第11話 曝かれる悪事
「私の知り合いにも、同じ名前の方がいますが……」
「それは奇遇だね」
全く動じず、マーリンは、
「君の名前は?」
「私ですか?私の名は蓮と申します」
軽く会釈し、蓮が、
「先程も言いましたが、この地には如何様で来られたのですか?亡者以外は、決して足を踏み入れることが出来ないのですが……」
「ああ」
自分の立場を端的に説明すると、
「異世界に、魔法使い、ですか」
少し考え込んでいた蓮が、
「にわかに信じられませんが、まぁ、いいでしょう」
金棒を仕舞うと、マーリンは、
「寛大な配慮、感謝するよ」
と言って、密かに攻撃魔法の印を解くと、
「せっかく、この地に来られたのですから、少し見学して行きますか?」
意外な提案に、
「それは有難いね、この世界の景観といい、知的好奇心を掻き立てるものがあるね」
マーリンは蓮の手を握ると、感謝の意を示した。
「では案内致します。そうですね、最初に、この地域を管轄する、責任者を紹介しましょうか」
と、閻魔の館に通された。
なかは何とも重苦しい雰囲気で、まともな人間ならば、腰が引けるほどの重圧感を醸し出していたが、マーリンは、周囲に配置された調度品や、そこで従事する獄卒を、興味深く観察していた。
銅鑼の音が響くと、人相の悪い厳つい亡者が、両脇をガシッと掴まれ、獄卒たちに連行されていった。
「今のは?」
「ここでは、生前の所業を図り、その者にあった世界へと送る、平たく言えば、裁判所ですね」
亡者を一瞥すると、
「ああ、蓮君、外はどうだった?」
大柄で丸みを帯びた巨漢が、そう尋ねると、
「大したことはありませんよ、閻魔様」
裁判が休廷すると、先程までの恐ろしい形相が嘘のように消え、マッタリとした表情を浮かべると、両側にいた、生前は陰陽師として活躍していた役人が、熱いお茶を淹れると、
「あ、助かるよー」
チビチビと美味しそうに飲むと、もう一人が茶菓子を抜け目なく差し出す。
「これ、京都銘菓の八つ橋だ、美味しいなー」
ペロリと平らげると、
「閻魔様。こちら、先程、この地にお越しになった、マーリンさんです」
閻魔は不思議そうに、マーリンを見ると、
「君、どうやって来たの?まだ死んでないよね」
「それはですね」
マーリンに代わって、蓮が説明すると、
「異世界ねぇ」
お茶を飲みながら、閻魔は少し考え込むと、
「不思議なこともあるもんだね、蓮君」
と言って、全く疑わずに納得した。
「この世界での責任者と聞いたけど?」
「そんな大したモノじゃないよ、うん」
手をバタバタ振って、謙遜すると、
(ここで褒めると、調子に乗ります)
と小声で、蓮がマーリンに注意すると、
「閻魔様。この方へ、案内するにあたり、まず、代表的な裁判をお見せしたいと思うのですが、宜しいですか?」
「勿論だよ。よーし、張り切っちゃうぞ」
閻魔はフンと、鼻を鳴らし、
「時間です」
陰陽師の一人がそう言うと、
「私達は袖に移動しましょう」
「ああ」
蓮に促され、マーリンが後に続くと、再び銅鑼の音が鳴り響くと、閻魔の顔は仕事モードとなると、恐ろしいまでのプレッシャーが、周囲に流れ込んでいった。
獄卒に連れられ、剃髪した中年の小太りの男性が現れた。
その目はオドオドと、挙動不審に落ち着きがなく、手を合わせて、必死になってお経を唱えていた。
「開廷」
陰陽師の一言で、獄卒が、男性を地面に押さえ込むと、強制的に正座させた。閻魔は資料に目を通すと、
「顔を上げよ」
と、深く重厚感のある声で促すと、
「ど、どうか!」
まだ何も始まっていない段階から、男性は必死に懇願する。
裏を返せば、それだけ、疚しさがあることを証明していたが、閻魔は促すように、
「被告、山内双雲よ、お主、裁判の前に弁解することはないか?」
この場に於いて、虚偽を発言する無意味さを、知らない訳がない、生前の職業に就いていた筈の双雲であったが、まさか、本当に閻魔が存在するなど、爪の先程も信じていなかった本人は、この場に於いても、なお見苦しい嘘を並べるのだった。
「え、閻魔様!私は、住職として仏道に帰依し、仏の教えを檀家を始め、多くの方々へ正道を歩むよう尽力し、その生涯を悔いなく全うしました。どうか、どうか、私に寛大なご配慮を!」
しおらしく、だが、自身の保身を、見苦しいまでに吐露する姿は、もはや、滑稽その物だった。
「愚かですね」
眉間に皺を作り、こめかみの血管が浮き出た蓮は、金棒を持つ手を震わせると、
「明らかに嘘だよね、あれ」
マーリンは、双雲の言葉を袖で聞くと、三文芝居にもならない、安い口上に失笑していた。
「こう言う時、便利な道具があるんですよ」
蓮がマーリンにそう言うと、陰陽師の一人が、大きな鏡をおもむろに用意すると、
「あれは?」
マーリンの質問に、
「浄玻璃の鏡です。生前の所業を記録するモノで、生まれてから、死ぬまでの全ての善悪を映し出すものなんですよ」
「!」
それを見た双雲の顔は、仏典に登場する、お馴染みの品と、寸分狂わないディテールに、顔は青ざめ、引きつっていく。
「お主の立場なら、これが何かは、解ろうな?」
閻魔は笏を振ると、鏡に生前の双雲が映し出された。
その中でも、特に、罪状が深いと思われる場面が現れると、
「あ、ああ」
自分の悪行から目を背けようと、思わず目を反らすが、獄卒が顔を起こして、瞼を強引に開けて直視させた。




