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戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
冒涜的チョコ・コーティング
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祭野桜は最高だった

 祭野桜のとある練習日。唐突に宝物庫控室の扉が開いたかと思うと、チョコと山猫が連れ立ってやってきたのだった。それはそれは、なんてことないとでもいうように。

「や、山猫ちゃん! チョコちゃん!」

「まぁ! 山猫さん、元気だった〜?」

 桜と雲が歓声を上げた一方で、チョコと山猫はまるで死んだような表情だった。元気がないのだ、と思った。きっと戦ってきた直後なのだ。そうでなくとも山猫はずっと懲罰房にいて、いま満身創痍でないはずがない。

「や、休まないと! いま寝床の準備をするから」

「いいから——」

 桜の方を見た山猫の表情は鬼気迫っていた。桜が萎縮するほどの鋭い視線を今度は雲に向ける。

「雲、このバンドにチョコを入れることにしたから」

 山猫は、まったくもって変わっていた。

 あの御久遠寺雲に対して、呼び捨てで、さらに言えば命令のような要求をするだなんて。それに気にするそぶりも見せず、雲は両手を合わせて喜びを示した。

「ええ、もちろん! チョコさんはバクルシュミュール強制労働所でナンバーワンのオルガン奏者なのでしょう⁉︎ 大歓迎よ!」

 それはもちろん嬉しい言葉だ。

 桜はチョコが大好きだ。それにレコーダーで彼女の演奏を聞いていたから、彼女がどれほどのキーボード奏者かは知っている。間違いなく、彼女が入ることでバンドの音はよくなる。それは確定しているのだ。

 今度はチョコが口を開いた。本当に死んだような表情をしながら、雲に向って言った。

「御久遠寺雲。残念ながら最初から毒酒なんていらなかったんだよ。おまえは私に、単に弱みを渡したんだ。私はおまえを、いつでも、どんな処遇にもおいやることができる」

「まぁ、怖いわね〜」

 桜は気持ちが悪かった。何か自分の知らない大変なことが勝手に通り過ぎて行っているようだった。自分だけが取り残されて。みんなが訳知り顔で。

 山猫は言った。

「チョコはオルガンとかキーボードなのはもちろんとして、私はベースをやるから」

「待っていたわ!」

 山猫は不服そうにおでこを抑えている。こっそり録音されていたことに感づいたのかもしれない。それを確かめようともせず、山猫は続ける。

「ふーん。じゃあ私が最近弾いている曲もわかるよね? ギター合わせられる?」

「もちろん!」

「桜」

「——は、はい!」

 唐突な指名に、びくりとしてしまう。

「あんたも私たちの曲を聞いたことある?」

「ご、ごめん、こっそり録音する形になっちゃって……」

「いいよ雲のやることなんてわかってるから。チョコが弾いていた高音部のメロディなんだけど、当てて欲しい歌詞があるんだ。簡単な一言、繰り返すだけ」

 とくん、と心臓が跳ねた。

 いよいよ、始まってしまうんだと思った。山猫、雲、そしてチョコ。彼女たちは三者三様で素晴らしい。でも、自分は?

 三人がそれぞれの楽器のチューニングや試し弾きを始める中で、桜はドラムスローンに座ることができない。大丈夫だ。歌詞を当ててと頼まれたのだ。今回はそれだけに集中することにする。

 準備はあっという間で、そしてすぐに雲のリードギターのソロが始まった。あまりにも複雑なオルタネイトピッキングは、まるでその技術をひけらかすようにさえ聞こえた。孤高で高慢な、なんて自分勝手な演奏なのだろう。

 そこにベースの低音がぶつかる。痛々しいほどのタッピングで、山猫はベースを打楽器へと変えていた。技術とパッションがぶつかりあい、その果てに生み出されるのは不協和音だ。聞き苦しく、不快な音。

 その最中に、桜の言葉をはめ込む。タイミングを見計らって、桜はその奔流に飛び込んだ。

【ウチらは友達じゃないけど】

 狡猾で嫌らしいギターリフに、叩くばかりのベースタッピング。最悪の音楽はぶつかるたびに隙間ができるから、そこに何度もフレーズを差し込む必要がある。

【ウチらは友達じゃないけど】

 あまりにも刺々しい山猫のベースに、雲のギターが反発する。それは二つの台風で、周囲を傷つけながらさらに大きく激しくなった。

 この音に負けたら、ダメなのだ。

【ウチらは友達じゃないけど】

 声を張り上げた。そうしなければ、自分はこの船から振り落とされてしまう。

 あまりにも激しくぶつかるギターとベース。

 しかし、次の瞬間曲調が変わった。いや、山猫も雲も同じリフを繰り返しているだけなので別段変わったとは言えないかもしれない。実際に何が変わったかといえば、キーボードが参加しただけなのだ。

 チョコだ。チョコがこの船に飛び乗った瞬間、それはあまりにも変わった。

 左手でメロディーを足しつつも、右手で低音域を支える。喧嘩している二つの楽器と一緒に踊るその音は、エスコートするかのように正しい地点に音楽を着地させた。

【ウチらは友達じゃないけど】

 マイルドになった。

 聞き苦しい不協和音が、そのキーボードの参加で心地よいハーモニーに変わるだなんて。

 それは一体、どんな魔法なのだろう。

 転調したら、すべての楽器の音の意味が変わった。すべての音が、幸せに向っていることに気がついたのだ。

【ウチらは友達じゃないけど】

 なんてことだろう。

 最初はあれほどビクビクしていたのに、声を張り上げるのが楽しい。桜は信じられなかった。これが音楽になるということだと、このときに初めて知ったのだった。

【ウチらは友達じゃないけど】

 最後にこのフレーズを差し込むと、三つの楽器が溶け合った美しいアウトロで締めくくられた。

 歌詞の通り、おそらく桜は三人とは友達ではないのだろう。いや、これから絶対に友達になりたいと思いつつも、少なくとも現時点では。

 それでも、これほどまでに素晴らしい音楽を作り上げることができるだなんて。

 山猫はおそらく、懲罰房の中で音楽のことをずっと考え尽くしてきたのだ。

 そして雲は、山猫が何をしようとも絶対にそれを成立させる準備を怠ることはなかった。なぜなら彼女は毎日記録された山猫の音源を聞いて、それに応じてああでもないこうでもないとギターを弾いていたのだから。

 極め付けは、もっとも難しい調整をあっさりとやってのけたチョコである。ギターとベースの繊細な橋渡しを一切の矛盾なくやり切るだなんて、よほどの地力がないとそんなこと出来はしない。

「……すごい」

 桜は音には敏感だ。だからこそ、わかった。

 間違いなく、自分の声が活きていた。この楽曲のパーツとして、完璧に素晴らしい一部として機能していた。

「ウチ、こんなに気持ちいいの、初めてかも」

 同じフレーズを必死に繰り返しただけ。それなのに、毎回その言葉の意味やニュアンスが変わり、メロディーがストーリーへと変化する。

 なんだろう、この感覚は。もしこの魔法を山猫が構想したのだとすれば、彼女は、天才だ。

 もっと練習しなきゃ。

 桜は思った。ヴォーカルはもちろんだが、ドラムスだって、一刻も早く。すべてするのだ。このバンドの力になれることを。すべてだ。


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