態に陥るとは予想外であったな」
「言っただろう? それも自己責任だよ」
「……クハハ!! 面白い。今日、この地を訪れて……シャークマン、お前と出会えて良かった」
バトロスの魔力が増してゆく。
「おいおい、第二形態になったりしないよな? それは勘弁してくれよ」
「期待を裏切って申し訳ないが、我にはお前のように特殊な体質などはない。ただ、全力を出し切るのみ」
「クライマックスってことか。俺も流石に疲れがやばいし……んじゃあ、技とかではなく、男らしく殴り合おうか?」
人種、ましてや人族と魔物の間には、比べようもない程に身体能力には差がある。
幾ら装備があろうとも、本来なら煽りと捉えるところだが、バトロスは心地の良い提案だと感じていた。
「クハハ……あぁ、そうしよう。それが良い」
「おっし、んじゃあ、恨みっこなしってことで!」
言うが早いか、二つの影がぶつかる。
しかし、今度はどちらも吹き飛ぶことはなく、どちらも回避せず、そして後退するような真似はしない。
意地と矜持が鬩ぎ合い、鈍い衝突音だけが響く。
「「うおおおおおおぉぉぉ!!」」
どちらも疲労が蓄積し、既に酔っ払い同士の喧嘩のような有様だが、それでも尚観戦している者達の心を動かす何かがあった。
どれだけの時が経ったのか、やがて一つの影が崩れ落ちた。
そして、周囲の森どころか遠くの山々にすら届きかねない程の歓声が轟く。
その光景だけで、どちらが勝者なのかを表すには充分だった。




