第2話 聖少女 アリス
西暦2019年 3月23日 土曜日 イギリス
とある小さな教会に、あどけなさが残る少女がお祈りをしている。
一年前に起きた事象、人は神々の福音、悪魔の囁きなど、様々な呼び方でその身に起きた覚醒に、ある者は歓喜し、またある者は、差して特別と呼べない能力に落胆するなど、目に見える形で差別化が起きていた。
少女、アリス・ロゼに現れた力は、非公式ながら、その有能性を表すランクに於いて、最高のレアリティを誇るものであった。
それは、教会に属するシスターとしては、正に神の申し子と畏敬される能力『治癒』であった。
現代社会に於いて、最先端医療でも治すことが出来ない難病を、彼女は手を翳すだけで、立ち所に完治させてしまう奇跡を、あの日、唐突に授かったのだ。
「アリス様」
年配のシスターが恭しく、深々と一礼すると、
「皆さんがお待ちですよ」
「はい」
主に祈り終わるとアリスは、世界各国から訪れた患者達が待つ講堂へと向かう。
「アリス」
「お母様」
アリスの母親であるリリスが、そっと頭を撫でて、
「貴女の力を必要とする方々を、頼みましたよ」
「はい!私、頑張ります」
アリスは笑顔になり、リリスの手を握ると、その小さな身体には不釣り合いなほどの、大きなロザリオを振るわせて、シスターの後に続く。
「……」
リリスは、敬虔なクリスチャンであり、神との対話を何よりの矜持としており、深く傾倒していた。
その彼女に取って、娘であるアリスが授かった能力は、天啓でしかなかった。
最初にその力に気付いたのは、アリスの愛犬であるクロエが、ふとした隙を見て家から車道に飛び出し、大型車に轢かれてしまった時だった。
自動車の急ブレーキに気付き、九歳だったアリスが慌てて飛び出すと、クロエは血だらけの状態で即死に近い状態だった。
アリスは泣きながら、血に染まったクロエを抱きかかえて、
(神様、お願い、クロエを助けてっ!)
と、心の中で懇願した。
現実に於いて、彼女の願いは決して叶うことのない、自然の摂理であったが、ありようのない奇跡は……起きた。
アリスの手からは、眩い光が溢れ出し、クロエの血で真っ赤に染まった服は、一瞬で消え、衝突によって粉々になったクロエの骨や臓器、皮膚などは轢かれる前よりも、健常な状態に戻っていった。
そう、彼女の癒やしの力は、持ち主の状態を癒やすだけでなく、その個人が、最も壮健だった頃の状態へと戻す、究極の癒やしであった。
老齢だったクロエの身体は、若かりし頃の、肌つやに戻り、歯が所々抜けていた箇所には、鋭いまでの犬歯が蘇っていた。
「あ、アリス、……貴女は」
その奇跡を目の当たりにしたリリスは、思わず天を仰ぎ、膝を突いて祈りを捧げた。
その光景を見ていた野次馬たちは、
「オー、ジーザス!」
「かっ、神の申し子が!」
「何てことだ!」
その一件を機に、アリスを取り巻く環境は一変する。
その奇跡をスマホからTwitterにアップされると、拡散が拡散を生み、アリスに治して貰おうと、藁をも掴む気持ちで、世界中から難病を抱える患者が、家に押しかけて来たのだ。
父親であるマークは、その対処に苦慮するも、リリスはマークに、
「これは神の試練です、あなた」
と言って、アリスに向かって、
「貴女にしか出来ないことよ、解るわね」
その一言に、純粋なまでのアリスは、
「はい、お母様」
そう言って、自ら家の扉を開けて、一人一人、丁寧に接した。
患者達の病態が好転すると、
「聖女が降臨された!」
「まさに神子だ!」
「私の知り合いにも難病の子供が!」
収集が付かない様相に、リリスが通っていた教会の人間が、助け船を出すように颯爽と現れると、幼いアリスの手を引っ張るように、教会へと逃げ込むように匿った。
「シスター、ありがとうございます」
リリスがシスターに一礼すると、
「いいのですよ、リリス、それに」
シスターはアリスを見ると、膝を落とし、彼女の額に口づけすると、
「アリス、神の子よ……」
深々と頭を下げると、シスターは教会の講堂にある大きな十字架を見つめ、
「貴女のことは、我々教会が、身命を賭して御守り致します」
誓いを立て、シスターはアリスの顔をまじまじと見る。
その表情は以前より、何処か影を差した眼差しであったが、その僅かな気配にリリスは気付かず、ただ感謝するだけであった。
アリスは、子供ゆえの聡さで、その違和感を感じ取っていたが、母親の笑顔を見て、特に気を止めることはなかった。




