第3話 招かれざる使徒
それから、一年の歳月を経た頃には、アリスの名を知らぬ者がいないほど、誰もが知る存在となっていった。
「アリス様だ!」
「おおっ!」
「なんと神々しい!」
もはや狂信的な信者としかいえない熱気に、最初の頃は言い知れぬ威圧感に立ち竦んでいたアリスも、場数を踏むことで、平常心を保てるまでに成長すると、今日も何時ものように、長蛇の列を成した人々を、その神秘の力によって治癒していく。
最近はその人物の、最も壮健だった年齢の肉体に戻すという特性を聞きつけた、中年女性や、特に病気でもない老婦人が、若返りを目的とした、やや不純な動機で、その列に並ぶなど、些か本来の趣旨に反する者達も跋扈していたが、アリスは分け隔てなく、その力を奉仕していった。
それほどまで、信仰に対する純粋なまでの精神は、誰もが犯しがたい、神聖な人格へと、僅かな期間を経て昇華していった。
そんななか、一人の男性の番となり、アリスの前に立つと、
「Ms.アリス、お会い出来て光栄です」
ハットを取り、恭しく、大袈裟なまでに一礼すると、
「……」
本能的に危険を感じたアリスが、近くにいたシスターを見るが、間髪を入れず、
「私、こう言うものです」
胸ポケットから、これまた古風なシーリングスタンプに封じられた手紙を差し出すと、それを手に取ろうとした瞬間、シスターが奪い取るように乱雑に取り、ビリッと封を開けると、
「!」
その中にあった手紙を読んで、思わず眉を顰める。
いや、正確には、憤怒の形相を必死に隠すように平静を装うと、
「誰か、誰かいませんか!」
その言葉の真意を目ざとく感じた、教会の関係者の中でも、腕っ節に自信のある屈強な男達が、その男性を囲うと、アリスの視界に入らないよう、壁のように立ちはだかる。
「おやおや、これはどういうことでしょうか、おおっ!」
男性は舞台俳優のように、オーバーアクションで嘆くと、
「お引き取りください」
シスターは、感情を抑えながら、しかし、確固とした拒否の感情を突き刺すように、男性を睨み付ける。
ただ事でない雰囲気に、周りにいた患者達は、シスターよりも、その矛先にいた男性を、訝しむように凝視していた。
「神の神子たる存在を、このような、何の録もない、小さな教会に閉じ込めるなど、大いなる主がお許しになりませんぞ」
男性の正体は、どうやら同業者であることは解った。
シーリングスタンプのエンブレムは、この国では、最も権威のある教会、その歴史は、国の建国と同時に生まれた、由緒正しき、正統派の流れを汲む存在であった。
「あ、あの、シスター?」
大人同士の醜い派閥争いなど、解るわけがないアリスは、その険悪な雰囲気を感じ取ると、縋るようにシスターの顔を見る。
「大丈夫ですよ、アリス様」
シスターが目配せすると、男性を左右で押さえ込み、二人の修道服を着た男が、外に摘まみ出そうとした。
「ふっ」
男性が僅かに微笑むと、緩やかにに体位をずらす。
瞬間、二人は大袈裟なまでに投げ飛ばされた。
頭を強かに打ち付け、悶絶する男達を見ると、
「乱暴な方々ですね」
スッと前に出ると、言い知れない恐怖を感じたシスターは、その場でワナワナと震えていた。
「だ、だれ……か」
一歩、また一歩と近づく男性は、シスターなどまるで無視して、アリスの幼い身体を引き寄せ、囁くように、
『君が信じてる者が、常に正しいと思わないことだ。真実は、何時も、予期せぬ方向に進んでいくものだからね』
「え?」
男性はアリスの額にキスをすると、
「今日はお暇します、今日はね」
と言って踵を返すと、教会の玄関へと歩みを進める。
遠巻きに見ていた患者達は、その異質なまでの存在に畏怖し、中央の道を自然と開けていた。
「あ、貴方のお名前は……」
アリスが尋ねると、男性はカーテンコールを行う、俳優のような素振りを見せて、
「それは、また、次の機会に」
と言って、悠々とその場を去っていった。
先程までの、不安な気持ちは嘘のように消え、アリスの心には、久しく感じていなかった、温かな感情が沸き起こる。
「誰か、聖水瓶を!」
腰を抜かしたシスターが、大声でそう叫ぶと、若いシスターが、慌てるように聖水の入った瓶を男性が通った道に、邪な者を浄化するように、勢いよく振り掛けた。
「アリス様の治癒は、午前の部は急遽、中止致します」
「ええ!」
その場にいた患者は落胆し、不信感を表すように表情が強張って行く。
その光景を目にすると、シスターが、
「ご安心下さい、時間を変更するだけです。アリス様の治癒は、教会の浄化が済み次第、予定通り執り行います」
「おお!」
「なんだぁ」
「よかった!」
現金なもので、予定通り自分達が治癒されることが確約されると、患者達は安心したように笑顔になる。
「……」
その有様に疑問を持つ少女がいた。アリスだ。
モヤモヤとした感情が、純粋な心の結晶に、僅かな影を落とすが、すぐに何時もの彼女に戻ると、
「皆さん!もう少しお待ち下さいね」
と、一礼すると、
「はい!」
「流石は聖女様」
「ああっ、宜しくお願い致します!」
シスター達に連れられ、アリスは奥へと戻って行った。




