第12話 鮫魔法使い
「とりあえず、アクションゲーム的には顔を潰す毎に弱っていくシステムってやつだな、てか速ッ!」
避けることは容易なはずだったはずの触手がナギヒコの頬を掠める。
「我はダゴン! 私はダゴン!」
更にダゴンは左右に伸びた複数の触手を捩じると、二本の巨大な鞭を作り出した。
「ちょっと待って、そんな合理的な攻撃する? 回避不可能じゃない? 制作者、ちゃんとテストプレイした?」
『ゲームではないからね』
「この蛸鮫、さっきまで馬鹿だったはずじゃん!」
『君は勘が良いのか悪いのか分からないね……半魚人がゾンビなのか幽霊なのか分からないけれど、人種を吸収したからじゃない?』
「そんなんチートだろうぎゃあああぁぁぁ!!」
ナギヒコは回避不能を一撃を受け、幾つもの廃墟を倒壊させながら吹き飛んでゆく。
『おー、バトル漫画でよく見るシーンだ』
「痛過ぎる。マジでお腹と背中がくっつきそうだった」
ナギヒコはすぐさま立ち上がったものの、どう攻略したものかと考えていたが、残念ながら相手は猶予を与えるつもりはないようだ。
ダゴンは器用に触手を使い、まるで蜘蛛のような動きで廃墟の間を駆け抜けてくる。
「絵面がホラー過ぎる!! テンション上がっちゃうな!!」
『馬鹿なの?』
ナギヒコはブルースの呆れ声には応じず、またしても瓦礫を拾う。
「うーん……あっ、こいつはどうだ?」
ナギヒコは上空に向かって幾つもの瓦礫を放り投げる。すると、ダゴンについている顔が一斉にそちらに視線を向けると共に、僅かに速度を落とし、それらを触手で粉砕した。
『何しているの?』
『生物実験。やっぱり思っていた進化とは違うみたいだな』
創作物に登場する吸収型タイプの能力は、主人格が強化され、デメリットといえるものはないことが多い。しかし、知能が上がったとはいえ、吸収された側の意識が混在しているとなると、完璧に合理的な行動は取れないはずだとナギヒコは考えた。
つまり、半魚人たちが元々は人である以上、価値観や思考にも差がある。
例えば瓦礫に当たったところで痛みなど感じないと思っているのはダゴンの意識だが、他の人種だったであろう者達はそうではない。痛いかもしれないという不安。何か仕掛けがあるのかもしれないという疑念。何となく破壊しておこうという気紛れ。
おおよそダゴンの支配下にあるものの、完全ではないことに間違いはなかった。
「更にもう一発!! この瓦礫が無意味だと思っていたか!!」
ナギヒコは叫びながら再び瓦礫を上空に投げる。
そして、更に信じられない行動に出た。
「今だぁぁぁ!! やれぇぇぇ!!」
ナギヒコはダゴン目掛けて駆け出しつつ、その後方に視線を送ったのだ。
すると、ダゴン達の顔や触手が瓦礫へ、もしくは慌てふためいたように後方へと向かう。当然のことながら、そこには何もいない。ただし、何かがあるかもしれないという意識、騙されたという意識、一体と三十人分の思考が一つの身体の中で迷走する。
これ以上のない見事なまでの古典的なブラフだった。しかし、知性が上がったダゴンはもちろん、元々は人種だった半魚人には前述した通りに思考がある。つまり、言語が正確に通じるが故の弱点が生まれていたのだ。
「うらぁぁぁ!!」
ナギヒコはその動揺を見逃さず、手当たり次第に半魚人の顔を殴りつけ、もしくは瓦礫を叩き込む。そこには一切の容赦がない。アウゴの説明が正しければ、魚類のような変貌を遂げてしまった者たちは、全てが相当な悪人のはず。だからこそ、ナギヒコは無慈悲に叩き潰し、粉砕していく。しかし、それと同時にこんな姿から解放してあげたいという慈悲もあった。
「死んでまで迷惑掛けてんじゃねぇよ!! 魚モドキ共が!!」
慈悲の件は気のせいだったかもしれない。
とにかく、暗闇の中では分からないが、恐らくは赤色ではない血液が噴出し、ダゴン達から絶叫が響く。ダゴンだけなら問題なかったはずの一撃だとしても、顔面が陥没した痛み、瓦礫が突き刺さった痛みなどが真っ直ぐにに本体へと伝わり、まさしく阿鼻叫喚の様相だった。
「冗談で言っていたのに、本当に青い通り魔の呼び名が相応しい光景だね。武器とかないから仕方がないとはいえ、瓦礫で殴りつけるヒーローは嫌すぎるよ」
ブルースは独り言ちる。
「……しかし、柔軟な思考をしているのは間違いないね」
ブルースはナギヒコに関する記憶も読み取っていたため、外見こそ運動一択といった印象を受けるが、実は幼少期から生物などを観察するのが好きな少年 だったことを知っている。今回の行動もそういった過去の経験から生まれているのは間違いなく、魔物の習性や行動を冷静に捉えることが出来るのは強みだと確信した。
「あの絵面はあまりに褒めたくはないけれど……」
ブルースはそう言いながら下に目を向けると、未だに半魚人の群れがこちらに手を伸ばしている。
「どうしたものだろう。馬鹿の一つ覚えみたいに呼び寄せるなら良いけれど……」
ここからの最悪な展開は、ダゴンが冷静さを取り戻し、自らここへ来て残りの百人余りを吸収することだ。そして、その結果、何が起こるのかは予測できない。勝手に自滅する可能性もあれば、異なる形での進化へ向かい、今度こそ手に負えなくなる可能性もある。
しかし、ブルースにはどうすることも出来ず、こナギヒコがダゴンが新たな行動を起こす前に倒すことを信じる他なかった。
と、その時だった。
「……うん? あれは……人種?」
ブルースは念のために周囲の魔力を感知していたが、高い魔力を持った何者かが村の入り口辺りに現れた。慌ててその方向に視線を移すと、遠目に人型の何者かが立っていることが分かった。
『ナギヒコ。村に誰か来たよ。多分、強い人。今は敵かどうかは不明』
ブルースが念羽で呼び掛けたが、今のナギヒコには答える余裕はないらしく、返答はなかった。
そして、ブルースはこれ以上離れればナギヒコとの念話が出来なくなるため、自身はどう動くべきかを迷っていると、先にその人影がこちらへと向かって来ていることに気が付いた。
それからしばらくして、ブルースの眼下に現れたのは、一人の女だった。
外見は二十代前半と言ったところだろうか、身長は二メートル近く、健康的に日焼けした肌、一部銀色が混ざったクセのある青色の髪を後ろで一つに縛り、その手には身の丈に近い長い三又の槍を携えている。そして、ブルースがその顔に意識を向けると、女の左目に違和感を覚えた。
「まさか、彼女……」
ブルースは半魚人たちの手が届かない程度の距離にまで下降し、もう一度女の顔を確認すると「やはり」と頷いた。
彼女の左目の瞳孔は鋭く、メジロザメのような猫目に近い形をしていた。そして、彼女はブルースと目が合うと、淡々とした口調で尋ねる。
「私の名はカルカロ・ベウス。鮫の精霊よ、助けは必要か?」
「僕が見えているんだね。それは助かるよ。本当にありがとう。今あっちの方で暴れている……えっと、全身青色の変質者は僕の仲間なんだけれど、敵対している魔物の方が半魚人を吸収する能力を持っているから、数を減らしてくれると助かるよ」
「状況は理解した……全滅させて良いのなら、むしろ話は早い」
ブルースの返答に頷いたカルカロは武器を構えた。そして、それと同時に無表情から一変、鋭くも静かだったはずの目つきが荒々しい光を灯し、犬歯と呼ぶには無理のある白く尖った歯の生え揃った口元には、獰猛な笑みを浮かべた。
そして、カルカロの気配に気が付いた半魚人たちが彼女に向って駆け出す。しかし、彼女は動じた様子もなく、まだ間合いには程遠いにも関わらず、銛を突き出しながら唱える。
「鮫魔法・鮫立魔氣」
「……鮫魔法!?」
ブルースは全く聞き馴染みのない響きに動揺を隠せないが、そんな彼の心中を置いてきぼりにしたまま、カルカロの槍が斧に変化し、彼女が薙ぎ払うと共に気流が生まれ、やがて竜巻が生み出された。そして、半魚人たちは瓦礫と共に中心部に集められ、切り刻まれながら身動きが取れなくなる。
「鮫魔法・鮫切断」
カルカロがそう唱えると今度は斧が鮫の歯のような刃をした大剣に変形し、そのまま一閃。全てとはいかないまでも、数十体の半魚人が葬られた。
「……あぁ、なるほど、何となく理解したよ」
ブルースは察した。アレは魔法ではなく、装備の効果だと。そして、わざわざ鮫魔法と口にしているところから察するに、明らかにどこかで見たような悪ノリの気配がすると。
(干渉したのか……いや、偶然かな。もしくはナギヒコの物語にヒロインでも欲しくなった? それとも別の理由? どちらにしても、今回ばかりは感謝せざるを得ないけれどね。いや、もしかしたら……)
かつてはここに存在したであろう、真のダゴンがフリーベルの神々と敵対するような関係だったとすれば、ナギヒコの物語を盛り上げつつ、不純物を消し去る判断をした可能性もある。
ブルースがそのように思考を巡らせていると、不意にナギヒコから念話が届いた。
『おい、ブルース! 結局さっき言っていた人はどうなった!?』
先ほどまでは返答のなかったナギヒコにも余裕が生まれたのかと思い、ブルースが彼の方に視線を移すと、そこにはすっかり身体が元の状態に戻りつつあるダゴンが倒れていた。更に難破船の一部か何かを拾ったのかもしれないが、倒れ伏したダゴンに対して、鉄の棒のようなものを振り下ろしている青い通り魔がいた。
遠目には巨大な亀を虐待している奇抜な格好の変態に見える。
『死ぬほど洒落にならない浦島太郎の話を作ってみない? 略して洒落浦の導入かな?』
『おらぁ! 死ね、蛸鮫カスボケェ! ……何の話?』
『こっちの話。さっきの人は味方になってくれたよ。滅茶苦茶強い槍使い……いや剣士? まぁ、よく分からないけれど武闘派で、しかも女性。後、鮫魔法を使う』
『マジか!? ついに女の人との出会いが来た!! えっ……鮫魔法ってぎゃあああぁぁぁ!!』
聞き馴染みのない言葉に困惑したナギヒコは、ダゴンの薙ぎ払いを受けて吹き飛んでゆく。
『アミティ村にだって女性はいたじゃん。とりあえず、こっちは何とかなりそうだから、そっちはよろしくね』
『待て! その人は美人か? 美少女か? 後、鮫魔法って何?』
『人種の美醜の価値観なんて個々による上、根本的に精霊の僕に聞かれても分からないよ。それと、少女か成人かなんて分からないよ。せいぜい百年しか生きられない地球人と違って、外見と年齢が一致しないことなんて珍しくはないからね。ただ、外見はどうあれ、君よりは年上だと思うよ。後、鮫魔法は僕にも分からない』
ブルースは本音を隠してそう答えた。価値観は異なれども、ある程度の予測は可能だ。鮫の混血であり、左目や歯という目立つ部分に特徴が出ている以上、性別など関係なく、一般的に好かれる風貌ではないことだけは確信していた。ナギヒコの感性は不明だが、ここでやる気を失くされても困るため、敢えて外見の詳細は省いた。
しかし、その一方で個人的な美醜の判断はともかく、本来は忌避されるような外見であったとしても、それを気にするような少年ではないという信頼もあった。
『クッソ、お姉さんに興味があるはずなのに、鮫魔法の方が気になって仕方がねぇ! 何だよ鮫魔法って、全然ピンっとこねぇよ!』
驚愕のパワーワードに思春期の心が荒波となる。
『まぁまぁ、そこら辺は後でね。どちらにしても、顔の怖さでは負けてないから大丈夫』
『俺がいつ顔の怖さで勝負するって言った? まぁ、とにかく! さっさとこの蛸鮫野郎を倒して、お姉さんにお礼を言って、あわよくば……笑いかけて貰おう!』
『目標がピュアで、小さ過ぎて、何か……逆にきっしょい』
『この顔じゃ常にマイナスからのスタートだからな!? 戦闘時に強くなる限定的なバフの代わりに、私生活では常に人間関係に強烈なデバフが掛かってんだよ!! 何とかしてくれよ!!』
知らない間に全身にタトゥーを刻まれるという、斬新なホラー映画の導入のような現実を未だに受け入れられないナギヒコの本音が飛び出した。
『それは無理だけれど、思春期らしく胸を触らせて貰いたいくらい言えば? 正直、僕は人種の風貌に興味ないから気にしていなかったけれど、身長も高くて、しなやかな筋肉をしていて、その上でナイスバディなお姉さんだよ? がっちり胸元を固定しているけれど、戦うのには邪魔そうだもの』
『マジか。てか巨乳で武闘派って実在するのかよ。二次元以外で筋肉と巨乳って相反するものじゃないのか? でも……ドキドキしてきた。ちゃんと目を合わせて話せるかな?』
『……うーん、きっしょい』
『どちらにしてもきっしょいんじゃねぇか!?』
『ごめん。ここ電波悪いみたい。また後で掛けなおすよ』
『どいつもこいつもクソがぁぁぁ!!』
鮫の精霊とダゴンに対して、脳内と拳で同時に乱打戦を繰り広げつつ、ナギヒコの戦いはクライマックスへと向かう。




