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二十五話 氷の爺さん

はじめまして、大森林総史です。

主人公・優星(ゆうせい)が復讐の果てに何を見るのか。

そんな物語を書いてみました。

宜しければ、お読みいただけると嬉しいです。

 宿屋の奥。


 店の者に案内され、優星と月花は襖の前に立っていた。


 中から声が聞こえる。


「めんこいのう……めんこいのう……」


 聞き覚えのある声だった。


「明里ちゃんは、耳かきが上手いのう……」


「あ、あの……褒めてくださるのは嬉しいのですが……」


 女性の困ったような声。


「お、お客様が……」


「良いんじゃよ」


 呑気な声が続く。


「儂の孫娘と弟子じゃからな」


「は……?」


 優星と月花は顔を見合わせた。


 そして。


 勢いよく襖を開け放つ。


「師匠!」


「お爺様!」


 そこにいたのは――


 氷魔だった。


 しかも。


 明里の膝の上で。


 気持ち良さそうに、耳かきをしてもらっていた。


 沈黙。


 氷魔は二人を見る。


 そして。


「よ!」


 片手を上げた。


「元気にしとったか?」


 優星と月花の額に青筋が浮かぶ。


「し、師匠……」


「お、お爺様……」


 二人とも顔が真っ赤だった。


 氷魔は、不思議そうに首を傾げる。


「何じゃ?」


「爺……何してやがる……?」


「耳かきじゃ」


 氷魔は即答した。


「見れば分かるじゃろう?」


「見れば分かる!」


 優星が叫ぶ。


「じゃあ黙っとれ」


 氷魔は平然と言った。


「黙れは、お前の口癖じゃろう?」


 氷魔はニヤリと笑った。


「ぐっ……!」


 優星は言葉に詰まった。


 確かによく言っていた。


 言い返せない。


「いいえ!」


 今度は月花だった。


「私は黙りません!」


 凄まじい勢いで迫る。


「お爺様! 一体何をしているのですか!?」


 氷魔は面倒そうに答えた。


「耳かきじゃって」


「そこではありません!」


「お前がしてくれんからじゃ」


「まっ!?」


 月花が固まる。


「お前の膝は、優星にしか貸さんのじゃろ?」


「なっ……!」


 月花の顔が真っ赤になる。


 優星も赤い。


 二人とも黙った。


 氷魔は満足そうに頷いた。


「静かになったのぅ」


「あ、あの……」


 完全に置いてけぼりの明里が、恐る恐る口を開いた。


「これは……その……」


「すまんのぅ」


 氷魔は起き上がった。


「爺の戯れじゃ」


「は?」


 優星と月花が同時に声を上げる。


 だが。


 氷魔は穏やかに二人を見た。


「心配かけたのぅ⋯」


 その一言で。


 部屋の空気が変わった。


「月花」


 月花の瞳が潤む。


「優星」


 優星も顔を伏せた。


「もう……」


 月花が呟く。


「まだまだ師匠には敵わんようだ……」


 優星が苦笑する。


 二人とも怒っていたはずなのに。


 今は笑みが浮かんでいた。


 生きていた。


 それだけで十分だった。


 しばらくして。


 明里が静かに話し始めた。


「私は……」


 三人の視線が集まる。


「約三~四年前から記憶がありません」


 優星と月花の表情が変わる。


「気が付いた時には、この宿屋の前で倒れていたそうです」


 明里は少し寂しそうに笑った。


「大怪我をしていて……」


「……」


「それからここで治療を受けて、住み込みで働かせていただいております」


 沈黙。


 優星も月花も言葉が出ない。


 氷魔が口を開いた。


「落ち込むでない」


 二人が顔を上げる。


「儂は、明里殿の過去を調べた」


 氷魔の目は真剣だった。


「おそらく光殿で間違いあるまい」


「お爺様……!」


「そして記憶を戻す方法も探した」


 氷魔はゆっくり言った。


「退魔刀――白霞じゃ」


 優星と月花が息を呑む。


「白霞なら……!」


 月花が振り向く。


 だが。


 既に優星はいなかった。


 窓が開いている。


「早いですわっ!?」


 月花が驚く。


 氷魔は苦笑した。


「相変わらずじゃのう」


 それから間もなく。


 勢いよく扉が開いた。


「持ってきたでござる!」


 優星だった。


 息が乱れていない。


 白霞を抱えていた。


「早い……」


 氷魔は目を細める。


 忍びでもここまで早い者はいない。


 (儂を超えたか⋯)


 そして。


 優星の目を見る。


 かつてそこにあった復讐の炎は無い。


 代わりに。


 真っ直ぐな光が宿っていた。


(良い目になったのう)


 氷魔は心の中で呟いた。


 安心したように微笑む。


 優星は白霞を差し出した。


 明里はそれを見て身を固くした。


「刀……」


 どこか怯えているようだった。


 優星は静かに言う。


「この刀は退魔剣士が振るう刀です」


 そして少し迷った後。


「姉さ……」


 言いかけて止める。


「明里殿」


 優しく言い直した。


「少しだけで構いません」


 白霞を差し出す。


「柄に触れて下さいませんか?」


 明里は不安そうに刀を見る。


 だが。


 ゆっくり頷いた。


「はい……」


 そして。


 おそるおそる白霞の柄に触れた――。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次話は8/9 20:00に投稿予定です。

続きも読んでもらえると嬉しいです。


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