第2話・喧嘩した相手の苗字が、原作のメインヒロインと同じだった件
天馬市の外れにある山の中。
トバリが冷や汗を流しながら、口を開く。
「なあ、なんで初対面なのに敵意があるんだ?」
「き、貴様がわたしの恥ずかしいところをガン見したからに決まっている」
「責任転嫁はやめてくれ!?」
川から上がってきた黒髪女子が、荒い息を吐きながらトバリを睨む。
「知るか! 貴様の記憶がなくなるまで殴らせろ!」
「断る!」
トバリは急いで立ち上がり、逃げ始める。
黒髪女子の必死な形相に、トバリはビビりながら走る。
その時、黒髪女子が足元を滑らせた。
「「あ」」
後ろに倒れた黒髪女子は尖った石に尻餅をついた。
「いったあぁ!?」
そのまま悲鳴を上げた黒髪女子は、涙目でうずくまる。
「お、おい、大丈夫か?」
「大丈夫なわけない! 貴様、許さん!」
「どう考えてもお前が勝手に転んだだろ!」
〈こ、この自己中さに、どこかで見覚えのある顔……。おそらく、メインヒロインの1人である如月トウカだよな〉
トバリは一定の距離をとりつつ、心配した目を向ける。
黒髪女子はギリッと歯を鳴らしながら、なんとか立ち上がった。
「モヤシのくせに逃げ足だけは速いな!」
「あ、ああ。てか、鼻血も出てるし、応急処置したらどうだ?」
「断る!」
ズンズンと大股で歩く黒髪女子が、固まるトバリの前に立つ。
「くたばれ変態!」
「危な!? マジで殴るな!!」
最初の一撃をギリギリで避けたトバリは、木の陰に隠れる。
黒髪女子は肩を振るわせた。
「逃げるな卑怯者!」
「いやその、流石に年下の女子を攻撃するわけにはいかないだろ!」
「貴様もわたしと同年代っぽいだろ!」
「これでも28だわ!」
「……え?」
トバリの返しに黒髪女子が固まる。
「そんなわけで、俺は君を攻撃すると大人気なくなるんだよ」
「う、嘘をつくならもっとマシなやつをつけ!」
「ええ!?」
顔を真っ赤にした黒髪女子が、右拳を構えた。
トバリは黒髪女子の右ストレートを腕でガードするが、勢いがあったのか木に背中を打ちつける。
「た、タンマ!?」
「そんなのあるか!!」
顔をガードするトバリに対して、黒髪女子は容赦なく拳を振り下ろし続ける。
彼女の拳がトバリのガードを超えて頬に突き刺さった。
「がっ!」
メガネが吹っ飛んだトバリは、血が頭に登ったのか、殴ってくる黒髪女子を蹴り飛ばした。
「ぎゃん!?」
黒髪女子がまたしても尖った石の上に尻餅をついた。
「ハァハァ……。いつつつ、マジで喧嘩をやるならぶちのめすぞ!」
「モヤシになんか負けるか!」
立ち上がった黒髪女子の左ストレートと、トバリの右ストレートが互いの頬を強打する。
「「がっ!」」
トバリの口中に血の味が広がり鼻血を出すと、黒髪女子が追撃で左拳で腹を殴る。
「あがっ!? お、お前!!」
殴られたお腹の痛みを歯を食いしばりながら耐えるトバリは、黒髪女子の頭を両手で掴み固定して顔面に膝蹴りを浴びせた。
「き、貴様、女子の顔面を蹴るな!」
「だったら喧嘩を売るなよ!」
顔面を蹴られた彼女が、勢いよく後ろに倒れた。
トバリはチャンスと判断して、そのまま馬乗りになり左手で肩を押さえ、右拳を構える。
「これで終わりだ!」
「ツッ!?」
目を閉じる黒髪女子へ、トバリは右拳を振り下ろす。
黒髪女子が少しして目を開けると、目の前に右拳が止まっていた。
「……え? な、なんで殴らないんだよ!」
「け、決着がついたからだ!」
ゼェゼェと荒い息を吐くトバリは、馬乗りをやめて倒れ込む。
その姿に黒髪女子が悔しそうに唇を噛んだ。
「わ、わたしはまた負けたのか」
〈やばい……。完全に大人気なかったな〉
今になって後悔するトバリに、黒髪女子が顔を向ける。
「……なあ、貴様。八つ当たりしてすまなかった」
「頭が冷えたのか?」
「途中から冷えてたよ。それで貴様の名前はなんだ?」
「名前を聞く時はまず自分から名乗るのがルールだろ」
「確かに。わたしの名前は如月シオン、中学2年だ」
〈……俺が知っている名前が違わない? もしかしてこの世界はテスタメントソウルに似ているだけか? んー、全くわからん!〉
2人とも河川敷に寝っ転がる。
「そ、そうか。お、俺は取り巻き2だ」
「ふーん? またわかりやすい嘘をつく気か?」
〈嘘はついてないんだけど? てかこいつ、なんで急に落ち着いたんだ?〉
トバリは体の痛みを感じながら起き上がった。
「はいはい。俺は阿笠トバリ、一応中学2年だぞ」
「同い年かよ……。じゃあさっきの28歳は嘘だな」
「さあな? それと、さっきはボコボコに殴ってごめん」
「別に? わたしが先に手を出したから問題ない」
シオンも体を起こして息を吐く。
「そうかい。で、如月さんはなんで滝行していたんだ?」
「強くなるために決まっているだろ!」
「ん? 如月さんはなんで強くなりたいんだ」
「貴様に言ってもわからないだろう」
シオンが悔しそうに唇を噛む。
「あのさ、説明も受けてないのに察することなんてできるか」
「それもそうか……。貴様は、姉と双子の妹が文武両道の天才で、自分だけ凡人ならどう思う?」
「んー? めっちゃ妬むし劣等感が湧き上がるけど、生きている世界が違うとは思うな」
「わたしは悔しい!」
ギリギリと歯を噛み締めるシオンに、トバリは体を引く。
「お、おう? つまりお前は姉や双子の妹に勝てないから、がむしゃらに修行していたのか?」
「そういうことだ! で、貴様には理解できないことだろ!」
「そうか……。正直、俺にはイマイチわからないけど、如月が相当辛いのは見ててわかるよ」
「え?」
シオンはトバリの返答に首を傾げた。
「あくまで個人的な意見だけど、姉妹で比べられるのはつらそうだし、潰れそうになるよな。俺もタイプは違うけど経験はあるぞ」
「き、貴様、適当なことを言うな!」
「ごめん。でもさ、君は潰れてないだろ?」
「え?」
トバリの返しにシオンは理解が追いつかなくて口を開けた。
「俺なら速攻で諦めて、人生をほどほどに生きるよ」
「なんで貴様は理不尽を受け入れられるんだ!」
「慣れ」
「ええ!? 慣れで諦められたら苦労しない!」
「それはそう」
ため息を吐いたトバリは、目線を空に向ける。
「だからこそ、諦めない君がすごいんだよ」
「……貴様、いやトバリは変なやつだな」
「変なやつなのは自覚あるよ」
シオンはジト目でトバリを見た。
雲ひとつない空から目を離したトバリは、立ち上がった。
「ほら、手当てするぞ」
「チッ! ああ」
ニヤリと笑うトバリへ、シオンが舌打ちをする。
〈しっかし、メインヒロインの1人とストーリー開始前に出会うとか最悪すぎるだろ〉
トバリは内心で戸惑いながら、自分とシオンの怪我の手当てを始めていく。
「先に言うが、お尻の怪我は自分でやるからな!」
「お、お前、当たり前のことは言うなよ……」
「念のための確認だ!」
呆れたようにため息を吐くトバリに、シオンが目を逸らした。
〈この世界がゲームに近いのか、そうじゃないのかが全くわからないな。……いや、現実になったならズレがあるのは当たり前か?〉
トバリは焦りながら、ゲームストーリーの流れを改めて思い出すのだった。




