第7話 残酷な評価
その後、続々と関係者が入ってくると、一際、異彩を放つ人物に、流司の視線は、自然とそちらに向かっていく。
演出家である蜷川英雄は、定位置の席にすぐに座ると、台本をパラパラと捲っていた。
全員が集まった頃、少し遅れて、倉田が悠然と入ってきた。
「どうもー」
流司に目配せすると、ニカッと笑う。
「直樹君、代役は?」
蜷川が眼鏡越しに、そう質問すると、
「流司、挨拶を」
と言って促す。
流司はその場で直立不動で起立すると、深々と一礼し、
「初めまして、今回……」
最後まで言い終わる前に、
「頼むね」
と、一言、端的に蜷川が目を合わせて、座るように促す。
「……は、はい。よろしくお願いします」
言い知れぬ威圧感に、流司は、ただ呆然とするしかなかった。
流司が代役を任された舞台は、2.5次元でも比較的新しい部類に入る物であったが、原作であるオンラインゲームの爆発的な人気も相まって、その人気は、年々、過熱する一方であった。
日本刀を擬人化するユニークな発想は、それまで、年配のご老人しか感心を示さなかった、日本刀の魅力を、その、麗しいキャラクターを同一視することで、それまで、閑散としていた地方の博物館に、そのキャラクターがモデルとなった刀剣が展示されていると解ると、SNSで情報が次々と拡散して、1ヶ月も経たない内に、前年度の来館者数を上回る入場者が来たことに、担当者は最初、訳が分からず首を傾げるほどだった。
ほんの僅かな期間でビッグコンテンツとなったゲームを、いち早く目を付けた、演劇プロデューサー、松田誠一が、ミュージカル仕立てで作り上げた舞台は、あっという間に火が付き、現在では、チケットを手に入れるのが非常に困難で、Twitterやチケット仲介サイトでは、常に高額で売買され、利用者間でのトラブルも後を絶たなかった。
それでもリスクを承知で、そのプレミアチケットを手に入れようとする女性は、減るどころか増える一方だった。
役者達の準備も終わり、舞台の照明や音響のスタッフ、その他のスタッフの準備が終わると、
「では、始めようか」
蜷川の一言で、その場の空気がピリッと張り詰めると、役者勢は、ほど良い緊張感で舞台に立った。
「頑張れよ、流司」
武史が拳を差し出しと、流司も拳を合わせて応えた。
アンサンブルである武史は、下手に捌けると、序盤の登場シーンから稽古が始まった。
翼以外のメインキャストも、無駄のない演技をするなか、流司の演技も見劣りしない完璧な演技であった。
何回か、照明や音響のタイミングの確認のため、演技を中断するなか、全ての役者達は、集中力を欠くことなく、自分の役を演じ上げていた。
流司の演技を見た蜷川は、演技と演技の間の休憩時間に、倉田に声を掛けると、
「どうしました、蜷川さん?」
缶コーヒーを啜りながら、場内禁煙のため、ペンを口に含んでいると、
「彼、名前は?」
普段、数多の舞台の演出をする蜷川に取って、役者の名前を覚えることほど、億劫なことはなかった。
差して興味がない役者など、覚える価値もないと、本気で思っているほどだ。
そんな性格を知っていた倉田は、内心、ガッツポーズを取りながら、平静を装って、
「ああ、霜月流司ですよ」
「霜月……流司」
顎に手を当てて、蜷川が考え込んでいると、
「気になりますか?」
倉田の言葉に、
「演技も舞台運びも完璧だが……」
「だ、だが?」
次の言葉が気になり、喰い気味に倉田が問い掛けると、
「光るモノがないね、彼には」
「……」
その言葉は、役者に取って、死刑宣告を下されたに等しい一言であった。
如何に、台詞を完璧に覚え、演技をしても、それを演じる人間が持つ、生まれ持った人間性、大袈裟に言えば、カリスマ性を備えていなければ、舞台で観客を魅了することなど到底不可能。
休憩時間に入り、役者達が休んでいると、流司の前に、翼がチョコンと座り、
「凄いですね、流司さん!」
「え?」
スタッフに貰った飲み物を口に含み、タオルで汗を拭いていると、翼が、キラキラした目で流司を見ていた。
「初めてなのに、一度もNGを出さないし、全く違和感がありませんでした。僕、尊敬しちゃいます」
子犬のように、愛くるしい表情で、羨望の眼差しで見られると、お世辞でも悪い気はしなかった。
周りのスタッフも同様で、代役を完璧に熟す流司に、後の稽古も、恙無く進行出来る安堵感でホッとしていた。そんななか、蜷川が席を立って、流司の元に近づくと、
「君には、役者としての才能はないよ」
と、一言告げると、それまでの和気藹々とした空気は、一瞬にして凍り付いた。
「え?」
その一言に、本人よりも翼が反応した。
「先生、流司さんの演技は素晴らしかったじゃないですか!何で、そんな酷いこと言うんですか!」
普段、子供のような笑顔で、周囲を明るい雰囲気にしていた翼が、これほど、怒気を含んだ声で、誰かに喰って掛かるなど珍しかった。
「お、おい、落ち着けって!」
翼の肩を押さえて、武史が割って入る。
「離して下さい!」
小柄な翼とは思えないほど、その手を振り払うと、蜷川は冷静な、いや、冷徹な目で諭すように翼の目を見て、
「事実を言ったまでだよ」
「!」
目をカッと見開いて、翼の感情が頂点に達すると、思わず拳を振り上げ、
「そこまでだよ、翼君」
それまで静観していた流司は、そっと、翼の拳を優しく、自分の手で包み込むと、
「……ありがとう」
と、言って翼を見て微笑む。




