第10話 宗教上の世界
◆◇スティーブ・F・バーゼル◆◇
西暦2XXX年X月X日 某所
VRシアターで、その光景を見ていたサーシャは、その当時の観客と混じって、大興奮していた。
映像が消えると、
「すごい舞台だったね」
と、スティーブは感心すると席に戻った。
「ホントですよ、想像以上でした!」
まだ熱に浮かされているサーシャを見て、スティーブは部屋を明るくすると、
「干渉対象になるのも解るでしょ」
「でも演技が素晴らしいだけですよね?」
ハテナ顔をするサーシャを見て、
「演技だけならね」
含みのある言葉に、
「他に何かあったんですか?」
「これさ」
当時の記事を、空間へ立体的なディスプレイに表示させると、
「え!」
その記事の一つを見て、サーシャは驚く。
「そう、彼の登場で、その演技力に惚れ込んだ、女性達の婚姻率が著しく低下したんだよ、それも、圧倒的にね」
「で、でも……」
「彼が結婚でもすれば、話は変わったかもしれないけど、生涯独身を貫いたから余計にね」
「ご結婚されなかったんですか?信じられない」
これ程の男性ならば、女性など、弾き手数多だったろうにと、サーシャが疑問に思うのも当然である。
「彼が記者からのインタビューでね」
『僕には、結婚する暇なんてないんです。この身は、演劇の神様に捧げたんですから。演劇道を歩む以外、僕に必要なモノなどありません』
「ってね、言ったんだよ」
「す、凄すぎます」
その言葉を裏付けるように、名だたる女優や、良家のご令嬢、ファンからの熱い愛の言葉を、悉く袖にして、その徹底したスタンスに、流司は同性愛者ではないかと、根も葉もない噂が広がるなか、その生き様に心酔した女性が、そのブレない高尚な姿勢に、己も純潔を守らんと、生涯独身を貫き、日本の出生率に、多大な影響を及ぼす事態となってしまったのだ。
「ここまで来ると、もうお釈迦様だよね」
「ははは、は」
サーシャは、もはや笑うしかなかった。
「さて、と」
映像を切ると、
「執行されるんですか?」
「う~ん、そうだねぇ……」
顎に手をやり、考え込んでいたが、
「他のカテゴリレベルと比べると、影響力だけを考えると、何とも言えないし」
背伸びをして、
「保留かな」
「よかったー」
「うん?」
サーシャが安堵するのを見て、
「そのリアクションは?」
「え、だって執行したら、流司さんの舞台が、もう見れなくなるじゃないですか」
そう言って、自分のIDでアクセスして、データをコピーすると、
「帰ってから、他の舞台をゆっくり観たいですもの」
「持ち出し禁止なんだけど、ね」
スティーブは黙認すると、
「ありがとうございます、所長」
ウキウキしてるサーシャを見て、
「そう言えば、この頃だったよね」
「はい?」
「忘れたのかい?『あちらの世界』と、一時的にも接続された事象を」
「あ!」
「日本国では『地獄』と呼ばれる世界が、白の大賢者によって、白日の下に晒される、奇跡が起きてしまったんだよ」
「あの一件で、世界の価値観が一転したんですよね」
「そうさ。それまで、宗教上でしか語られなかった世界が、実在すると証明されたんだからね。当時の人間達の驚きは、図りしれなかっただろうね」
「でも、そのお陰で、犯罪率は飛躍的に低下しましたよね」
サーシャは当時の文献を読み、この時代では当然の価値観に、さして、疑問に思うことはなかったが、
「政治家にテロリスト、はては聖職者まで、悪事を働く、犯罪者の戦々恐々振りは、凄まじかっただろうね」
それは当然だろう。
当時、さらに、古代まで遡っても、死後の世界など、宗教上の戒めとしては機能していたが、そんな夢物語を信じる者は、敬虔な信者と一般人、悪事を働く人間にとっては、唾を吐き捨てるだけの、馬鹿げた与太話に過ぎなかったからだ。
「この奇跡で、犯罪者は何とか更生して、罪を償おうと、必死で慈善活動をしたり、すごかったらしいね」
「白の大賢者も、とんでもないことをしますよね」
「本当にね」
そう言うと、当時のニュースを見て、二人は、人類に起きたパラダイムシフトが、後の世界でも色濃く、影響を及ぼす瞬間を想起していた。
地獄暦……年…月…日 閻魔の館
あの世と呼ばれる次元に、白の大賢者は唐突に現れた。
近くにいた、獄卒である鬼達は、武器を構え、突然の来訪者を囲むと、警戒の色を浮かべながら視線を向けていた。
「ここは、どこかな?」
殺気だった空気などお構いなしに、白の大賢者は、ノンビリとした口調で、近くにいた鬼に尋ねる。
「!」
構えた武器を振り下ろそうとした瞬間、
「お待ちなさい」
透き通るような艶やかな声で、その一撃を制すると、大きな扉から、一人の鬼人が現れた。
その容姿は人間に近かったが、額に角を生やし、それこそ、仏教で登場する鬼の姿、そのものであった。
「やぁ、こんにちは」
白の大賢者は手を挙げて、助かった、というリアクションを取ると、魔法で、言葉を翻訳するスペルを唱えると、双方の言葉の壁は瞬時に消えた。
「どちら様ですか?」
丁寧な物腰だが、手に持った巨大な金棒を、紙のように軽々と持ち上げると、返答次第では、打ちのめす気満々であった。
「私かい?私は……」
名がない事が、このタイミングに於いて、都合が悪いと、咄嗟に、以前訪れた地域で、魔術師として伝説に名を馳せた、人物の名前を思い出すと、
「私の名は『マーリン』だ、宜しくね」
と言って一礼する。




