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戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
みんな傷つけザラザラ山猫
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得意なこと

 バランスを崩しているのは私だ。

 だから私は音楽室から離れることにした。音楽室から離れて寒空の下奴隷仕事を行う。

 この日はパラパラと雪が降っていて、とても足場も視界も悪かった。手足はかじかみ、ソリは重い。私はこの労働から逃れていつも音楽室で遊んでいる。それが急に、申し訳ないという思いになる。

 ときおり、すれ違う捕虜が私を励ましてくれる。

「今日は労働なんだ、頑張ってね」

「桜ちゃんをプロデュースしているのって山猫なんでしょ。絶対成功するよ」

「こんな労働はもう少しでオサラバだ。そうだよね? 音楽室マスターズ!」

 ただでさえ寒く、そして背筋の凍るような期待感。

 違うよ。いま音マスは失敗に向かうレールに乗っている。

 桜はみんなに優しいし、その人となりが彼女のカリスマ性を高めている。でも本番では、彼女が歌う相手は敵国の偉い人。桜の後光は、彼には見えやしないんだ。

 そもそも十中八九失敗する計画の中、現状から逃れたいみんなは計画を絶対に成功するものと信じることで正気を保とうとしていた。ああ、まるで戦争みたいだね。

 どこかで桜の声がする。

 きっと誰かの失敗を庇ったんだ。そうすることで彼女はこの界隈で神格化され、しかしその威光は外部に届くことなんてない。

 ふと顔をあげると、桜を殴りにいったのはチョコだ。じゃあ、きっと今日雲は一人で練習してるんだろう。なんてことはない。彼女は最初から、あの音楽室を作り上げて一人で練習してきてるんだし。

 たくさんの楽器が雑然と置かれたあの部屋で、彼女がポツンと練習している姿が眼に浮かぶ。楽しそうで、寂しそうだ。

 不意に、すれ違った捕虜に声を掛けられる。

「期待してる」

 それはきっと、常に雲に掛けられ続けたものだ。彼女ならなんとかしてくれる。彼女にはなんとかする能力がある。偉い生まれだから。優秀に育ったから。私たちとは決定的に種類の人間だから。

 ああ。

 ああ。

 唐突に、私は彼女を理解してしまった。というのは思い上がりかもしれないけれど。しかし彼女の感情の奔流が急に私の中に流れ込んできた。

 雲は、寂しかったんだね。

 雲は、苦しかったんだね。

 ずっと期待してるって声を掛けられて、自分とは違うって断じられて。

 わかってしまった。雲は期待を掛けられるたびに孤立していたんだ。雲はただ雲であるというだけなのに、どんどん一人の世界へと追い詰められてしまっていたんだ。ソリを踏ん張って引きながら、私はそれに気がついてしまった。ずっとずっと、雲は彼女とは関係ない重荷を背負わされて生きている。

 雲はきっと一人でギターを鳴らしている。

 私は別に一人で大丈夫、なんて嘯きながら。

 誰かが隣に立ってあげなくちゃ。そうしないと雲は、きっと寂しい。


 夜雨のようなシャワーを浴びて集団房に向かう途中、私は雲の近くから離れなかった。ピッタリ体をくっつけて移動すると、同じ棚に入り込むことに成功した。

 監察官が部屋からいなくなり、段々と静けさを増す。仰向けに寝転がる雲は、顔だけこちらに向けていた。これだけくっついて歩いたのだから、そりゃ何か話があると思うに決まってる。

「ねぇ、雲」

 私は消え入るような声で呟く。

「なあに?」

 雲もまた、やっと耳に届く声で返事をした。ところどころで寝息がたち始め、その音にもかき消されるような小さな声で。

「雲はさ、楽しく楽器が弾きたいんだよね」

「……そうね〜」

 雲にはそれしかない。

 彼女は究極、場所はこの収容所だって構わない。ギターを弾くことが目的で、ここから出たいとか、自由になりたいとかそんなことを考えていない。

 計画の発案者は雲だった。

 でもそれは、彼女にとって一緒に音楽をやる口実でしかなかった。きっと雲は、友達が欲しかったんだ。

「でね、実は私って友達思いだから——」

「ぷぷ」

「ちょっと笑わないでよ」

「だって〜」

「みんなに迷惑だよ」

「ふふふふ、ごめんね〜。もう笑わないわ!」

「……それでね、私って友達思いだから」

 今度は笑わなかったので、続ける。

「雲が楽しくギターを弾けた方が嬉しいと思っているの。ねぇ雲。教えてよ。雲が私と出会ってから一番楽しかったギターは、いつ弾いたやつ?」

 予感があったんだ。

 それがひょっとすると、私が考えているのと同じなんじゃないかって。

「もしそれが、音マスを壊しちゃう答えだったらどうするのかしら〜?」

 そしてその時点で私が考えていることと一緒なんだなと理解した。

 いいよ。

 大丈夫。

 そのくらいのこと、全部引き受けられるよ。

「私ね、雲。実家をでるとき、おばあちゃんとお父さんを置き去りにしてきたの。誰も私が地元から出ることなんて望んでなかった。自分のわがままで必死に勉強して、家を出たんだ。得意なんだよ、人の期待を裏切ること。人を傷つけること」

「それって、誇れることなのかしら〜?」

「……あれ、違った?」

「ううん」

 雲はふわふわと笑っている。いつもと同じでも、なんだかいつもより嬉しそうというのは、ちょっと自惚れすぎだろうか。

 雲は私のほっぺたに手のひらをくっつけた。ひんやりして、どきりとする。そして少し顔を近づけて、言った。

「山猫さんを誘ってよかったなって、そう思っているわ」

 なんだか胸が暖かくなった。

 親友ができた。

 そんな気がしたんだ。


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