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戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
みんな傷つけザラザラ山猫
50/64

あなたじゃない

 音楽室に響き渡る桜のフィルイン。

 タムやクラッシュシンバルを叩くことも様になってきており、すでに付け焼き刃から離れつつある巧みなグルーヴ。

 きっと労働中だって彼女の頭はドラムスのことでいっぱいだ。そうじゃなかったらこんなにすぐ上手くなるはずがない。私のベースと雲のギターがぶつかり合って、その仲裁にチョコのキーボードが奔走する。

 そして叫ばれる桜の声。声。声。

 その声は楽器のすべてを優しく包み込んで、全体で一つのハーモニーとなる見事なヴォーカルだった。

 間違いなく、良い。

 そしてそれは、私が余計なことを言わなければより良い。少しの間私が抜けただけで、私たちの曲はこれだけの自己修復力を見せてしまった。

 アウトロを弾き終え、曲が終わる。楽器の余韻が消え、部屋には桜の吐息だけが残る。

 桜は不安そうにこちらを見ている。

「……どうかな」

「いや、めっちゃいいでしょ」

 チョコが続ける。

「やっぱりあんたの指摘がなければ良くなるよ。そりゃ、計画が上手くいくように頑張ってるのはわかる。でも気負いすぎだよ。みんなをもっと、信頼してさ——」

 チョコの言いたいこともわかる。

 でもわかってしまう。この方向性で突き詰めた先の、私たちの音楽の到達点。そこではきっと、私は全く満足できそうもない。

 私は真っ直ぐに、桜を見て言った。

「桜、ヴォーカルを、降りて」

「…………え?」

 何を言ったのかわからないというように、桜は口をぽかんと開けた。そしてその口は徐々にパクパクし出して、何か喋ろうとしているのだが言葉にならないようだった。

「おい、何言ってんだ。桜の何が気に入らないんだ!」

「ううん、桜は好きだよ。でも、もっと別の音楽がやりたい。やりたい音楽があるんだ」

「桜は一生懸命練習してるし、どう考えたって一番いいだろ。誰がヴォーカルをやるんだよ」

「私がやるよ」

「はぁ?」

 チョコが首をかしげる。チョコは私が歌っているのを、見たことがないし、本当に何を言っているのかわからないんだ。

「いいわね! それってとっても素敵!」

「雲まで、何を——。だいたい山猫なんて、歌えるわけないだろ。そんな汚い声で」

「——やめて!」

 強く、桜が割って入る。桜はいま傷つけられているのに、私が傷つけられようとするのを止める。桜はそんな子で、私はこれから彼女のそんな性格を利用するんだ。

「チョコちゃん、言っていいことと悪いことがある。酷いこと言おうとするなら、ウチが許さないから」

「でもこいつは、おまえをヴォーカルから外そうと」

「それが必要なら仕方ない」

「目的があるんだろ! 絶対に桜がヴォーカルをやった方がいいって! おまえだって、ヴォーカルやりたいんじゃないのか」

「やりたいに決まってんじゃん! たくさん練習してきてさ、みんなが期待してくれて! 今更降りられないよ! だけど……だけど……」

 桜は歯を食いしばって泣いていた。

「ごめん、やっぱりちょっと無理かも」

 桜はスティックを置いて、ふらふらと音楽室を出て行った。追うようにチョコがそれに続き、ドアを強く閉めた。

 音楽室が静まり返る。

 こんなにも簡単に、私たちなんて崩壊する。その廃墟は、とても静かだ。

「さっそく壊しちゃったわね〜」

「まぁ……ね」

「じゃあ、やろうか」

「うん」

 言うと、雲は細かなアルペジオのバッキングを弾き始め、廃墟に少しずつ花が咲き始める。

 私はそれに、ささやかな声を乗せる。

「一人だけ幸せそうで」

 細かくて綺麗な、粉雪のようなギターリフ。それに支えられるのは、私の毒々しい呪詛。それなのに、一言発するだけでそれが自分のことだとわかってしまう。

「一人だけ楽しそうで」

 雲が勝手に録音した私の恨み言。大っ嫌いな声の、刺々しい言葉。でもそれが雲のギターに包まれるだけで、どういうわけか大好きになる。この世界の主役になる。

 でも今の主役はそれだけじゃない。私はベースを弾けるから。この耳障りな声に、この打楽器をぶつけられる。ああ、なんて楽しいんだろう。

 ぶつけながら、叫ぶ。

「一人だけ何でもできるじゃないですか」

 こんなふうにバンドをぶち壊したばかりなのに、本当にそう思ってしまうんだ。

 何でもできるじゃないですか。

 だって、音マスを動かせるのは私だから。


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