表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
冒涜的チョコ・コーティング
39/64

チョコ=ヴィッテの手助け

 チョコが待機室からでるときに、桜がついてきた。ドアをしめ、他の医療部隊が遠くで練習中なのを確認してから、小さな声で桜は尋ねる。

「懲罰房って、普通三日とかじゃないの? 山猫ちゃんは、いつ出てくるのかな」

「……わからない」

「ねぇ、チョコちゃん。チョコちゃんだったら、助けられないのかな? 監察官の権限で、なんとか」

「あんた勘違いしてるでしょ。私とあんたは友達じゃない。別にあんたの頼みなんて聞く理由がない」

「……そう、だよね。ごめん」

 すごく悲壮な表情を、桜は浮かべた。チョコは直感した。桜は自分で山猫を助けに行くつもりなのだ。いま監察官たちは、雲の周りの人物を潰すことによって雲の計画を破綻させようと考えている。桜がなんらかミスをすれば、それはもういいカモに違いなかった。

「あんたが行ったら死ぬよ」

「そ、そんな! 行かないよ、あはは」

 言いつつ、桜の視線は定まらずに泳いでいる。他の監察官はうまく欺けるかもしれないが、どういうわけかチョコにとって、桜はとってもわかりやすい存在だ。

 そんなふうに死に急ぐことないのに。

「いいよ。死なないようには見張っとくから。あんたは手を出さないこと」

「……ちょ、チョコちゃん……。いいの……?」

「別に助けたいわけじゃない。私だって山猫の件は正しくないと思ってるから」

 雲にダメージを与えるために山猫を閉じ込めるだなんて、倒錯している。その上、雲にはなんの影響もない様子だった。

 桜どうこう関係なく、チョコはそんなのは好きじゃないから。


 夜の帷が降りた頃、チョコは懲罰房にやってきた。誰も片付けない汚物の匂いがむわりとして吐きそうになる。

 右手にはライ麦パン。左手には檻の鍵だ。この日は月さえ出ておらず、一つも光は入ってこないこの場所には、ぶつぶつと山猫の呟きが途切れ途切れに聞こえた。言葉にならないそれはまさに呪詛だ。

「おい、生きているか?」

 しかし返事が聞こえない。扉の下の隙間から中を覗くとそこには足が見えるし、寝言ではないと思うので起きていると思うが。

「パンを持ってきたんだけど」

 懲罰房の食事は本当に最低限だ。飢えるギリギリしか食事は与えられず、餓死してしまっても気にされることはない。

 だから食事はありがたいはずなのに、返事はなかった。

「おい、もう行くぞ」

「……姿勢が悪いと、すべてが崩れる」

 小さな声が帰ってきた。チョコは一歩ドアに近づき、耳をそばだてる。ぶつぶつと、山猫は続けていた。

「音が安定しないし、力のない響きしか出せなくなる。せっかくの演奏が、ただの雑音に聞こえるかもしれない。前かがみになると、撥がうまく弦に当たらないから。運指も一定にならないから成長だって遅れる。それに、体も持たない。背中が丸まれば肩や首が痛くなるし、長く続けるなんて無理。疲れて集中力も途切れて、良い演奏なんてできっこない。何より表現者としてそこに立つ以上、自信を持ってそこにいなきゃいけない」

 なんの話だろうと、チョコは思う。弦と言っていたから弦楽器かとは思うが、桜は山猫がドラマーだと言っていた気がする。

「あんたはドラマーじゃないの?」

「……違う。私が今から練習して半年後に様になるのは、ベース。あれなら、弾ける」

 パンには反応しないのに、この会話には乗ってくるようだ。

「経験者なの?」

「三味線はたくさん練習した。おばあちゃんに隠れて」

「……三味線って、ニッポニアの弦楽器だよね。スタップドベースとは全然違うんじゃない」

「練習するって言ってるでしょ——」

 唐突な、叫ぶような声だった。

 やはり彼女は、少し狂っている。

「練習すれば、雲の横にだって立てる」

「……雲はすごくうまかったよ。あんたも三味線、そんなに弾けるんだ」

「弾けないけど、同じくらい格好いい人を知ってるから。私はそれをたくさん見たんだ。頭のてっぺんから足の先。そして指の動きの一つ一つまで。彼女になりたかった。私の知っている中で一番格好良い人だから。同じ声がでるように頑張ったんだ。何度も何度も何度も何度も何度も何度も、頭の中で思い出された。彼女の動きが。竿捌き、運指。全部だよ。全部再現できるよ。楽器は違うけど、同じ部分だって多いでしょ? 私は雲の横に立つよ。そして生み出すんだ。とんでもない音を」

「……あんたは今、懲罰房にいるよ?」

「ここから出して」

「ずっとは無理。まぁでも、ちょっとは出してあげられるよ。体、伸ばすといい」

 チョコは檻の鍵を開けた。

 ゆっくりとした動作で、山猫はそこから出てきた。げっそりと痩せこけており、老婆のような猫背になっていた。懲罰房はずっとそうしていないといけないから、その形で固まってしまったのだ。

「鍵はあげる。檻の外で横になるといい。ただし朝には戻って自分で鍵を締めるの。鍵は口の中にでも隠してさ」

 チョコは伸びをするように両手をあげた。バキバキと体が鳴り、苦痛に顔を歪めていた。本当に骨が折れているような音だった。

 次の瞬間脱力した山猫はゾンビのように歩き始め、階段を登り始める。

「おい、どこへいくんだ。外で見つかったら、殺されるぞ」

「……練習に行かないと」

 山猫は、宝物庫に行く気なんだ。その直後、山猫は足を滑らせた。咄嗟にチョコが体を支えると、それは驚くほど軽かった。

「そんな体力じゃ無理だろ」

「練習に行かないと、雲の横には立てない」

「見つかったら殺されるぞ」

 チョコが彼女に手をかけたが、しかしそれは払い除けられる。見つかったら死ぬ、と言っても今は夜の真っ暗闇だ。

 チョコは興味が湧いていた。山猫は雲に見捨てられたのかもしれない。しかし、確かに一度は助けられている。あれほどのギターを弾く雲が選んだ相棒である。彼女は一体どんな演奏を見せるのだろうか。それを一度、確かめたくなってしまった。


 真っ暗な寒空の下、わざわざ出歩く酔狂者は他にいなかったようで、なんの危険もなく宝物庫にたどり着いた。山猫はドア近くの雪を掘っている。すると彼女は鍵を見つけたようで、それを使ってドアを開けた。

「雲と決めてたの? そこに鍵を隠すって」

「……夜中私が勝手に練習したら都合がいいでしょ。だったら見つかるところに鍵を隠すわ」

 呟くように吐き捨てて、山猫は中に入って行ったので後を追う。山猫は倉庫を突っ切り、一直線に控室へと向かった。

 壁際にいくつもの弦楽器が立てかけてあるコーナーがあり、そこから山猫は一本ベースを取り上げた。各弦を軽く鳴らして、ペグを何度か捻る。4弦から順に開放弦を親指で弾く。

 ミ、ラ、レ、ソ。ドンピシャだ。なんて耳が良いのだろう。 

 それにしても弾くというよりは叩く弾き方で、ものすごく音が立っている。開放弦をなんどか叩いた後、今度は細かいリフに入った。チョコはてっきり速弾きかと思ったが、右手はそれほど早くは動いていないようだ。どんな魔法かと思ったら、左手の指で弾くことで音を倍化させていた。

「なにそれ……」

 聞いたことのないような力強い調べがチョコの心を揺さぶった。叩く右手と、弾く左手。感触の違う二つの音が一つとなってねじ込まれるようなうねりとなる。

 力強く、面白い。まるで一筆書きの書道のような独特な流儀。チョコはその音に心を奪われた。

 ——こんな音があるの?

 ガリガリの山猫が弾く初めての音。ずっと聞いていたい。なんて思っていたのに、その音は唐突に止まった。

 山猫はふらりと揺れると、そのまま倒れてしまったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ