第16話 戦闘準備
「はぁ?記憶喪失ってこと?」
冗談半分で、呆れた様子のアーチェが、少し心配そうに尋ねると、
「う、うん」
クラインが頷くと、
「まぁ、いいや。詳しいことは、集合した時に聞くわよ」
と言って通話を切った。
「クライン君、何だって?」
シフォンが、丸いテーブルに料理を置くと、アーチェは苦笑いしながら、
「キングが、頭でも打ったらしいわよ」
「え!」
アーチェとは、明らかに違う反応で、シフォンが心配そうな顔をする。
その表情の変化を見逃さなかった、アーチェは、すぐに、
「大丈夫だって、シフォン」
「で、でも」
オロオロと、食器を持つ手が、おぼつかなくなるほど動揺していたが、
「あのキングだよ、シフォン」
勇気付けるように、強い意志を込めた言葉で、アーチェは言ってのけると、
「う、うん、そうだよね」
不安の気持ちは次第に消え、何時ものシフォンに戻ると、
「さ、食べましょう」
「あーい」
バランスの良い、健康的な献立が食卓に並び、鼻孔をくすぐる、香ばしいスープを飲みながら、そうそう、とアーチェが、
「キングの誕生日、来週だったよね」
「うん」
カレンダーを見ると、キングの誕生日には、可愛く、ピンクの花丸が書かれていた。
「プレゼントする物、決まった?」
「……」
シフォンが顔を赤らめて俯くと、アーチェは、小悪魔のような笑みを浮かべ、
「ラブラブですなぁ、シフォンさん」
そう囃し立てると、シフォンは、困ったように、可愛らしくはにかむと、そのリアクションに満足したアーチェは、
「喜んで貰えるといいね」
さり気なく、応援の言葉を掛けると、
「ありがと、アーチェ」
ほんわかとした空気が、二人を包み込むと、楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。身支度を整えると、集合場所へと向かった。一方、その頃。
キングは射撃場にいた。
現実世界とは違う、生身の身体で行う、諸々の動作の確認のためだ。
クラインはベンチに座って、炭酸飲料を美味しそうに飲みながら、ノンビリとしていた。
「さて、と」
まずは、シューターを無造作に発射する。
弾を制御する、背中の機械から供給される、エネルギーの消費量を確認。
「なるほどな」
すぐに感覚を覚えると、次は、変身して移動しながら、目標物まで一気に距離を詰める。
慣れない感覚だったが、そのスピード感のある、経験したことのない疾走感に、
「いいねー」
素速く人間の姿に戻る。
最後に、シューターの射程距離を確認して、
「よし!」
初心者なら、ゲームのチュートリアルを、こんな短時間でマスターすることは、不可能であったが、他ならぬ、キングの適応能力は群を抜いていた。
その光景を見ていたクラインは、
「流石だね、キング君」
感心して近付くと、
「はい」
キンキンに冷えたペットボトルを渡し、
「サンキュー」
蓋を開けて、一気に飲むと、
「かぁー!堪んねぇな」
一汗掻いた後の、冷たい炭酸飲料は、喉を潤し、熱を帯びた肉体を、一気にクールダウンさせた。
「はは、お酒飲んだお父さんみたいだー」
ケラケラ笑う姿を見て、最初にクラインが、自分に気付いてくれて良かったと、心の底から感謝した。
クラインのスマートフォンから、通知音が鳴ると、
「二人とも、到着したって」
「お、おお」
キングにとって、記憶がないため、全くの初対面となることもあり、
「あ、あのさ……」
「え?」
これから一緒にバトルする、フレンドのことを、クラインに聞こうとするが、何故か、羞恥心が沸き起こると、モジモジと、恥ずかしそうにしていた。
普段は、空気を読むことが不可能なクラインが、そのボールを見事にキャッチすると、
「アーチェちゃんとシフォンちゃん、時間通りだね、さっすがー」
名前から女子だと解ると、キングの緊張はマックスになる。
現実世界では、女子と話す機会など皆無で、女性で、まともに会話を交わせるのは、母親ぐらいのモノだった。
冷や汗がツーッと、背中に流れる。
「お、おい、クライン君」
「君?」
テンパったキングは、思わず、君付けするほど動揺し、アワアワと、挙動不審に視線が泳ぎ、縋るように、
「俺、じょ、女子が……」
「へ?」
「だ、だから……」
「うん」
一呼吸置いて、
「苦手なんです!」
ハァーっと、思いの丈を吐き出すように、キングが、クラインの肩をガシッと掴むと、その手は、ブルブルと震えていた。
「まった、またー」
プッと吹き出すと、クラインが、
「プレイボーイで、女の子に大人気のキング君が、苦手って、ププッ、もうっ、笑わせないでよー」
ツボに入ったのか、その場で、腹を抱え、笑い転げているクラインを見て、心の中で、
(は?俺がプレイボーイ?、え?何だよ、その無茶苦茶な設定は!冗談じゃねぇ、リアルじゃ、まともに、女子に、声も掛けることも出来ねぇんだ、俺はよぉ!)
これから、否が応でも、女子と会話しなければ行けない試練に、身の毛がよだつ思いだった。
しかも、二人確定の状況は、キングにとって、あらゆるゲームの難易度より苛酷な物だった。
「早く行こ!」
クラインに手を掴まれ、
「ちょ、ちょ、まっ!」
引きずられるように、射撃場を出ると、歩行者天国の中央、ロビー近くで、二人が談笑しながら待っていた。




