祭野桜から見たムオン人
何かが起こるのだとしても、日々の労働は待ってくれない。
桜は重労働が得意だ。足腰も強いので、不安定な雪道でソリを運ぶのだって他の捕虜よりも上手にこなすことができた。しかし、当然捕虜の中には体力のないものもいた。そういう少女は運んでいる鉱石を落としてしまったり、ひどいときは膝をついて倒れてしまったりした。
この日も近くでバランスを崩し、ソリの上のスタップ鉱石の山を崩壊させている少女がいた。
「きゃっ」
彼女は急いでソリに鉱石を積み直していた。桜は周りの監察官がいるか確認すると一人発見。監察官の視線が少女に振り向こうとしたところで自分のソリをひっくり返した。
「あああ、またやっちゃったー‼️」
タイミングよく、なるべく不快な大声を出すことで監察官の注目を集めることができる。
「またお前か! 桜」
「ご、ごめんなさい‼️」
監察官は……。桜は監察官を見て少し胸を撫で下ろした。彼女はチョコ=ヴィッテ。この収容所でもっとも小さな監察官だ。通常のムオン人はニッポニア人よりも大柄なので、チョコはもしかすると桜よりも年下なのかもしれない。
チョコは鞭を振り上げて、桜に強く打ちつけた。
ピシャリと大きな音がなって、そのタイミングで桜は「きゃーーーーーーーーー!」と大声をあげた。ただしそれはまったく痛くはなかった。鞭は的確に桜のベルトの硬い部分にヒットして硬質な音を立てているだけであって、桜自身には当たることはまったくなかった。
「おまえ、今度やったら懲罰房に放り込むからな」
「はい! 気をつけます!」
おそらくチョコは、とても器用だ。チョコはいつもほぼほぼ同じ箇所に鞭を打ちつけてくれる。思い出せる限り外したのは一度だけで、そのときチョコは一瞬ものすごく申し訳なさそうな表情を浮かべ、『あ、ごめ——』と謝罪の言葉を言いかけていた。
例えばチョコがそうであるように、他人を労わるような本質をムオン人は持っている。ニッポニアとムオンは敵で、たくさんの人が殺し合った間柄だったとしても、別にみんながみんなそれを望んだわけではない。それにこうやって、国を跨いで優しさを与えられる人がいることを桜は知っている。
いまその場所で、そうしなければならないことは、その人の本質を表しはしない。
だから。
——仲良くできたらいいのに。
「ほら、しっかり働け」
気まずそうにそんなことを言わなければならない彼女と、国とか、過去とか、立場なんて関係なくしゃべることができたらいいのに。
桜の願いなんてものは、たったそれだけのことだ。




