第十四話 迷いの夜
はじめまして、大森林総史です。
主人公・優星が復讐の果てに何を見るのか。
そんな物語を書いてみました。
よろしければお読みいただけると嬉しいです。
夜更け――。
屋敷の門が静かに開く。
月花は縁側から立ち上がった。
「優星様!」
帰ってきた優星の姿を見て、安堵しかけた月花の表情が凍る。
優星の手には一本の刀が握られていた。
だが、その刀は途中から無残に折れている。
そして――柄には乾いた血が滲んでいた。
「それは……」
優星は答えない。
静かに刀を差し出す。
月花の顔から血の気が引いた。
「お爺様の……刀……」
震える声。
優星は低く呟いた。
「見つからなかった」
月花は息を呑む。
「儀蔵に会った」
その名を聞いた瞬間、月花の肩が震えた。
優星は拳を握り締める。
「師匠は奴と戦っていた」
「そして、この刀だけが残った」
「俺が駆けつけた時には、もう遅かった」
沈黙。
月花は折れた刀を見つめていた。
まるで現実を受け入れられないように。
やがて優星は顔を上げる。
その瞳には青白い炎が宿っていた。
怒り
憎しみ
その目には復讐の二文字しか見えない。
「奴を斬る」
「儀蔵をこの手で討つ」
「姉さんの仇だ」
「そして師匠の仇でもある」
その声には強い決意が滲んでいた。
しかし。
「駄目です」
月花が言った。
優星が目を見開く。
「敵討ちなんて……やめて下さい」
「何を言ってる」
優星の声が低くなる。
「奴は姉さんを斬った」
「師匠まで奪った」
「それでもか⋯」
月花は、怯えながらも首を横に振った。
「それでもです⋯」
「私は……」
言葉に詰まる。
それでも必死に続ける。
「私は、優星様に復讐の剣を握って欲しくありません」
優星の眉が動く。
「きっと……」
月花は震える声で言った。
「きっとお爺様も」
「優星様のお姉様も」
「そんな事は望んでいないはずです」
その瞬間だった。
優星の感情が爆発する。
「だったら、どうしろって言うんだ!!」
月花がびくりと震える。
「姉さんを奪われた!」
「師匠まで奪われた!!」
「俺から全部奪ったのはあいつだ!!!」
「それでも何もしないでいろっていうのか!!!!」
静かな屋敷に怒声が響いた。
優星自身も驚いていた。
ここまで感情を露わにしたのはいつ以来だろうか。
月花は何も言わない。
ただ唇を噛み締めていた。
瞳は閉じている。
眉毛がかすかに濡れている。
そして優星は気付く。
月花の手が震えている事に。
強がっているだけだ。
本当は月花だって苦しい。
祖父を失ったかもしれないのだ。
怖くないはずがない。
優星はゆっくり拳を解いた。
怒りが少しずつ薄れていく。
復讐の決意が揺らぎ⋯
代わりに残ったのは――迷いだった。
「俺は……」
かすれた声。
「俺はどうすれば……良い……?」
月花は俯く。
そして小さく答えた。
「分かりません……」
優星は目を閉じる。
「そうか⋯」
月花ですら答えを持っていない。
それでも。
「でも……」
月花は顔を上げた。
涙を堪えた、潤んだ瞳で呟いた。
「復讐だけは……やめて下さい……」
その言葉に優星はしばらく沈黙した。
やがて。
「……師匠の暗号を解読する」
そう呟いた。
氷魔は最後に何かを残していた。
それだけが今の手掛かりだった。
月花は小さく頷く。
「はい……」
その夜――。
部屋に籠もった優星は、折れた刀を前に座っていた。
柄に刻まれた傷。
わずかな印。
血で隠された文字。
木々に刻まれた傷。
氷魔だけが使う暗号。
優星は一つ一つ解き明かしていく。
湧き上がる怒りを押し殺すように。
迷いを振り払うように。
一方――。
縁側では月花が一人夜空を見上げていた。
満月が静かに輝いている。
幼い頃から見てきた月。
祖父と共に眺めた月。
「お爺様……」
小さな声。
返事はない。
ただ風が吹くだけだった。
月花の頬を一筋の涙が伝う。
「うっ⋯ぅ⋯おじいさまぁ⋯⋯!!」
月花は、崩れ落ちた。
慟哭する。
泣いても泣いても涙が止まらない。
「月花?⋯っ!」
だが優星は部屋から出ない。
いや、出られない。
自分も苦しい。
もう悲しみ方がわからず、今残るのは迷いだけ⋯
優星は暗号の解読に没頭していく⋯
それしか今の彼にはできない。
そして夜は更けていく。
迷いと深い悲しみを抱えたまま――。
静かな満月だけが、二人を照らしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次話は7/18 20:00に投稿予定です。
続きも読んでもらえると嬉しいです。




