チョコ=ヴィッテへの言伝
チョコは音マスを抜けて以来、平静に仕事をこなそうと必死になっていた。チョコは桜のことはもちろん、山猫のことも気に入っていた。懲罰房の彼女に手を貸したのだって、彼女の努力を近くで見ていたかったからだ。それに、雲のギターに魅せられてもいた。
だから音マスが好きだったし、音マスであればネクタリオに受け入れられるかもしれないと淡い希望も抱いていたのだ。音マスがやろうとしているのは間違いなく海外音楽だ。それをやろうっていうのは、ムオンに対して冒涜的ではあれど、間違いなくネクタリオに対しては有効だろう。ネクタリオは体制の中の反体制だから。
そして様々な文化の融合が促進されれば、そもそも主義主張が政治犯罪になってしまうようなことはなくなる。両親の犯罪が意味のないものに近づく可能性もあった。
だから音マスに参加した。好きな音楽で命を賭けられるだなんて、それは最高の地獄だと思ったから。
でも、それは山猫によって壊されてしまう。
なんでここまでうまくいっていた音マスの音楽を壊すのだろう。
どうしてあれほど素晴らしい桜のヴォーカルを退かすのだろう。
よりにもよってなんでお前が歌うだなんて言い出すのだろう。
すべてが理解できなくて、そこに命を賭けられなくなった。
でも、よかったじゃないか。これでもっとシンプルに働くことができる。ムオンが正しく機能するように、自分の仕事を愚直にこなすのだ。
ある日の朝、守衛からチョコに手紙が届けられた。手紙の送り主は内務局の補佐長官で、すなわちネクタリオの付き人だ。手紙には以下のことが記述されていた。
①バクルシュミュール女子収容所の存在合理性があるならば示せ。
②施設の図面と、倉庫の立地がわかる地図を送れ。
③緊急事態にムオン人の陣頭指揮を取り、安全に隣町へ移動する計画を策定せよ。
完全に意図を掴めたわけではないが、危険が迫っているのは理解できた。第一、バクルシュミュール女子収容所の存在合理性なんてあるわけがない。ムオンからすればただただコストを垂れ流すお荷物施設なのはチョコだって知っている。
無難に返答するのであれば、①に関しては『ない』が正解だ。しかしそう回答した場合、おそらく山猫が、雲が、桜が危険に晒されるに違いなかった。そしてもし『ある』と回答し、その内容が見当違いのものであれば、今度はチョコの命が危険に晒されるだろう。
——『ある』って言えるかなぁ?
もし主張できるとすれば、それは奴隷が作る文化的価値しかない。少なくとも多くの奴隷は外国人で、彼らの暮らしぶりや感覚はムオンのそれと大きく違う。さらに言えば、ここに集められているのは若年の女子だ。独自の何かが生まれる土壌があるにはある気がする。
そして、実際生まれたのだ。
音楽室マスターズが。
視察まであと三ヶ月に迫っている。そんな中で、音マスは今現在間違った方向に進んでいる。このまま山猫がヴォーカルに固執すれば、その音楽がネクタリオに届くとは到底思えない。
示せるものなんて無い。冷静に考えれば。
できるか?
音マスが生まれたように、奴隷たちを自由にすれば様々な文化的価値を生み出すことができるだなんて主張を。若年外国人女性が集まる施設だからこそ生まれる新しい世界だなんて妄言で。
それでも。『ない』ならば彼女たちの死だ。『ない』とすることは、彼女たちへの裏切りだ。
それは。
友達を裏切ることは。チョコ=ヴィッテにとって正しくはない。




