第9話 新たな幕開け
舞台は二部構成で、一部の舞台が終わると、二部ではライブが始まる。
その幕間の僅かな時間には、何組かの女性が席に集まり、先程の演技の感想をハイテンションに、早口で捲し立てている。
「せ、先輩!ヤバすぎますよ、流司様!」
「うん、うん!前の主役の顔、忘れちゃうほどイケメンだった!」
「顔もそうですけど、演技、演技ですよ、先輩!彼と目が合った瞬間、私、感じちゃいました!」
ポッと顔を押さえて、身悶える後輩らしい女性が、周りの目など関係なく『うひゃ』っと、素っ頓狂な声を上げていた。
最前列で、付き添いで観劇していた、数少ない勇者、男性客の一人は、俺は、全くの異世界に来てしまったのだと狼狽えていた。
しかし、そんな彼も、流司の演技を見て、その圧巻の演技に、昔の血が騒ぐと、久しく感じていなかった、心の高鳴りに、二部の、ライブと呼ばれる演目に、期待せずにいられなかった。
会場は女性達の熱気で、何とも言えない、濃厚な空気へと変わっていく。
運良く最前列を射止めた女性達は、入念にメイクを直すと、恒例である、舞台から観客席へ、役者達が降りてくる瞬間に備えていた。
一方、流司を始め、舞台関係者は、一部が恙無く終わって安堵すると、それ以上に、観客達の反応が好感触であったことに、胸を撫で下ろしていた。
「すごかったですね、流司さん!」
控え室で衣装を着替えながら、興奮を抑えられず、目を輝かせながら、翼の喜ぶ顔を見て、
「何とか最後まで演じられたよ」
と、大粒の汗を拭きながら、流司は役を演じきれたことに安堵していた。他のメインキャストと、アンサンブルの武史も、流司の活躍を讃えると、
「後はライブか、残りの体力、全部使ってやるぜ!」
武史は、親友が、ようやく日の目に出れたことに、心から祝福し、自分が出せる、最高のパフォーマンスで応えようと、猛る思いを抑えられずにいた。
周りのスタッフも、煽られるように高揚すると、ビーッと音が鳴った。
「時間です、皆さん、お願します!」
舞台スタッフの合図で、
「さぁ、行きましょう!もっと、お客さんを驚かせますよ!」
翼は身体を小刻みに震わせて、ウォーミングアップをしながら、流司の手を引っ張る。
「出だしは任せな、会場をあっためてやんよ!」
武史とアンサンブルが、ガッツポーズをして、颯爽と走っていった。
「……」
流司はいま、最高の瞬間に身を置いていると、なかば、夢の世界にいる感覚だった。
こんな瞬間が、自分に訪れるなんて、夢なら醒めないで欲しいと本気で思った。
「夢ではないよ」
「え?」
蜷川がポンと肩を叩くと、我に返った流司が、蜷川の顔を見て、
「これから、君の時代が来るんだ、演劇界を頼んだよ」
発した言葉は少ないが、その言葉の重みを感じ取った流司は、
「はい!」
と、蜷川の目を純粋な、清々しいまでの、晴れやかな眼差しで応えた。
二部が始まると、舞台が暗転し、観客達は、各々のキャラクターのイメージカラーのライトを発光させる。
多くを占める色は、やはり、流司が演じるキャラクターを表す『赤』であった。
教会の鐘が鳴り、アンサンブル達の華麗なダンスが始まると、会場の温度は自然と上がっていく。
そして、最高潮となった瞬間、舞台上に、ライブ用に洗練された衣装に身を包んだ、メインキャストが登場すると、
「きゃー!」
「流司様ー!」
「翼君、可愛いー」
キャラクター名を叫ぶ女性より、圧倒的に、役者本人の名前を甲高く叫ぶ女性に、彼らは臆することなく、軽快なステップと、息のあった歌声で観客を魅了していく。
その光景を関係者席で見ていた、演劇プロデューサー、松田誠一は、これまでにない手応えを感じていた。
「……」
ズボンのポケットに突っ込まれた、クシャクシャのメモ帳を取り出すと、凄まじい勢いで、頭の中に浮かんだアイディアを書き込んでいく。
これまで、自分の頭の中で膨らませていたイメージを、それ以上に触発する、舞台の空気に当てられると、既存の2.5次元の先を行く、まだ形にならない、未知の世界を創造する歓喜に、目を充血させ、一心不乱に書き続けていた。
約一時間のライブは、駆け抜けるように終わり、カーテンコールを、普段なら、座って見ているはずの観客達が、自然と立ち上がり、舞台を作り上げた、全ての関係者に感謝するように、声援や拍手は、鳴り止むことがなかった。
収拾が付かないなか、丁寧な舞台アナウンスが流れると、ようやく、落ち着きを取り戻していった。
しかし、観客達の興奮が収まることはなかった。
「先輩、私、すぐ友達に連絡します!」
「わ、私だって!」
会場を出た女性達は、少し暗くなった景色を見ながら、視線はスマホに向けられていた。
Yahoo!のリアルタイムでは、その感想が滝のように流れると、数分も経たずに、トレンド上位に、その舞台の名前が挙がった。
これから、舞台を見る予定の女性達は、初演の、異常とも言える盛り上がりに、それまでの不安は、期待へと一気に変わると、掲示板では、ネタバレを含む、感想や、流司に関する情報でお祭り状態になった。
探偵のように、流司の僅かな情報を元に、過去に出演した、チョイ役の作品を調べ上げて編集し、YouTubeで、宣伝広告なしで公開する強者もいた。




