桜こそ至高
その日の夜。
懲罰房から出て最初の集団房。ぎゅうぎゅうで狭苦しい場所ではあったが、それでも体を伸ばせる分圧倒的にマシだと思った。隣で眠るのは手毬。監察官がいなくなった頃、私の方をとんとんと叩いた。
「なに?」
「懲罰房、大丈夫だったの? 私はもう二日目には限界って感じだったんだけど」
そういえば手毬も懲罰房に入ったのだった。雲とのいざこざで。
……言うべきか迷ったが、黙っていてもいずれバレることだ。なにせ医療部隊には彼女がいるんだから。
「実はね親切な監察官が夜、出してくれたんだ。だからあんまり、懲罰って感じでもなかったから……」
「え、監察官が? ……雲の差金かな。さすがだね」
実際のところチョコがなぜ助けてくれたのかはよくわからないが、自然に考えればそうなのだろう。長いこと懲罰房にいたので、助けられた理由などぜんぜん考えなかったが。
「そういえば、最近入った人がいるもんね。あの監察官が?」
「うん」
「あの人、すごいキーボードのテクニックだもんね」
「知ってるの?」
「…………実はさ、たまにこっそり聞いてるんだ。ドアに耳をつけて」
テレたような笑みを浮かべるが、なんだか怖い。
手毬は続けた。
「前に演奏を見せてもらったときさ、本当にすごいと思ったんだよ。桜の歌が本当に心に刺さりまくって。私ね、こんなこと言うと恥ずかしいんだけど……」
「なに?」
「ファンなの。あんたたちの」
そんなことをはっきり言われると、なんだか顔が熱くなってくる。
「歌詞は山猫が書いてるんでしょ? 最高に桜が格好良くなる歌詞を書いてね!」
ふむ。
私たちっていうより桜のファンなのでは?
「とにかく応援してるから。私たちだけじゃないよ。みんな、応援してる」
「頑張るよ」
答えつつも、桜のすごさに驚かされる。つまり彼女は、あの一曲のみで手毬をしっかり貫いた。手毬自身が音楽で感情を揺さぶられ、きっと行動とか選択を大きく変えたんだろう。そりゃ、期待しちゃうよね。なにせ、偉い人ひとり貫けば、この作戦は成功しちゃうわけだし。
そして、そんな思いを抱いているのは手毬だけじゃない。
朝の食事のときも、トイレで隣になったときも、あまり面識のない仲間から実は応援していたという旨の声をかけられた。
「怪我をしたときに、こっそりドアに耳を当てて聞かせてもらったの。手毬が聴きなっていうから。そしたら桜がすごい格好良くて」
「桜ってさ、前から自分にも優しくしてくれてたんだ。彼女には絶対頑張って欲しくて」
「桜の声が好きなの。もっと聞きたいな。……ドラムスはイマイチだけど」
当然の話ではあるが、これらは私が懲罰房に入っていたときの話だから、練習していたのは雲のギターと桜のヴォーカル&ドラムスだけだ。その噂は生演奏を聞いたことのある手毬を激震地として、徐々にニッポニアの捕虜全体に広がりつつあるようだった。桜が作ったファンなんだ。
そして、みんなの感覚は間違っていない。
桜は人に言葉を届けるのが抜群に上手い。それはもう誰の目にも明らかだ。彼女が輝く音楽を創ることができたらきっと誰にでも刺さるはずだ。
相手はネクタリオ=ハックツァー。ムオンの偉い人。その人が、私たちニッポニアの捕虜の処遇を変えるような音楽。私たちを助けることで、彼がヒーローになるような音楽。歌詞を考えれば雲がいい感じのメロディを当ててくれるし、チョコが格好良くアレンジをしてくれる。
ムオンとニッポニアは敵同士。というよりも、ムオンの方がずっと大きな国ではあるからこっちのことを見下しているかもしれない。そんな偏見を取り除いて、みんなが仲間になれるような、そんな歌詞を。
私は歌詞を一つまとめ上げて雲に渡した。
雲はそれをすぐさまメロディをつけて、音楽に変えてくれた。いい感じだ、と思う。音楽室でそれをみんなで豪華な音に作り変えていき、それなりに弾けるようになったところで通しで弾いてみる。
桜が叫ぶ。パーカッションを叩きながらのヴォーカルも少しずつ上手くなっている。それをギターが支える。ベースは邪魔をするが、それをキーボードがひっぱりあげて馴染ませる。四人の音が一つになって、幸せのサウンドに音楽室は包まれた。
最後に雲がジャーンと鳴らし、曲は終わりを迎える。
瞬間だった。音楽室のドアが開いて雪崩のように人が倒れ込んできた。
「うわっ、なに?」
先頭は手毬で、その後に五人ほどの捕虜がドミノ倒しのように重なっている。手毬が倒れながら、下敷きにされたままの状態で言った。
「イタタ……。あ、ごめんね驚かせて。……怪我人が運ばれてきたらさ、ここでみんなで聞くようにしてるんだ。ほら、音楽を聞けるとこなんてここしかないから」
まず立ち上がれよ。それはともかくとして、確かに収容所に音楽はない。たまに遠くからムオン聖歌が聞こえることはあるが、それは決して気分が上がるものではないし。
娯楽のないこの施設で、音マスは唯一の娯楽になっていたようだ。
「邪魔しちゃ悪いから、すぐいくね」
いうと、手毬たちはすぐに出て行こうとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は彼女たちに尋ねた。
「新曲なんだけど、どうだった?」
「とってもよかったよ! めっちゃ格好いい!」「エモすぎて、尊い!」「もう最高、ずっと聞いてたかった!」「桜の歌声ってほっとするよね、大好き! でも、もちろん箱推しだよ!」
みんな、思い思いの賞賛をくれる。
そして彼女たちは桜のファンになっていた。こんなにもすぐに。
桜はスターになる人だ。




