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第十七話 氷の教え

はじめまして、大森林総史です。

主人公・優星(ゆうせい)が復讐の果てに何を見るのか。

そんな物語を書いてみました。

よろしければお読みいただけると嬉しいです。

 月花は、薄暗い部屋へと連れて来られた。


 正面には悪代官。


 その目はいやらしく細められている。


「ほう……氷魔の孫娘か」


 月花は答えない。


 ただ静かに見つめ返す。


 悪代官はゆっくり近づいた。


「なかなかの器量だな」


 月花は顔を背ける。


 その態度に悪代官の眉がひそめられた。


「ふん……気の強い娘だ」


 月花は何も言わない。


 沈黙。


 その沈黙が悪代官を苛立たせる。


「話せ」


 低い声。


「忍びの秘密を話せ」


 月花は黙ったまま。


「話さぬなら拷問だ」


 それでも答えない。


 月花は唇を強く噛み締める。


 瞳が僅かに潤んだ。


 だが悪代官は気付かない。


 恐怖ではない。


 怒りでもない。


 覚悟だった。


「聞こえんのか!」


 悪代官が怒鳴った。


 その時だった。


「……呆れるぜェ」


 低い声が響く。


 儀蔵だった。


 壁にもたれていた儀蔵がゆっくりと立ち上がる。


「俺が捕まえた獲物は俺のもんだァ……」


 空気が変わる。


 殺気。


 悪代官の顔色が変わった。


「ぎ、儀蔵……」


「これで何度目だァ?」


 儀蔵の声は静かだった。


 だが静かな分だけ恐ろしい。


 悪代官は一歩後ずさる。


「わ、分かった……」


 儀蔵は鼻を鳴らした。


「牢番は俺がする」


 その言葉に悪代官は何も言えなかった。


 ただ頷くしかない。


 月花は牢へと移された。


 格子越しに儀蔵が立つ。


 沈黙。


 長い沈黙。


 月花はその男を見つめていた。


 恐ろしい男。


 人斬り。


 祖父を傷つけた男。


 だが違和感がある。


 悪代官から守った。


 牢番を買って出た。


 まるで――


(この人は……私を守っている……?)


 月花は小さく息を吸った。


「あなたは……なぜ私を捕らえたのです?」


 儀蔵は答えない。


「もしかして、悪代官に手を出させないため……」


 沈黙。


「私を直接守るため……」


 儀蔵の眉が僅かに動く。


「買いかぶるなァ……」


 低く呟く。


「だが……優星と決着をつけたら帰してやらァ」


 月花は目を見開いた。


 そして静かに頷く。


「分かりました……」


 その目に僅かな安堵が浮かぶ。


 儀蔵はしばらく黙っていた。


 やがて小さく呟く。


「おめェの爺さん……」


 そこで言葉は途切れた。


 再び沈黙が牢を包む。


 ――――――


 一方。


 優星は屋敷へ戻っていた。


「月花!」


 返事はない。


 部屋を見回す。


 庭を見る。


 どこにもいない。


「月花!」


 胸が強く脈打つ。


 嫌な予感。


 最悪の予感。


 氷魔を失った。


 光を失った。


 そして今――


「月花まで……!」


 拳が震える。


 怒りが込み上げる。


 その時だった。


 机の上に置かれた紙が目に入る。


 優星は手に取った。


『優星様、自分を見失わないで下さい』


 月花の字だった。


「……月花」


 優星は目を閉じる。


 大きく息を吐いた。


 胸の奥で暴れる感情が少しずつ静まっていく。


 その時。


 氷魔の言葉が脳裏によみがえった。


『忍びは氷のように冷静でなければならぬ』


 優星は苦笑する。


「俺もまだまだだ……」


 怒りに飲まれかけていた。


 氷魔ならそうしない。


 まず見る。


 考える。


 判断する。


 優星は屋敷を見回した。


 荒らされた形跡はない。


 血の匂いもない。


 そして――


「この殺気……」


 微かに残る異質な気配。


 忘れるはずがない。


 儀蔵。


 優星の目が鋭くなる。


 さらに外へ出る。


 地面。


 木の根元。


 石の並び。


 不自然な目印。


 月花が残したものだった。


「そうか……」


 全てが繋がる。


「月花は生きている」


 そして。


「儀蔵に連れ去られた」


 優星は静かに立ち上がる。


 月を見上げた。


 光の笑顔が浮かぶ。


 月花の涙が浮かぶ。


 胸が締め付けられる。


「もう失わない……!」


 その声は静かだった。


 だが強かった。


 優星は夜の闇へと駆け出す。


 悪代官の隠れ家へ向かって。


 氷魔の教えを胸に抱きながら。


 復讐ではなく。


 守るために。


 走り続けた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次話は7/24 20:00に投稿予定です。

続きも読んでもらえると嬉しいです。

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