ついていけない山猫
手毬たちが集団房から出ていった。
夜中に何人も一緒に出ていくなんて珍しいので、おそらくなんらかやることがあるに違いなかった。もちろん、ムオンの監察官を殺すための何かだ。
横で寝ていた捕虜は爆睡中なのでどうどうと棚から抜け出した。すると、ドアの近くで手招きする人物がいた。雲だ。
小走りで近寄ると、雲は「行くよ〜」と集団房から抜け出した。
暗くて寒い廊下を走りながら山猫は尋ねる。
「ど、どこへ行くんですか?」
「パーティ会場に混ざりにいかなきゃ! きっとお酒も足りないわ!」
「……お、お酒?」
どうやら倉庫に用があるらしく、辿り着くと雲は酒瓶を四本持ってきた。
「ほら、山猫さんも持ってね」
そう言って、二本渡される。
「なんですか? これ」
「……あらあら〜、山猫さんはわかっていたわけじゃないのね〜」
「なにをでしょうか」
「手毬さんの考えていたことよ〜」
雲はさぞ当然かというように、その計画を説明してくれる。
「以前に手毬さんは倉庫の作業の後に、一人で忘れ物を取りに帰ったことがあったでしょう? あのときにきっと毒入りの酒瓶を作ったんだわ〜」
手毬は学校時代の仲間からナッツ毒を集めていた。だからそれをなんらか使おうとしていたのは確かだ。その噂が雲にまで届いたとしてもおかしくはない。でも、そこまでだと思うんだけど。
「どうしてですか? 彼女はあのとき写真を忘れたって言っていたし、実際にとってきたじゃないですか」
「嫌だわ〜、あんなの建前よ〜。実際は倉庫に一人で戻って、倉庫の外に毒入り酒を隠していたってとこでしょうね!」
「そうなんですか?」
「ところで、山猫さんはもし毒を持っていて、誰かに盛らないといけないとしたらどうする?」
「……食事か、飲み物に混ぜますね。注射は、きっとタイミングがないでしょうから」
「じゃあ監察官の食事に混ぜるとすれば、どうする?」
監察官の食事は監察官が作っているため、そこに毒を混ぜるのは困難だ。材料の調達から配膳まで、捕虜の立ち入る隙はない。もしかすると、毒物の警戒をしているからそうなっているのかもしれない。
「どうしたらいいかわからないです」
「でしょ! じゃあ飲み物だったら?」
それも非常に困難だが、まだ可能性はあるだろう。彼女たちは腰に水筒を携帯しているため、それに毒を混入させることはできるかもしれない。中には革製のものを使っている監察官もいるので、注射器でバレないように注入も可能とも思えた。
「個々人の水筒に混ぜればいけるかもしれません」
「じゃあもう一つ条件を足すわ。同時にたくさんの人に毒を飲ませなければならないとすれば、どうする?」
同時にたくさんの人に飲ませる? 確かに一人殺した段階で毒殺が露見してしまえばそれで終了なので、同時に何人も飲ませられればそれが良い。
「宴会を、開くとか?」
「正解‼️」
とっても嬉しそうに、雲は両手を合わせた。雲はさらに続けた。
「もう一つ付け加えると、他の方法なんてそうそうないのよ。よっぽど奇抜な人じゃない限り、同じ方法をとるでしょうね〜。当然、手毬さんも」
私はやっと雲の言わんとしていることを理解した。
つまり現在、どこかで監察官の宴会が行われている。そこに、手毬はお酒を提供できると申し出ており、尚且つ持っていこうとしているんだ。そのことを、手毬が毒を集めているという噂を聞いた雲が察したということだろう。
「……や、やばいじゃないですか。早く止めないと!」
「止めてどうなるの?」
雲がふわふわと笑って尋ねた。
どうなるって、そんなの。いや、まって、止めてしまったら、たぶん手毬が毒を混ぜたことがムオンに露見するということだろう。
「手毬が……殺される——」
「手毬さんだけで済めば最高ね!」
雲の口調は引っ掛かるが、それはその通りだ。なにせ監察官の命を狙ったんだ。計画的に、何人もが加担して。もし生かしておけば、手毬以外でも同じような事件を起こす不安は拭えない。
止めたところで、殺される。
じゃあ、そのまま手毬の計画を実行させる?
同じことだ。結局仲間の何人もが、あるいは雲や私だって殺されてしまうだろう。
「雲さん。どうすれば……」
「ほら、あそこの納屋ね」
確かに雲のいう通り、そこには灯りの点いた納屋がある。しかし、そこには隙間から中を覗き込むような人影があった。
手毬たちだ。手毬たちが息をひそめて扉の隙間から中を伺っていた。彼女たちもこちらの存在に気がつき、驚いた表情を見せた。その上で、口元に一本指をたて、静かにしろという合図を送る。
意味がわからない。手毬たちがお酒を振る舞っているわけではないんだろうか。
近づき、小声で手毬に尋ねた。
「何してるの?」
「こっちのセリフよ。どうして雲さんとあんたが?」
「さ、さぁ」
私は首を傾げた。
「中では何が起こっているのかしら〜?」
雲さんが尋ねると、手毬が答えた。
「……いま、桜が監察官たちにお酒を振る舞おうとしています。二十人くらいいるので、いっぺんにやれるかもしれません」
血走った目でそんなことをいう手毬が怖い。確かに私たちは戦地の肉壁にされるという噂があるし、奴隷という屈辱的な身分を甘受している。それにしたって、二十人あまりを毒殺しようとしている上に、実行犯を……桜にしようとしている?
「なんで桜が——」
「知らないわよ。桜が自分がやるって言ったんだ」
そんなこと、あり得るのだろうか。
何が起こっているか確かめようと、手毬たちがそうしているようにドアに耳をつけた。微かに手毬の声が聞こえてくる。
『……ところで知っていますか? お酒はとっても匂いの強い飲み物です』
なんだろう。手毬は何を言っているのだろう。
まだお酒を振る舞ってはいないのだろう。止めるならば、今が好機ではある。しかし、飛び出すことはできない。それは私たちを危機に晒すことだ。
『なんだ、いいから早くしろ』
『お酒は匂いも味も強いので、混ぜ物をしてもよくわかりません。そのため、混ぜ物をされることが多いのです』
待って。桜は何を言ってるの?
『ニッポニアでは、目上の方に献上するお酒の場合、絶対に毒味をしなければなりません。これは倉庫にあったお酒ですが、しかし出どころ不明です。おおっと、近づかないで。もし毒が入っていたら、蒸発したお酒に乗ってあなたの鼻に毒が届きますよ』
そこまで聞いて、桜が何をやろうとしているのか理解した。
桜は自分で毒味をしようとしているんだ。そんなことしたら、死ぬじゃん。助けなきゃ。
「ふもっ」
大声を上げようとしたところで、私は口を塞がれた。雲が私を押さえつけ、そしてとびっきりの笑顔で笑いかけてきた。何するんだ。このままだと、桜が——。
まさか、雲はそれを想定している? 桜が死ぬことを、計算に入れている?
もし桜がお酒を飲んで死んだとすれば、どうなるんだろう。たぶん、ニッポニアの捕虜が酒に毒をまぜたことにはならないだろう。元から毒が入っていたことになる。その毒からムオンの監察官を守るために、桜は毒を飲むことになるんだ。
……すごい。
たくさん人が殺されるのを、避けられるんだ。そのまま桜が死んでしまえば。
はぁ?
なんで桜が死ななきゃいけないの? それもムオン人を守るために。あるいは手毬を守るために。
まったく意味わかんない。馬鹿じゃん。
自殺でもしたいのかっつーの。
そんなの絶対、許さない。
私はなんとか大声を出そうともがいたが、雲さんはものすごい力で私の首を締めてまで声がでないようにした。
こいつ、桜が死んでもいいっていうの? それは雲にとって関係ないことだから?
そうかもしれない。
なんだなんだ、一体なんなんだよ。
桜は私にとってどうだろう。助ける意味のある人だろうか。たぶん違う。じゃあ、助けなくていいの?
ダメだろ!
目の前の少女は、いまみんなが傷つかないために必死に戦ってるんだ。
それなのに、桜はどんどん死地に近づいてしまう。
『ウチの方で、毒味をいたしましょう』
声をあげたいのに、たったそれだけのことができない。
許せない許せない。
雲も手毬も。おまえらのせいで、桜が死ぬんだ。なんの意味もなく。
『ではいきます』
ダメだ。いかないで。待って! いま助けに行くから。
それなのに。
コクコクコクと、液体が喉を通り抜ける音が聞こえた。ああ、なんで。
そして、ばたりと人が倒れる音がした。
「きゃ」
私はやっとのことで雲を突き飛ばした。そして納屋の扉を開ける。
すぐそこに桜が仰向けに倒れていた。すでに呼吸困難が始まっている。早くナッツ毒を吐き出させなきゃ。
「ちょっと山猫!」手毬が何かを言っているが気にしない。
「なんだお前は」監察官が何人か声を上げたが知るもんか。
「処置するから、みんな黙って!」
私は桜の口の中に手をつっこみ、喉を刺激した。同時に逆の手で腹部を圧迫すると、真上に透明の吐瀉物を吹いた。
全部だ。胃の中の全部を吐き出させるんだ。
もう一回。もう一回。もう一回。
しかし、処置しようとしているのに私の肩が掴まれた。振り向く。そこには雲がいる。どうして、どうしてそんなに邪魔をするんだ!
雲は言った。
「で、桜さんはどうして倒れたのかしら〜」
はぁ?
どうしてって、そんなの毒を飲んだからで……。私の手はいまその毒の入った桜の吐瀉物まみれだ。…………あれ? ふと思い、私はその手の匂いを嗅いだ。アルコールの匂いがする。……アルコールの匂いしかしない。
仰向けに倒れている桜を見る。
彼女の胸は苦しそうではあるがしっかり上下に動いていた。顔色は、確かに悪い。でも、ナッツ毒を飲んで死にかけている人間の苦しみは、そこにはない。
私は桜の吐瀉物を舐めた。
アルコールの味がする。アルコールの味しかしない。あ、胃酸の味はするかも。
私は雲に言った。
「たぶん、急性アルコール中毒です」




