第25話 風鈴の音色
脱衣所で凜ちゃんが、汗で滲んだ服を勢い良く脱ぎ、お風呂場の扉を開けると、大きな二枚の蓋を取って、ザブーンっと、浴槽にダイブする。
ああっ、危ないわ、凜ちゃん。
「こら、凜、駄目だろ」
考君が中に入ると、それとなく注意する。
「へへっ、ごめんなさーい」
湯船に浸かって、泳いで遊んでいると、考君が、人形を掴むように、ヒョイっと、凜ちゃんを摘まみ上げると、
「身体、洗ってから」
と言って、小さな椅子を用意する。
象さんの絵がプリントされた、黄色く、可愛らしい椅子は、凜ちゃんのお気に入り。
湯船からすぐに出ると、チョコンと、お行儀よく座る。
「背中は俺が洗うから、前は自分で、な」
「うん!」
モコモコのボディタオルに、固形石鹸を泡立てると、優しく、凜ちゃんの背中を洗っていく。
「気持ちいいー」
身体をくねらせ、凜ちゃんは、笑顔で天井を見ている。
天井には、凜ちゃんが好きな動物のシールが、大小様々に、まるで、夜空の星座のように、所狭しと飾られていた。
「よしっと」
考君は背中を洗い終わると、タオルを凜ちゃんに渡した。
「俺も洗っちまうか」
考君は、見るからに、堅そうなタオルを手に取ると、ゴシゴシと、タワシで磨き上げるように、古い角質を、これでもかと落としていく。
相変わらず、肌が強くて羨ましいわ。
私は考君と違って、敏感肌だったから、そんなに強く、肌を洗うなんて出来なかったもの。
ザーッと、風呂桶で身体を洗い流すと、
「次は髪だな」
考君が棚から、シャンプーを取り出すと、
「僕、一人で出来るよー」
「お、ホントか?」
後ろに置いてあった、シャンプーハットを手にすると、
「それもいらなーい」
「おいおい、大丈夫か」
何時になく、冒険的な凜ちゃんに、考君は、どうしたのかと、疑問に思いながらも、その心意気を尊重すると、凜ちゃんの行動を見守る。
「よーし、やるぞー」
今まで考君が手伝っていたことを、凜ちゃんは、慣れない手付きで、しかし、ゆっくりと、丁寧に、自分の髪を洗い上げていく。
その光景を見て、考君は、子供の成長を誇らしげに、後ろから、ジッと、温かな視線を送っていた。
「あ、あれ?シャ、シャワー」
目をギュッと瞑っているため、シャワーヘッドの場所が解らず、手をバタバタしている凜ちゃん。
ふふ、何か可愛い。
考君はそっと、凜ちゃんの小さな手に、それを渡すと、
「お湯、出すぞ」
「あーい」
シャワーが勢いよく出ると、凜ちゃんの頭に付いた泡が、綺麗に洗い落ちていく。
艶のある、真っ黒な髪が現れると、
「よし、目を開けてもいいぞ」
「わーい」
凜ちゃんは、今度はゆっくり湯船に入ると、考君が洗い終わるのを、ジッと見ていた。
「パパー」
「ん?何だ、凜?」
身体を洗い終わり、髪を洗っていた考君が応えると、
「今日ね、学校でねー」
「おう、学校で?」
シャンプーを流しながら、凜ちゃんの言葉を待っていると、
「風鈴の音がね、会いたい人を呼んでくれるって、先生が教えてくれたの」
「風鈴が、か?」
そんな逸話、聞いたことないと、考君が首を傾げて、その不思議な話を聞いた、凜ちゃんの声が、どこか、期待に満ちているのを感じ取ると、
(ああ、そういうことか)
考君は、凜ちゃんの意図することを理解して、
「明日、買ってくるよ」
と、短く凜ちゃんに伝えると、
「ホント、パパ!」
「ああ、取って置きをな」
「パパ、ありがとうー!」
凜ちゃんは、湯船で大はしゃぎすると、考君は、地元の下町にある、江戸風鈴の老舗で買おうかと、ボンヤリと考えながら、髪を洗い終わると、湯船に浸かる。
「ああ、生き返るぜー」
ふふっ、もうっ、何ですか、それ。お爺ちゃんみたいに、顔を綻ばせて、肩までお湯に浸かっている考君は、とても、幸せそうな笑顔で、足を伸ばして寛いでいた。
「僕も、僕もー」
凜ちゃんまで、足を伸ばしちゃって。小さな凜ちゃんは、湯船のへりに届かず、背泳ぎのバタ足のように、考君の上で、水泳選手のように、泳いでいると、
「凜、お湯が無くなる、やめーい」
「ははは」
途中で趣旨が変わったのか、凜ちゃんは、面白可笑しく、考君の上で遊んでいる。
「言うこと聞かない、悪い子は、こうだー!」
考君は凜ちゃんの脇をくすぐると、
「パパ、くすぐったーい!」
考君、それじゃ、余計にお湯が無くなるわよ。
もうっ、ホント子供なんだから。
でも、そんな所も、私、大好きですよ。
二人のスキンシップは、楽しく、あっという間に過ぎていった。一段落すると、考君が、
「さ、上がって、ご飯にするぞ」
「うん、パパ、お腹空いちゃった」
湯船から出ると、脱衣所で身体を拭き、凜ちゃんはリビングに走っていく。
考君は、髪をタオルで拭き、肩に掛けて後に続く。
部屋に入ると、先程と違い、冷房の効いた、快適な空間となった部屋で、凜ちゃんが、テレビの電源を入れ、録画された、お気に入りの戦隊モノの番組に、目が釘点けになっていた。
考君は、前の晩に作り置きした料理を、電子レンジで温めたり、食器を手早く用意すると、ものの数分で、夕食の準備を整えてしまった。
相変わらず、そういうとこ、見習いたいわ、感心しちゃう。




