第9話 闇なべ通り商店街へようこそ!
「売るのも買うのも借りるのも、命担保に自己責任って、冒険者ギルドで教わりませんでしたか」
迷宮都市ボアダムの東地区は、血気盛んな冒険者が最も多く出入りしている雑多な街だ。
流れ者や孤児の巣窟であるスラムと、下級市民街もボアダムの中で一番大きい。
そして闇ギルドが経営する風俗業の店舗が軒を連ねる混沌街があって、この通りにはそんなやつらが利用する商店が多くある。
暴力的で向こう見ずで、名誉と金と性への欲望にギラギラしている。
そんなやからを相手にする商売人が、王都の貴族御用達の商館みたいにおっとりしているわけがないじゃないか。ねえ?
僕の言葉に、ミノタウロスがぎくりとした顔で呟いた。
「ま、まさか……この店は」
僕はにっこり笑う。
ボアダム東地区を訪れたよそ者たちが冒険者がギルドで真っ先に教わるのは、迷宮テラで生き残るためのノウハウではない。
この街、とりわけこの店がある通りを利用するときの注意事項である。
〝安全は自分で守る意識の盾、スライム一匹命取り〟
これは迷宮にいる魔物は街の外にいる魔物よりも強いから、初めて迷宮に潜るときはスライム一匹にも油断するなという教訓である。
それと同じような意味で、ボアダムの冒険者ギルドではおのぼりさんな冒険者に伝えている。
〝安全は自分で守る意識の盾、文句一言命取り〟
これは酷いことをされた店にもクレームを入れちゃいけませんと言っているわけじゃなくて、文句を言うにしてもよく考えて言わなければ文字通り命を取られてしまいますよ、という注意喚起である。
冒険者ギルドは注意しましたからね、あとは自己責任ですよとも言っている。
ミノタウロスにも覚えがあったらしい。やれやれとズボンの尻についた土汚れを払いながら立ち上がった僕を凝視しながら、四角い顔を青ざめさせた。
「闇なべ通りの店、なのか……?」
そう。ここは勇者たちお墨付きのカオスな都市の、さらに彼らの変態性が煮詰まったボアダム東地区闇なべ通り商店街だ。
鍋の中に甘い物も辛い物も、タワシなんて食えない物まで入れて煮込んだ料理。
鍋からよそった具はそれがたとえ非食材でも完食しなければならないという、えぐいルールがあるあの鍋料理の名前を冠した通りだ。
こんな古くて小さい魔導具屋でも、古くなるほど続いてきたということは、つまりその闇なべルールをきちんと守ってきたからこそ。
冷や汗をだらだら流しながら上擦った声で呟いたミノタウロスへ、僕は近所のおっちゃんおばちゃんたちに評判が良い笑顔を向けてうなずいた。
「自分が選んだタワシも食えないでクレームつけるやつは魔王だろうがケツ毛まで毟る、闇なべ通り商店街へようこそ! そして商店街でもまあまあ老舗の魔導具店にご来店ありがとうございます!」
この辺りに用がある人間は、魔王のケツ毛うんぬんの僕の言葉が真実だってよく知っている。
冒険者ギルドだけでなく、ボアダムに入る前の門前審査通過後に忠告されるから。
だから多少のお守りになるはずだと思って、あの商店街オリジナルレザーチャームをミリムちゃんに渡したのだ。
「いや……まさかそんな、ここが闇なべ通りの店とは露知らず……」
一見するとただの商店街のようだから、わからなかったとしても不思議じゃない。
特にうちの店は闇なべ通りでも冒険者ギルドに近い場所にあり、じいさんが作る収納の魔導具目当てに冒険者たちもよくやってくる。
ポーションも置いてあるし、収納の魔導具以外の冒険者用の魔導具も売っている。
アーロン君に売ったようなサングラスやエアコンみたいに、一般的な魔導具も各種取り揃えている。
だからミノタウロスさんは、冒険者用か、地元住民用の普通の魔導具屋と勘違いしたのかもしれないね。
だけど暴力はいけないよ。暴力は。
はたきの柄を肩でトントンと弾ませながら、倒れた拍子に擦りむいた肘を男に突き出し首を傾げて聞いてみる。
「で、お客さん? お客さんの暴力のせいで僕の繊細な肌が傷ついたんだけど、どうしてくれます?」
――ぽん。
僕の言葉が終わると同時に、ミノタウロスの肩に大きな手が置かれた。




