プロローグ 後編
「えーっと、話を纏めると、フリーベルの時間軸で三千年前に竜の魔物……敬意を払うために現在では竜種と呼ばれていて、彼らと悪い鮫の魔物の間で戦争があり、それぞれが眷属を得たり、他種族と共闘もしていたと」
魔物とは魔力を持った生物の総称。ただし、フリーベルでは魔力を持っていない存在の方が少ないため、それ自体に特別性はない。
しかし、ブルースは魔物ではなく精霊。つまりは幽霊のような存在だという話だった。
「戦争の善悪というのは答え辛いところだけれど、多数決を取るなら鮫側が悪になるだろうね。鮫の魔物が悪いというよりも、ボスのキング・シャークが悪かった。彼は人種のような知性を持ち、明確な悪意を以って行動していたからね」
「知性のある魔物か。まぁ、イルカやシャチでもああだからな。人に近くなれば、もっと酷くなるか」
「おぉ、流石は生物好きだね。無知な自称動物好きの中には『人間しかこんな酷いことをしない!』が口癖の人も多いけれど、実は人間の世界なら重罪に中る行為が確認されている代表例だね。もちろん、知能が高い生物に限らず、残虐的な習性を持つ生物はたくさんいるけれど」
イルカはストレスが溜まると自分よりも弱い個体を攻撃したり、オスが集団で一匹のメスをアレしたり、オス同士でも人で言うところの性犯罪を起こすことが確認されている。つまり、繁殖目的ではなく、欲望の発散という快楽が目的。人間だけが愚かだと言いたい者達にとって、本能の中に快楽のための残虐性が含まれている現実は、まさに耳の痛い話だろう。
「で、悪意あるキング・シャークさんとやらは何が目的だったんだ?」
「簡単に言ってしまえば、自分の強さを証明するために暴れ回ったんだよ」
「マジかよ。そんなくだらない理由で世界規模での大戦争が勃発したの?」
「いや、君もRPGをプレイしたことはあるだろうけれど、明確に将来を見据えた目的のある魔王って少ないじゃん。特に昔のゲームなんて世界を支配とかそんなんばかり。でもゲームじゃなくて現実的に考えて支配してどうすんの? っていう話になる。同じ人間同士なら金銭や娯楽などの文化や価値観が似ているから分かるけれど、生物として全く違うものになると、支配したところであまり旨味はない。食料として家畜のような扱いをしても、この世界の人種や魔物は魔力や魔素、つまりは魔力になる前の状態のものを栄養素として取り込むから、適当に繁殖させても非効率的なんだよね。普通に食物連鎖の中にいた方が効率はいい。生態系とはそういう風にバランスが作られているものなんだ。だから『俺の方が強いんじゃボケ!』って他種族相手に大暴れしたいという目的は真っ当とも言える。しかも非戦闘員、つまりは軍人や冒険者のような戦う力を持っているの者以外は、極力襲わないようにしていたようなんだよね」
「なるほど。そういうところも、さっきお前が言っていた、抑止力というやつの一部なのかな」
ブルース曰く、フリーベルには抑止力が働いてる。例えば魔力や魔法などという概念がある世界の倫理観が地球人と同等のものであった場合、社会不適合者だけではなく、子供の悪戯が原因となって世界中で大災害が起こってしまうだろう。
銃社会どころか、どの家の住民も近代兵器を持っているようなものなのだから当然だ。そのため、フリーベルには何らかの超常的な存在の意識介入があるとされている。
犯罪者であっても金品や食料目当などの明確な目的があり、地球で言うところの『ムシャクシャしてやった。誰でも良かった』などいう無差別殺傷事件などは滅多に起こらない。つまり理性や精神状態に制限がある。
神なのか何なのかは分からないが、その誰かさんにとって人種を含めて生命がどうなろうと知ったことではないだろうが、自らが作った箱庭の土台、もっと言えば生物観察セット自体の破壊を嫌がった結果ではないかと、ブルースは酷く現実的な考察で締め括った。
「竜種と人種の共闘でシャークキングは敗れた。ただ、問題が起こった。十年程続いた大戦の最中、一匹の突然変異の鮫が生まれた」
「それが世界の天敵マザー・シャーク」
「そう。竜種は君のご先祖様を含めて、素質のある者に力を与えて眷属として扱ったし、キングシャーク側には自ら協力する人種、主に犯罪者もいたんだけれど、そういうものとは違う。勝手に自分の力を与え、適合しない者は姿が理性のない化物のようになり、適合した者は意識こそあるが、マザー・シャークによる洗脳状態というと極端だけれど、暗示や精神干渉を受けて、無意識に協力してしまうような状態だった。まさに無差別に被害が及んで、だから世界の天敵。どういうわけか抑止力が効かない魔物だった。いや、もしかしたら効かせなかったのかもしれないけれど。まぁ、とりあえず精神干渉の影響には個人差があって、それこそ異常な精神力の人は力だけを貰って、竜側として戦った人もいたけれど」
「その人が竜の力と鮫の力を得た」
「うん、君のご先祖様だね。そして、身体能力や魔力は失われても、その防御力と精神力は先祖返りの如く、君に受け継がれた」
そして、多くの犠牲を払いながらマザー・シャークは封印された。
その中で五大英雄と呼ばれた内の一人、アンソニー・ドラゴ・ワーレンという貴族の青年は、不慮の事故で地球から転移してきた鮫守渚という娘に恋をした。そして、渚の帰還が叶うことが判明すると、すぐさま故郷を捨てる覚悟を決めてついて行ってしまった。ちなみに渚はあくまでも事故での転移だったため、彼女に特殊な力はなかったが、ブルースと名乗る鮫の精霊と出会い、料理人として行動する上で、ガルントと出会ったという流れだ。
「俺がマザー・シャークを再び封印するなり、あわよくばぶっ倒して、世界の英雄に……ってか」
凪彦は自身の役目を口にする。
渚と共に転移したブルースは彼女の死後、自ら祠に封印され、今日という日を待っていた。
しかし、それでもやはり少年が一人で背負うには重い役目だ。
だからこそ、どのような結果になろうとも、彼の背中を支えようとブルースもまた覚悟を決めていた。
「そう、だから君はシャークマンになれ」
ブルースは凪彦の右手に光る深海色の腕輪を見つめながら真剣な声音でそう言った。しかし、凪彦の不満は拭えない。
「東大に行けみたいに言うんじゃねぇよ。マジで嫌なんだけど」
「いや、決定事項だから諦めて」
「理不尽すぎるんだよなぁ。というかさぁ、お前も含めて、鮫って人類の敵みたいな扱いにならないの?」
「世界の至る所でなっているよ」
「なってんじゃん! じゃあ、何でシャークマンなんだよ!?」
「仕方がないじゃん。その腕輪の効果なんだからさ」
マザー・シャークとの激戦の中、その額についていた魔力を含んだ宝石、通称魔石の欠片を拾った鍛冶師が鮫や竜種の素材と組み合わせ、無意識の内に作り上げた腕輪。
人工的に創造された道具は作り手が名付け親になるのが当然だが、どういうわけか鍛冶師が完成されたソレを確認したところ、既に情報が刻まれていた。人工物とは異なり、アーティファクトの場合はまるでモニターのように情報が映し出されるのだ。
『魔鎧・大鮫海』
この鎧は竜と鮫の混血者のみ装備できる。
使用者は装備中、シャークマンと名乗ること。名乗らなければ死ぬ。
この鎧は他者を守るための力であり、英雄と共に成長してゆく。
真の格好の良さとは、ダサさを越えた先にあると心得よ。
鎧を装着する時の決め台詞は、今こっちで長台詞派と短い台詞派で揉めているから、決まり次第、後で追記する。
どうせこの鎧を使う前にマザー・シャーク封印編は終わりそうだし。
※追記、思ったよりも早く決定した。装備する時の台詞は「シャークライ」だ。装備を解除する時は「シャークオフ」だからよろしく。
「何度読んでも滅茶苦茶ふざけてるじゃねぇか!! おい、ブルース!! お前は超自然的な存在やら神様やら当たり前に言っていたけど、完全にそういう奴らがいるだろコレ!!」
神の存在証明は容易く完了した。
「まぁ、そこら辺は旅をしながらおいおい話していこうと思っていたのだけれどねぇ……例えば自然に生み出される道具をアーティファクトと呼ぶんだけれど、世界各地に悪ノリみたいなアーティファクトや伝承があったりするんだよね。だから、まぁ、直接干渉はしないルールっぽいんだけれど、まぁ、普通に……いるよね、神様。正確には神々だけれど」
「くっそ……マジでシャークマンを名乗らないと死ぬと思う?」
「多分、死ぬと思う。アンソニーが地球に行く前に一度だけ使ってみたけれど、流石に試す気にはなれないと言っていたよ。相手はあくまでも上位存在。個人差ならぬ個神差はあるだろうけれど、人種一匹の命なんて悪ければ羽虫、良くてもネズミくらいの感覚だからね。自分達を楽しませない奴はくたばれくらいは思っていてもおかしくはない」
ブルースは直接遭遇したことはないが、過去に起こった幾つかの事例を知っている。
数多の人種の中で英雄として名を上げ、あたかも長編小説の主人公ともいえる存在だった青年が、神の不興を買い、この世界から一瞬で消し去られたこともある。
「とんでもない呪物じゃん。ほんで台詞よ。シャークライって、マジで何なの? 百歩譲っても、解除がシャークオフなら装備はオンで良いじゃん。突然三つ巴の戦いに巻き込まれそうな響きなんだけど」
「それ以上はいけない。あの企業の法務部はそこらの魔物よりも強い。それはともかく、鮫を表すシャークと、今回の場合のクライは動物の鳴き声を意味しているのかな?」
「鮫は鳴かないんだよなぁ」
「いや、お金の掛かった映画ならともかく、それ以外の作品だとそこそこ鳴くじゃん」
「確かにB級映画どころかZ級と揶揄されるレベルの作品だと、何か変な唸り声をあげがちだけども!」
「流石に詳しいね。もう少しちゃんとした映画を観たら?」
「別にいいだろ!? そこは俺の好きにさせてくれ」
サブスクのトップ画面が鮫映画やホラー映画で埋まっている少年の言葉が虚しく響いた。
「まぁまぁ、落ち着いてよ。それじゃあ、知識は伝え終えたし、そろそろ行こうか」
「……分かったよ。俺も覚悟を決める。ただ、最後に俺の外見のことで、もう一度確認したいんだけど……」
「気にし過ぎだよ。黒髪は珍しいけれど、いないわけじゃない。確かに黒髪を差別対象にする地域はあるけれど、本当に極一部だよ」
「そこじゃないんだよ!?」
凪彦の格好では、よくある中世ヨーロッパ風のファンタジー世界では目立つため、ブルースはそれらしい服装を用意してくれた。しかし、それと同時に先ほどの長ったらしい名前の鎧、とは言っても通常時は腕輪だが、とにかくそれを身に付けたところ、ナギヒコの身体に変化が現れた。
それは力が溢れるといった変化ではなく、あくまでも表面的な変化だ。
例えるなら黒い炎で描かれた龍、いや、どちらかといえば蛇のような模様が右足から全身にとぐろを撒く様に浮かび上がり、最終的には大きく開かれた蛇の口が右目を飲む来ような形となっている。完全に悪役のソレにしか見えず、焦った凪彦が腕輪を慌てて外そうとしたが体の一部となったように取れなくなっていた。
「大丈夫だよ。なんちゃら部族とか冒険者みたいな人の中には刻印を入れている人とかいるから。後呪い受けている人とか」
冒険者とはギルドと呼ばれる組織を通して依頼を受け、その報酬で生計を立てている者達を言う。広い意味では便利屋のようなものだが、魔物はもちろんのこと、盗賊などの犯罪者の討伐などを依頼される機会も多い命懸けの職業だ。
「……本当だよな? というか、これって……外れるんだよな?」
ナギヒコの感覚としては腕輪を装着しているというよりも、身体の一部になっているように思えた。
「君の役目が終わったら外れるよ。いや、信じてる。そうなると良いね」
「ふざけんなよ!? そうでなくとも日本に戻ったら銭湯も大浴場も出禁なんだぞ!? 街を歩けば確実にSNSで晒されるぞ!! トリッターのトレンド一位を目指せるぞ!?」
「そうなったら最悪は配信者にでもなりなよ。それに君次第では地球でもヒーローにもなれるし、裏で好き放題に暗躍もできるさ。酒池肉林も夢じゃないもの。目指せ、第二の董卓。じゃあ、剣と魔法の世界へと出発!!」
「お前、マジでふざけんな。てか、何で寄りにもよって董卓をチョイスし……」
こうしてまたしてもナギヒコは渦潮に飲み込まれた。




