第1話 大賢者、来訪。
この世界に明日はない。
緩やかに停滞し、淀み、沈んでいく定めにある。
西暦2018年、今だ原始から続く戦禍。
仮初めの平和を矜持している日本に、異世界から一人の魔法使いが現れるまでは……。
西暦2018年 2月6日火曜日 日本 池袋
其れは突然、予期せぬ現象として起きた。
空間から、水玉のような膜に包まれた物体、正確には人間らしいモノが、何もない空間から、池袋、アニメやゲームが好きな者達の聖地、乙女ロードの玄関口、アニメイトに、其れこそ、ファンタジーの魔法使いのコスプレをしていると思われても不思議ではない、男性と思われる人物が不意に現れた。
その容姿は、目深なフードからでも分かる、整い過ぎた彫刻のように美しく、神秘的なオーラを纏っていた。
「……」
その人物には名前がなかった。
正確には、彼?が元いた場所に於いて、名前がないことが最高位の称号であり、二つ名として称される名は『白の大賢者』であった。
辺りには、うら若き女性達が、その突然の来訪者に目を丸くしていた。
アニメのような展開を実際に体験すると、人間はフリーズしてしまうらしい。
だが、賢者がフードを取ると、
「きゃー!」
「うそっ、メッチャ美形!」
「!」
容姿端麗、いま風に言えばイケメンとカテゴリ分けされる部類の、さらに上位の部類を行く、その存在を目の当たりにして、女性達はスマホを取り出して、カメラを起動する。
カシャカシャとフラッシュの光を浴びて、賢者は僅かに眉を顰めるが、その中の一人に近づくと、
「あ、ああ」
急接近され、胸の高鳴りで初恋の男性に告白された乙女のような気分に、女性は直立不動でその場で立ち竦む。
「は、How are ゆー?」
テンパった女性は、賢者を外国人と勘違いすると、拙い英語で話す。
賢者は微笑むと、唐突に女性の唇を奪った。
「!」
蕩けるような感覚が、女性の神経を隅々まで電気のように駆け巡った。
賢者の接吻は、只の口づけではなかった。
女性の記憶や、思考を瞬時に読み取ると、転移した世界の基本的な情報を理解すると、
「協力、感謝するよ」
と、日本語で話すと、女性はペタンと尻餅を着いて、言い知れぬ興奮で、頬が真っ赤に染まっていた。
「……なるほど、この世界には『カガク』というモノはあるが、『マホウ』という概念は存在しないのか」
賢者は暫く思案すると、
「それはつまらないな」
と言って、近くにあった金属のポールを紙のように切り裂くと、ポールは杖へと変化すると、
「悪くない素材だね」
杖を手にすると、賢者は解読不能な言葉を発し、詠唱をすると、周囲に白い風が巻き起こった。
近くにいた女性達は、非現実的な出来事に慌てるでもなく、好奇心一杯な眼差しで、事の顛末を傍観していた。
「集え、我が至宝!」
眩い光が天を穿つように柱となり、大気圏を突破すると、拡散するように、光の粒子が地球全体を覆った。
「さて、私は、この世界を探求するとしよう」
そう言うと、フードを被り、女性に、
「これは『ラブ・ポーション』、好きな殿方に掛けるがよい。細やかだが、私の気持ちだよ」
そう言って賢者は、杖を掲げると、地球上の何処かへと姿を消していった。
呆気に取られ、その場に座り込んでいた女性は、愛しい人を見送るように、賢者の面影を追っていた。
この賢者の行動によって、全人類に恩寵たる魔法が突然、降り注ぐこととなる。
ある者は、手から自在に炎を出すことが出来るようになり、またある者は、瞬時に思った場所へと移動することが出来るなど。
人一人に付き、一つの異能、賢者が言うには、魔法を授かってしまった人類は、その荒唐無稽な力を手にすることで、今までと異なる価値観が、何の前触れもなく手に入れてしまったのだ。
この日から、人類はカオスにも近い、混迷を乗り越え、一つの大いなる道筋を歩むことになるのだが、その記録は、一人一人のログを垣間見ることで紐解いて行こうと思う。
by.人類学者代表、スティーブ・F・バーゼル。
▼Case.1 アリス・ロゼ Age 10




