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戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
冒涜的チョコ・コーティング
40/64

チョコ=ヴィッテと山猫

 ベースはドラムスとギターを繋ぐ楽器だ。

 ドラムと共にリズムキープで楽曲を支えつつ、メロディの低音域を補強する。決して目立つ楽器ではなく、多くの場合それはバンドの調整役となる。

 それに対し山猫のベースはあまりにも荒々しく、激しい。まるで自分こそ主役だと言わんばかりの。それでは他のパートの邪魔をするばかりで、ハーモニーになるべくもないだろう。

 山猫を担いで懲罰房に戻る。押し込んで扉を閉め、鍵をかけた。

「また明日も来るよ」

 多分、山猫のベースはバンドの邪魔をする。雲のテクニカルで繊細なギターも、桜の優しい歌声もきっとかき消してしまう。

「——練習しないと」

 山猫が呟いた。檻の中を覗くと、しかし彼女は寝息を立てている。練習したらどうなるのだろう。

 チョコは自分の心が沸き立っているのに気がついた。練習したら、彼女のベースは他の音に調和するものになるのだろうか。

 ——ああ、でも。

 すぐにそんなことを期待してもしょうがないと思い至る。山猫は捕虜で、いま懲罰房にいる。その上、彼女はそこから出してもらえる様子もない。

 狂うか死ぬか。それが山猫のすぐそばの未来だ。

 

 山猫に付き合って睡眠時間が短かったにも関わらず、朝起きると非常に目が冴えていた。祈りのため教会に向かい、オルガンの前に座る。毎日奏でる聖歌の伴奏を弾いている最中にも、夜中の山猫の激しいベースが頭に残り、それが自分に乗り移るかのようにチョコの打鍵を荒々しくさせた。試したいこと、やってみたいことが溢れかえる。そして、誰かに操られるように奏でたトレモロが聖歌の厳かさを損なったとき「止めろ」と大声が教会に響いた。皆の歌が止まり、チョコも指を止めた。

「チョコ、そこをどけ」

「……ああ、ごめん。ちょっと歌いにくい伴奏だったよね。次はちゃんと弾くから」

「おまえは前から適当に弾いていたよな。そんな冒涜的な演奏は許されない。代われ」

「いや、弾きたいんだけど」

「代われ」

 有無を言わさぬ迫力で、彼女はチョコをどかした。彼女はオルガンの席について、みんなに向かって言った。

「おまえたちも神に祈りを捧げなければ刑期が伸びることを忘れるなよ」

 ずいぶんと偉そうに、秘密警察気取りだろうか。偉そうに見せれば、監察官が彼女を秘密警察だと勘違いしてへこへこいうことを聞くとでも思っているのだろうか。

 取って代わった彼女は、聖歌の伴奏を下手なりに無難に弾いた。

 この日以降、チョコは教会でオルガンを触ることは無くなった。チョコにとってオルガンを弾くことは、この施設での唯一の楽しみだった。それが奪われ、チョコはまるで檻の中に入れられたような気分になった。

 

 チョコは毎日夜になると懲罰房に向かい、山猫の檻の鍵を開けた。

 いつも山猫はまっすぐ宝物庫に向かい、ベースを肩にかけて練習を始めた。宝物庫にはたくさんの楽器があった。チョコはスタップドキーボードを自由に弾いてみた。オルガンに比べると圧倒的に打鍵が軽く、音も安っぽい。でも、十分だ。

 試しに雲が弾いていた旋律をなぞると、そこにチョコが音をぶつけてきた。調和ではない。まるで肉食獣が喰らいつくように、キーボードの音は食い殺された。

「ベースはそんな楽器じゃないよ。バランス取らないと、使い物になんない」

「はぁ? うっさ」

 山猫は唯我独尊だ。彼女の信じるスタップドベースの旋律を、思うがままに弾くのみ。はっきり言えば荒い。運指のミスも、弾ききれない弦もある。ただし、その音は魅力的だった。

 チョコは皆の斉唱のための伴奏をオルガンで弾くことはできなくなった。それは心を削られるようなことだった。しかし削られた心はもう、埋まっている。山猫の横でキーボードを弾くだけで、次々に新しい扉が開いていく。

 

 毎日懲罰房から解放し、ときには食事も用意した。もちろんそれはライ麦パンとか、簡単なものだったが。そんなことをすれば、他の監察官が不審に思わない方がおかしいのだった。

「あいつ、いつまで懲罰房占領するんだよ。おかしいだろ」

 山猫が懲罰房に入ってから一月ほどが経ったころだった。

「もう狂ってくるか死んでるって。人間じゃねーんじゃねーの?」

「だいたい雲もなんもダメージないよね。そんな大切な人じゃなかったんじゃない?」

「でも医療部隊に人員補充するわけでもないし、どうだろうな」

 真っ暗で、体を伸ばすことさえできないような場所に長時間入れられれば狂って当然だったとしても、夜の数時間を別の場所で過ごすことができればそんなことはない。少なくとも山猫はそうであるようだ。どころか、彼女のスタップドベースの演奏は日に日に鋭さを増していた。

「まぁあいつが雲にとって大切かどうかは、死んじゃえばわかるんじゃない?」

 誰かがそんなことを言った。

「おい、捕虜は殺せないだろ」

「いやぁ、事故だからねぇ。懲罰房で衰弱した奴隷を処分するのは仕方のないことだから」

「……まぁ、それもそうだな。とりあえず、食事量をもっと減らして、へばらせようか」

 チョコの心臓はきゅっと掴まれた。

 このまま山猫を懲罰房に置いておける時間は、それほどないみたいだ。


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