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第22話 触れられない大切な家族、それでも……。

 「ただいま」


 スティーブが声を掛けると、


 「あっ、お帰りなさい、所長」


 何も考えず振り返ると、持っていた散水ホースの水が大袈裟なほど、スティーブの服を濡らした。


 「わったった」


 勢いで後ろに倒れ込むと、


 「す、すみません」


 ホースのロックを外して、水を止めると、慌てた様子で、サーシャが駆け寄り、


 「ははっ、まいった、まいった」


 怒るでもなく、突然のハプニングに、顔が綻ぶと、身体が程よく冷えて、脳内が鮮明になったのか、


 「ちょっと閃いたよ」

 「え?」


 サーシャは何のことか解らず、ハテナ顔をしていたが、濡れた服のまま、自室に籠もると、スティーブは透明なボードに、常人には理解不能な、数式や文字を走り書きしながら、頭に浮かんだアイディアを形にしていく。


 一度、そのゾーンに入ると、寝食を忘れて、新しい玩具を与えられた、幼児のように熱中してしまうため、サーシャは、少し心配な表情になったが、幾度も経験することで、その対応策は熟知していた。


 サーシャは、スティーブに頼まれていた、データの整理と、抽出作業に取り掛かると、ブックマークの表示があるファイルから目を通した。


▼Case.4 宮原(みやはら) 詩織(しおり) Aged 26


 西暦2018年 7月18日 水曜日 日本


 孝太郎(こうたろう)さん、凜(りん)ちゃん。


 私は二人に触れることが出来ない。


 六年前のあの日から、私の時間は止まってしまった。


 若年性乳がんを患い、治療の甲斐もなく、私は二人を残して生涯を終えてしまった。


 人は死んでしまったら、それで終わりと思っていたけど、私はこうして存在していた。


 でも、こんなに辛いなんて思わなかった。


 「パパー」


 凜ちゃんが、考(こう)君を呼んでいる。


 「どうした、凜?」


 私が死んでからも、考君は凜ちゃんを男手一つで立派に育ててくれている。


 慣れない育児にもめげず、お父さんの愛情を一心に受けて、凜ちゃんはスクスクと、真っ直ぐな向日葵のように、溌剌とした表情を見ると、私は、この人と結ばれて、本当に幸せだったんだと、出会った頃を思い出していた。


 「ママ、天国でも元気かな?」

 「……」


 その言葉を、不意に聞いた考君が、少し、俯くのを私は見てしまった。


 仏壇に飾られた、当時の私の遺影を見ながら、考君は、無理矢理にでも、剽軽な態度を取って、


 「はは、当たり前だろ。ママは食いしん坊だからな。天国で、美味しいご飯を食べまくってるぞ」


 そう言って、考君は、お腹をブヨブヨと動かすと、凜ちゃんは、転げ笑って、


 「あっ、お相撲さんだ、どすこーい!」

 「会えたら、顔も、こーだ!」


 考君は頬を膨らませてオチャラケる。私、そんなに太ってませんよ。


 そう思って、二人の、たわいのないやり取りを、今日も見守っている。


 凜ちゃんも、6歳になって、四月から、小学校に通い、元気に毎日を楽しんでいる。


 考君も、そんな凜ちゃんの姿を見て、前を向こうとしていた。


 私達は、夫婦になる前から、二人で漫画家として生計を立てていた。


 私が絵を描き、考君が物語を紡ぐ。


 二人三脚で沢山の作品を世に出してきた。


 私がいなくなってからは、考君は相方を探さず、一人、小説家として活動していた。


 以前、担当の佐々木(ささき)さんが、自宅に来て、漫画家を続けるよう、説得してくれたけど、考君は、


 「僕の文章は、詩織の絵があって、初めて漫画になるんです。他の作家と組む気はありません」


 って、普段、怒ることなんて、滅多にない考君が、佐々木さんを一喝した顔、私、今でも忘れないわ。


 嬉しかった。


 そこまで、私の書くキャラクターを、愛してくれて。


 ほんと、嬉しかったんですよ、あなた。


 それでも、佐々木さんは、考君を見捨てず、文芸部の知り合いに、声を掛けて下さって、小説家としての道を残してくれたのよね。


 考君は、小説の執筆と、育児を一人でするって、考君の両親と、私の両親に言った時は、本当に心配したんですからね。


 慣れない育児と、締め切りにも挫けずに、ううん、本当は大変だったのは解ってた。


 でも、考君は私の分まで、凜ちゃんを立派に育ててくれた。


 親に頼らなかったのも、私達が住む場所から、距離も時間も離れた、地方に住む、親の負担を考えてのことよね。


 「パパ」

 「うん?どうした、凜」


 凜ちゃんが、仏壇の前で、私を指差しながら、


 「お盆って、死んじゃった人が会いに来てくれるんだよね?」


 凜ちゃん、どこで、そんな事覚えたのかしら。


 私は不思議そうに、凜ちゃんの顔を見るが、まったく疑うことのない、屈託のない眼差しを見て、考君は、少し困ったように、髪の毛を摩って、


 「よく知ってるな、凜」


 そう言って、インクが染み込んだ、大きな手で、凜ちゃんの頭を優しく包むと、少し悲しそうな表情をして、


 「もう少しで、お盆だからな、ボチボチ、支度しなくちゃな」

 「支度って、ナスとかだよねー」

 「お、よく知ってるな」

 「前もやったモン、覚えてるよー」

 「ははは、凜は記憶力がいいな」

 「へ、へーん、だ」


 凜ちゃんは得意げに、戦隊モノのキメポーズを取る。ふふ、様になってるわよ、凜ちゃん。


 この年頃の男の子が好きなモノって、ホント、昔から変わってないわ。


 考君の子供の時の写真にも、同じようなポーズで、お祭りの夜店で買って貰った、お面を付けながら、ヒーローになりきってたものね。


 親子揃って、似てるわ、ほんと。

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