第5話 不遇の俳優
そんな表情をサーシャは見ることなく、机にランダムに並べた資料の一つを手にして、
「これ、まだ整理されていなかったんですか?」
その中の一つを手にすると、
「ああ、検討中だったからね」
と言って、何時ものスティーブに戻ると、
「俳優さん、ですか」
その資料には、英語で『2.5・Actor』と表記されており、涼しげな表情を浮かべる男性の姿が映されていた。
「この2.5って何ですか?」
不思議そうにしているサーシャを見て、フフンと得意げに、
「その当時、人気を博した舞台の総称で、アニメやゲームの世界観を、生身の人間が演じることで、うら若き女性達に、絶大な支持を受けたコンテンツさ」
「そんな舞台があったんですね」
資料に貼られた映像をクリックすると、その男性俳優が演じた役を観た、女性客の黄色い声援が大音量で響いた。
思わず仰け反ったサーシャは、慌てて音量をオフにすると、
「すごい人気だよね」
スティーブは新しい飲み物を手にすると、感心したように呟く。
「た、確かに」
サーシャは納得すると、
「この人も干渉対象、何ですか?」
「まぁね。僕は特別、必要とは思わないけどさ」
と言って、資料を見ながら、この俳優の経歴を見た。
▼Case.2 霜月 流司 Age 2X
西暦2018年 4月12日 木曜日 日本
一人の男性が目を覚ます。
風呂無し、トイレ共同の古くさいアパートの一室で、四月にしてはやけに暑い中、布団を蹴飛ばし、彼、霜月流司は起きた。
「……」
寝ぼけ眼でボーッと、スマホの時刻を見ると、もう十時を越えていた。
普通の社会人なら、もう、とっくに出社なり、仕事を開始している時間だが、流司には関係ない。
俳優の道を志し、十八歳の時に、故郷の静岡から上京して数年、今年で二十代も後半に差し掛かる、彼の於かれている環境は、お世辞にも明るいとは言えなかった。
長身で端正なルックスでありながら、役者として決定的に足りないものがあった。
そう『華』である。
殺陣やヴォイスレッスンなど、基礎的な練習は誰よりも努力し、一流のパフォーマーでさえ舌を巻く実力があるのに、彼には決定的なチャンスがなかった。
それも恐ろしいほどに。
「はぁ、今日もスケジュールは真っ白ですか……」
確認しても無意味な行為を、半ば、諦めモードに入りながらも、縋る思いでメールのアプリを開いて、すぐ消す。
流司はここ最近、身の回りに起きた変化を反芻していた。
何やら、不思議な力を手にした者達が、次々と出てきて、小説や漫画で出てくるような、魔法染みた能力を手にした人間達の登場に、マスコミ各社は、こぞって特集番組を組み、連日、テレビを騒がせているらしいが、そんなの知ったことではない。
そもそも、流司の部屋には、生活する上で、最小限の物しか置いてなかった。
テレビみたいな贅沢品など、とうの昔に、生活に困り、リサイクルショップに売ってしまった。
スマホだけは、マネージャーとの連絡を取る、ライフラインとして必要不可欠なため、解約することなく、手元に取ってあったが。グルルとお腹が鳴った。
「貧乏でもお腹は空くって、ね」
流司は起き上がると、食事の準備をする。
安アパートながら、コンパクトなキッチンがあるのは、何ともおかしな設定だが、大家さんの気紛れなのだろう。
驚くことに、その一画は、整然と美しく、大小様々な調味料が、自作の棚にキッチリと配置され、包丁などの調理器具も、最小限ながら充実していた。
冷蔵庫を空け、少ない食材を見て、瞬時にレシピを考えると、手早く調理していく。
「頂きます」
手を合わせ、一礼すると、流司は遅い朝食を取る。
そこにスマホの着信音が鳴り響く。
「!」
ディスプレイを見ると、マネージャーの倉田直樹と出ていた。
慌てて電話を取ると、
「は、はい、霜月です」
「よぉ」
元役者ということもあり、よく通る声で倉田は電話口で、煙草を吹かしながら缶コーヒーを飲み、
「突然だけどよ、今日空いてっか?」
「も、勿論ですよ!」
ここ暫く、まともに連絡が無かった倉田からの仕事の依頼は、家計がキツキツな現状に於いて、正に、助け船に他ならなかった。
「舞台の主役が腹ぁ壊して、通し稽古が出来なくてな。代役が見つからねぇ、頼むわ」
「は、はい!」
「台本はメールで送るから、覚えとけよ」
「了解しました!」
簡単なやり取りだが、これが普通の会話でないことは、役者を志した者なら解るであろう。
舞台の台本は分厚く、それを短時間で頭に入れて、尚且つ、物語の時代背景や、登場人物の心情を的確に把握するなど、一朝一夕で出来るほど、生易しいものではない。
特に主人公は、全体を引っ張っていく重要なファクターであり、代役と言えど、生半可な演技をすれば、演出家の灰皿が飛んで来るのは必至であった。
「お前は、実力はあるのにな」
その実力を、誰よりも理解していた倉田は、どんな時にも、見捨てることなく、流司に定期的に仕事を見つけてきては、決まって、先程の台詞を口にする。
「じゃ、頼むぜ。場所は今から送るからよ」
「は、はい。有難うございます!」
そう言って電話を切った。
流司は送られてきた台本を瞬時に熟読し、頭に入れると、物語全体をイメージして、主人公の心とリンクする。
ほんの数分であったが、他の役者が数ヶ月掛かる作業を、その僅かな時間で物にする、天性の感性と記憶力は、確かに、倉田が見捨てない理由の大きな一因であった。




