第24話 思考の回転
夏場の、痛いほどの日差しを避けるため、カーテンを閉めて、北側だけは開けると、設定温度27度の快適な空間で、考君は執筆作業に取り掛かる。
座卓には、無地のA4用紙に、万年筆で、アイディアを几帳面なほど、ビッシリと書き込み、その中でも、昔の名残なのか、棒人間のキャラクターで、様々な構図が、勢いよく鏤められていた。
「う~ん」
背凭れをグウッと倒して、天井を見上げながら、次の文章を考えている。
「ここで、このキャラの台詞は、おかしいよな」
一旦書いた文章を、バックスペースで消していくと、机をトントンと叩いて、リズムを刻んでいる。
あれ?詰まったのかしら。コッソリ、私はパソコンのディスプレイを覗き込むと、どうやら、主人公とヒロインの会話の場面で手が止まっているようだった。
「さっきまで喧嘩してたんだから、ここは……」
何パターンの台詞を、書いては消して、すごい速度で推敲していく。
相変わらず、考君の頭の中では、実際に日常生活を送る、登場人物の生活を、リアリティを持って追体験しているのね。
考君は、席を立つと、座卓に置かれた紙を、無造作にごちゃ混ぜにすると、一番上に来た紙を手にして、
「……この時は」
時系列に関係なく、直感で選んだモノ、考君は、敬愛するアニメ監督、宮崎駿さんになぞらえ、『イメージ・ボード』って呼んでたけど、それを手にして、自身の想像力に身を任せる。
そうして、目を閉じていると、不思議と、キャラクターの動きが解るって、なんか、超能力者見たいって、最初、考君の執筆作業を見て、私、すごく驚いたわ。
「よしっ!」
収納ボックスから、新しい紙を取り出して、筆を走らせる。
数分して完成した、イメージボードを手に取り、パソコンの上の壁に、ピンで留めると、緑茶を一口、口に含むと、再びキーボードを叩き始めた。
それから、時間は、あっという間に過ぎ、お昼ご飯も忘れ、気付いた時には、夕方になっていた。
もう、ちゃんと、ご飯食べてって、あれだけ言ってたのに。
心配しても、今の私には、何も出来ないけど、身体には気を付けて、お願い。
「ただいまー」
時計を見ると、もう、四時を過ぎていた。
「あっ!」
凜ちゃんの元気な声で、ようやく、考君は作業の手を止め、上書き保存をクリックしてソフトを終了する。
ああ、あれだけ、小まめにデータを保存してって、お願いしてたのに。
一度、間違えて保存しなかった時、何時間も書いた文章が、一瞬で消えて、考君、泣いちゃった事、忘れてない?それも、一度で懲りれば、まだ、笑い話になるのに、何回も繰り返すんだから。
締め切り間際、それをされる身にもなって欲しいわ。昔、佐々木さんが、気が動転して、カスタマーセンターに連絡してまで、データ復旧を頼んだりしたこと、ホント、忘れちゃ駄目ですからね。
「凜、お帰りー」
二階から玄関に、子供のように、ダッシュして駆け下りると、
「パパー」
靴を脱ぐのも、面倒で、ポイポイと、ひっぽ投げて、あ、方言が出ちゃった。
放り投げて、考君の足に抱きつくと、
「ただいまー」
「おう、お帰り、凜」
泥が付いた顔を、手で拭くと、考君の手に付いたインクで、余計に汚くなる。
「あっ、やっちまった」
「え?なにー」
「今日は暑いし、ご飯の前に、風呂に入ろうか」
「やったー、泡々、入れてー」
「おう、任せとけ」
考君は、洗面台に置いてある石鹸で、丁寧に手を洗うと、引出から、入浴剤を取り出すと、湯船の栓を確認して、中に入れ、給湯器のパネルの電源を入れて、お湯を出すと、
「お部屋、熱ーい!」
「ああ!」
リビングの、エアコンのスイッチを入れ忘れたことに気付くと、慌ててオンにする。
「あー、洗濯物が外にあるよー」
「げ!」
一旦、作業に集中すると、周りが見えなくなるのは相変わらず。
でも、洗濯機を回して、干してくれただけでも、考君、昔より成長したわよね。
「僕も手伝うよー」
「助かる、ありがとな、凜」
閉めっぱなしの窓を開けて、縁側に出ると、物干し竿から、二人の洗濯物を、手際よく取り込むと、すぐに、ジットリと、汗が噴き出してきた。
「あっついな」
「激アツだね」
「凜、どこで、そんな言葉、覚えたんだ?」
考君は、ギャンブルは一切やらないけど、お義父さんは、無類のギャンブラーで、パチンコで、一時期、その収入だけで、新車を購入したって聞いて、正直、少し引いたけど、でも、とってもいい人なのよね、考君に似て。
「おじいちゃん、言ってたー」
「親父、凜に変な言葉を、ったく」
エアコンが効いてきて、汗が少し引くと、服を丁寧に畳んでいく。
凜ちゃんも、器用なもので、考君と同じように、自分のTシャツを綺麗に畳んでいた。
すごいわ、凜ちゃん。
私なんか、凜ちゃんと同い年の時、家の手伝い、したことなかったもの。
これは、将来、頼もしい旦那さんになるわね、きっと。
「おわったよー」
「おお!速いな」
自分の分が終わると、次はタオルに取り掛かる。
丸く立つように、収納を考えた方法を実践するなんて、感心しちゃう。
そうこうしてる間に、全部畳んじゃった。
二人でやると、ホントに早く終わるわね。
暫くすると、機械の声で、
『オ風呂ガ沸キマシタ』
アナウンスと音楽が流れると、
「よしっ、入るぞ!」
「あーい!」
待ち侘びたように、二人は、お風呂場に直行する。
ゆっくり入って、疲れを取って下さいね。




