第12話 苛烈なる因果応報
誰もいない寺務所で、勤めて間もない、十代後半の女性に、卑猥な言葉を掛け、己の立場を利用し、性的な嫌がらせをするばかりか、一線を越えた、悪逆なまでの行為を映し出されると、
「この者は、この一件を機に、純潔を穢され、自身の尊厳を一方的に奪われた。その苦しみから逃れるため、自ら命を絶ったのだ。本来ならば、自死は、最も罪深いものであるが、それを上回る悪行を鑑みて、儂は刑を熟慮し、恩赦を与えた」
閻魔は鏡に映し出された映像を消すと、
「それ以上に、卑劣、極まりない所業。決して、許されるものではないぞ!」
「あ、ああ」
双雲は現世では、己の権力を使って、隠蔽した恥ずべき行為を、白日の下に晒されると、嗚咽を漏らして、悔しそうにむせび泣く。
「愚か者が!」
閻魔は憤怒の表情を浮かべ、双雲を一喝すると、双雲の両脇にいた獄卒が、その肢体に、重たい金棒を容赦なく叩き付けた。
「!」
声にならない悲鳴を上げて、双雲はその場で転げると、
「このような仕打ちで、悲鳴を上げるでない!お主には、これから、何千、何万年と責め苦を与え、その魂が浄化するまで、刑に服して貰うぞ!」
閻魔の御沙汰に、その途方もない歳月を聞かされると、双雲の顔からは、血の気が一気に引いていった。
「山内双雲!お主には、まず、衆合地獄の刑罰に服し、その後、阿鼻叫喚地獄で、その罪深い魂を鍛え直すがよい!」
双雲は、自分が、これから落とされる地獄の名を知ると、
「申し訳ありません!私が間違っておりました!どうか、どうか、阿鼻叫喚地獄だけはご容赦を!」
地獄の刑罰でも、最も重いその場所は、もはや、人間が知り得る範疇を超えた世界。
この世界の獄卒たちでも、恐怖に戦き、それは、生前に住職として、仏の道を説いてきた双雲にとって、他の亡者よりも、圧倒的なリアリティを持って襲い掛かった。
「閉廷」
陰陽師がそう言うと、獄卒は双雲の腕を掴んで、強引に引っ張っていく。
双雲の断末魔に近い泣き声が、館に響くが、閻魔を始め、裁く側の者達は、眉一つ動かさず、粛々と自分の仕事に従事していた。
「彼、これからどうなるんだい?」
マーリンは、その異様な雰囲気でも、我関さずと言った様子で、興味深げに、蓮に尋ねると、
「穢れた魂魄にあった刑罰で、その魂を浄化するのが、本来の目的なのですが。あの者が落ちる、阿鼻叫喚地獄では、最後には、魂そのものが消滅するでしょうね」
「……魂が、ね。罪を償っても、存在を消滅されるとは、なかなか容赦がないね」
マーリンは双雲の後ろ姿を見て、
「現世の人間達は、その事が解らずに、自身の思うがまま、都合のいい解釈で、その罪を重ねてしまうのです」
蓮は、遠く憂うような目をすると、悠久の時間、自分達が見てきた、人間の浅ましさ、卑しさ、酷たらしさを思い浮かべると、
「さぞ嫌な思いをしてきたんだろうね」
マーリンは同情とは違う、論理的な思考で、そう口にすると、
「いえ、外道ばかりではありませんよ」
と言って、蓮は微笑むと、
「なかには、如来と見紛うほどの人物が現れることも、数百年に一度、起きたり……」
「起きたり?」
次の言葉を、喰い気味にマーリンが、
「他にも、可愛らしい魂を持って、現世を旅立った方もいたり、ホント、飽きませんよ」
「……」
その表情を見て、マーリンは、蓮と呼ばれる人物が、自身の立場に憂うことなく、己の役職に、お役目に、確固とした意志を持って、従事していることが、その真っ直ぐな瞳を見て納得するが、
「しかし……」
マーリンは少し考え込んで、
「君達のいる世界と、現実世界に、接点がないのは不便じゃないかい?」
疑問に思うのは当然だが、連は、ため息を漏らしながら、
「ええ。二つの世界が交わるのは、生者が、亡者となった瞬間だけですからね。ごく稀に、臨終から蘇生した人間の中には、こちらの世界を、認識することが出来る場合もありますが……」
「なるほど、ね」
マーリンの頭の中で、高速を越えるスピードで、術式を組み上げていると、
「マーリンさん?」
急に無口になったマーリンを見て、蓮が、心配そうに尋ねると、
「よし」
短く、マーリンが言葉を発し、
「その問題、私に任せてくれるかい」
「え?」
蓮が、マーリンの真意を図りかねるが、マーリンは、
「この世界に降り立ったのも何かの縁だ。君達の行いが、有意義で、価値のあるモノになるよう、微力ながら協力するよ」
そう言って、マーリンが最初に降り立った、池袋で生成した杖を取り出すと、魔方陣が出現した。
無数のスペルが、物質として見えるまでの濃度となると、周囲へ膨張するように拡散していった。
「い、いったい何を」
普段は冷静な蓮が、慌てた様子で尋ねると、
「あ、動かないでね。魔法詠唱中は、周囲の構造体を、最小単位まで分解するからね」
「で、ですから」
蓮の言葉など、お構いなしに、詠唱を続けていると、異変に気付いた陰陽師や、獄卒、閻魔が慌てたように、
「れ、蓮君!あの子、何しようとしてるの!」
尋常でない、空間の振動に、閻魔は慌てふためき、オロオロとしていた。
「集え、我が至宝!裁きの門を開かん!」
眩い光が天を穿つように柱となり、あの世から、現世の壁を突破すると、拡散するように、光の粒子が地球全体を覆った。
それは、時間にして数分だったが、地獄と呼ばれる世界を、現世の人間全てに、認識させることを可能とした。
マーリンが接続した世界は、先程、双雲が最後に落とされる予定だった、阿鼻叫喚地獄を、誤って選択してしまった事もあり、その光景は、とても、モザイクを入れなければ、耐えられない映像であったが、老若男女問わず、地球上、全ての人間へ、もれなく無修正で知覚共有されてしまった。




