補佐長官とネクタリオ=ハックツァー
「クリアにすることが重要なんだ。ぴったりがわかるからね。もし君が毎回アンズタケを残すとしよう。君はそれで満足するかもしれない。でもそうなると、毎回余剰なアンズタケが廃棄されることになるだろう。その分の生産余力を他のことに使うべきにも関わらず、その生産能力は奪われたままになってしまうんだ。国民はね、出されたものを全部食べなければならないよ。それで太れば分配を減らすさ。それで痩せれば分配を増やすさ。我々は正しく行き渡った状態をもって、分配を判断しているのだからね」
お皿に残されたきのこの残骸を見て、ネクタリオが新人の補佐官に説教していた。新人は申し訳なさそうに何度も頷く。
シロはその様子を見て、頭を抱えるのを堪え口を挟んだ。
「すみません、ネクタリオ局長。彼は本日配属されたばかりで、何もわかっていないのです」
先日事故で一人補佐官を失い、そしてこの昼食が初めてのネクタリオとの顔合わせだったのだ。新人に対して入れ知恵しておく時間がなかったから、説教モードが始まってしまった。そしてこのモードが始まってしまえば、もうダメだ。
「すみません。きのこが苦手で……」
「うん。そうだよねぇ。いいんだいいんだ。気にしないで」
彼はその残された皿に手を伸ばし、ひだひだのきのこをつまみ上げてひょいと口に運んだ。
「よし、これで綺麗になった! すべてが残らない綺麗な状態っていうのが重要なのさ。何事においてもね。さてシロ、次の会合の準備に付き合って!」
「……はい」
宮殿内の個室食堂を貸し切り、少しでも新人を気に入ってくれればと思ったが、物事はうまくいかない。何せシロはいつもネクタリオに付いているので、この補佐官との顔合わせ自体彼女も初めてだったのだ。
執務室に移動中、ネクタリオはシロに言った。
「ところでシロ、いま補佐官は何人いるんだっけ?」
「八人です。先日一人欠員が出たため、早急に補充が必要で彼に入ってもらいました」
「なるほど。ところで補佐官が八人って多すぎるよね? ちょっと無駄かもしれないと思うなー」
「いえそんなことは……。補佐官には各地域の調査や分析、各部門との折衝などネクタリオ局長の仕事を円滑におこなう際に重要な職務が多数存在しておりますので、八人でも少ないと——」
「いやー、僕は聞いたんだよ? シロに。政治局局長の補佐官の、ちょうどぴったりの人数は何人だい? 余裕があれば減らすさ。パンクしたら増やせばいい。仕事が回るのに十分な人数を聞いてるんじゃない。ちょうどぴったりの人数を聞いてるんだよ?」
「……八人は……多いです」
「だとしたら一人多いかもしれないなぁ。そうだ! まだ仕事を覚えていない新人が一人いたなぁ」
「ええ、おっしゃる通りです。まだ仕事を覚えていないので、機密情報を何一つ知るよしのない凡夫が一人——」
「いやいやいやいや! どこで何を聞かれたかわからないよ。もし何か聞かれていて別のところで何か話されたらと思うと僕は夜もおちおち眠れそうもない! ダメなんだよ、そんなことに脳の容量をつかっちゃあさあ! わかったら、さっさと処理しておいてくれ」
「……かしこまりました」
執務室に到着する前に、シロは踵を返した。嫌な仕事はさっさとこなすに限る。不器用にも食事の後片付けを手伝っていた彼に声をかける。
「ねぇ、用事があるからついてきて」
「はい、シロ補佐長官」
「この宮殿には地下があるのは知ってる?」
「そうなんですね! とても大きい宮殿なのに、地下まで活用しているとは」
「大きな物音があるようなことは、どうしてもそこでやる必要があるから」
「大きな物音、ですか」
彼は見当もつかないというように首を傾げた。長い長い階段をおりると、どんどん空気がカビ臭くなる。廊下の一室の扉を開いて、先に行くように促す。
「まっすぐいって壁際を調べて」
「真っ暗なのですが」
「あとで電気はつけるから」
私は壁際にあったライフルを手に取り、気配が遠くにあることを確認して電気をつけた。
「……なんですか?」
「さようなら」
子供部屋の床をまっさらにして、積み木で自分だけの街を何日もかけて創り、その出来はどんな大人も驚いて目を丸くしたという。しかし精緻にできたそれを、少年はすぐにサラにしてまた一から別の街を作り直すのだ。
それはネクタリオが五歳のときの逸話である。彼はとにかく余計なものがあることを嫌った。常にまっさらにして、ゼロからものを考えないと気が済まない気質だった。非常に頭がよく勉強はできたが、次々に教師は取り替えた。自分に教えるのにちょうど良いレベルの教師がなにより必要だと考えたからだ。彼は着る服から食べるものまで、ただ与えられることを良しとしなかった。すべて自分で納得したものしか口に入れないし、自分がいいと思ったものしか身につけはしない。
十歳を過ぎたあたりから彼の着衣はどんどん奇抜なものになっていき、周りからアホウドリと馬鹿にされたが彼はそれを貫き通した。
ネクタリオの父はムオン共産党の書記長——つまりは王だ。おかしな格好で奇抜な言動をする要人の息子は周囲の大人から失敗の烙印を押されていた。決して父のように国を治める器には到達し得ないと。しかし、抜群に学問ができた彼は次第に周囲の雑音を降り払う。
国立大学を主席で卒業した彼は政府機関で実務を積んで、そこでも結果を残した彼はついに議員大会で政権に組み込まれることに成功する。ネクタリオは二世だから政治家になったのではない。能力があったから国民に押されて政治家になった。
そして今現在、若くしてムオン共産党内務局局長——つまりは大国のナンバースリーまで上り詰めた。その高みから国を眺めて、ネクタリオは思うのだった。
——なんだか、つまんない国だなぁ。
同席していた会議中からシロは気がついていたが、ネクタリオはひどく機嫌が悪い。
理由は明白で、会議で彼にとって気に入らない役目を押し付けられたからである。
「大体さあ、いらないんだよバクルシュミュールなんかさ!」
まだ会議場からそう離れてもいないこの場で、そんな大きな声を出すのはいかがなものかとシロは思うが、言ったとしてもネクタリオが気にすることはない。
「そうおっしゃらずに、なんとか収支改善に務めたらいいじゃないですか」
「だいたいさ、女子向けの労働所の肉体労働成果物が大したことないなんてわかりきってるじゃないか。あそこは存在自体が間違ってるんだ」
「わかりますが、歴史的経緯がありますから」
バクルシュミュール女子収容施設ができたきっかけは、元々男女で統合されていた収容施設で問題が多発したためである。特に大きいのが疫病の問題で、それを解決する手っ取り早い方法が若い女性の労働施設を分割することだった。
しかし、それをわかっているにもかかわらず議会は成果物を求める。それが気に入らないのはわかる。そもそも、ムオンにはスタップ鉱石なんて溢れているにもかかわらず、だ。これから貿易の主力にしようという発想はわからないことはないが。
「やっぱりさぁ、あそこに女子収容施設ができちゃってるのが間違いなんだよなぁ」
そうだとして、そこに収容される女子を他の場所に移送したところで問題が起きるのは歴史が証明している。
「間違っていても、現にあるんですから、活かさないわけにはいけないでしょう」
「そうかなぁ。……別に、なければいいんじゃないの?」
——あ、スイッチが入ったかも。
シロはネクタリオの表情から決断を読み取った。ネクタリオは笑顔になった。そして彼の妄想を饒舌に語り始める。
「ほらあそこって、倉庫も兼ねてるじゃない? 他国のものも集まるからさ、例えばあそこにたまたま弾頭があったとして、事故で爆発しちゃって施設が吹き飛んじゃったとしてさ、そうしたら港に近いあの土地に、新しい何かは作れるかも……?」
「い、いえ……。建前場あそこにいるのは捕虜なので、いっぺんに消し去ってしまうと国際問題になる可能性がありますよ」
「そうだよな〜。でも、事故だよ? 事故でコストカットできるだなんて皮肉だよね」
自信満々にそんなことを言うネクタリオだが、シロから見て彼の議会での立場はそれほど盤石ではない。孤高の彼は、いつだって味方を作れないから。国際問題に発展するような問題を起こせば、それを政敵に利用されることは目に見えていた。
「……そうですね。しかし、こんど視察がありますから、現地で様子を見てからでも遅くないかと」
「何ヶ月も先じゃーん。そうだ。たしかあそこにはチョコ捜査官がいたよね?」
チョコ捜査官は国内では有名なパルチザンの娘で、ネクタリオの直下の命令系統を通している一人でもある。ネクタリオは各地にそういった配下を置くことで全体を把握している。
「とりあえず報告をあげさせてよ。潰した方がいい施設だったら彼女にやってもらおう。あそこが吹き飛んだらムオンの国力が強まって、チョコのご両親の解放が近づくかもしれないしね!」




