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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
1章 ある晴れた昼下がり、闇なべ通り商店街から続く道

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第6話 今それ言う?

 ヒョロロロロ……と鳴きながら、名前をよく知らない鳥が青空を飛んでいく。

 太陽の周りには、その鳥以外に雲ひとつない。


 ミナトが音もなく去っていったあと、店の前の通りは人が途切れた。

 きっとみんな暑くて外を歩きたくないのだろう。魔石狩りの会場からはまだ音楽が聞こえてくるけれど、心なしか音色に元気がない。


 影と涼しさが恋しくなった僕は、よろよろと店の奥へと引っ込んだ。

 そして水を張ったタライに足を突っ込み、だらしなく木の椅子に座った状態のままうめく。


 我が店の看板猫である黒猫のハクが、金色の目を嫌そうにしかめて店の奥にある住居部分に逃げていった。タライの水が跳ねてヒゲに水滴がついたらしい。ごめんて。

 愛猫にお詫びのオヤツでもと思ったけれど、今は指先の一本だって動かしたくない。


 正面では扇風機がカタカタと小さな音を立てながら首を振っている。

 暑いなか文句も言わず働く健気な魔導具である。


 本当なら首を固定して風を独占したいんだけど、隣で僕と同じように椅子に座ってタライの水に足を突っ込み、だら~っと溶けている男がいる。

 仕方なく風を分け与えてやっているのというのに、残念ながら感謝の言葉は聞こえてこない。


「そういや、今日は昨日より暑いらしいぞ」


「……アーロン君ってさ、昔っからいつも〝今それ言う?〟ってこと言うの、得意だったよね」


 ただでさえ暑い……というかもう熱いといってもいいくらい暑くて熱いのに、これ以上煮えたぎりそうな情報なんかいらない。


 隣で溶けている大きな男をじろりと睨むと、やつはメンテナンスを終えたばかりの遮光用眼鏡型魔導具――〝サングラス〟の奥から僕を見返してきた。


「対応にえらい時間がかかってたが、スライムがまたなんかエロいことしてきたのか、それとも文句言ってきたのか」


 問いかける薄黄色いレンズの奥の瞳は死んでいる。


「その〝また〟って言うの止めれる? 一度もなんもされてないからね?」


 前回オッタヴィアーノさんがきた時のことをうっかり話してしまったことを、僕は後悔した。

 話した時もなんかすっごい怒られたし、なんなのさ。


「じゃなくて、オッタヴィアーノさんは粘度アップポーション買って、お駄賃くれて帰ってった。詫びだってさ。時間がかかったのはミナトと話してたからだよ」


 僕がそう答えると、アーロン君はじっとこちらを見て呟いた。


「ミナトが、来てたのか」


 アーロン君と僕とは同い年の二十三歳で、ミナトは僕らの一個上。全員幼馴染みの間柄だ。お互いによだれと鼻水を垂らしながらうーあー言っていた頃からの仲。

 だというのに二人が一緒にいるところをここ数年見てないし、僕がミナトの話題を出すといつもこんな感じの妙なリアクションをとる。思春期かな。


「なんて言ってた」


「改変期後にテラの階層が増えてるかもねって話と、改変期のせいでテラから漏れる魔力が増えてて魔物型住民の理性がやべーことになってるからトラブルになんないように気をつけなさいねって」


「……そうか」


 自分から聞いたわりに、内容に全然興味がなさそうだねアーロン君。

 呼吸するだけで暑いのに、ちゃんとミナトとの会話の内容を説明した僕って偉いと思うんだ。


 まあ不正は許されない冒険者ギルドの受付嬢と、不正は飯のタネな闇ギルドの構成員であるアーロン君。

 仕事柄距離をとっているのかもしれないし、単純に喧嘩でもしたのかもしれない。


 もしくは男女のあれやこれやがあったのかもしれない。

 どれが原因でも二人の間に挟まれて気疲れするのは嫌だから、そっとしておこうと思って早や数年である。


 今日もまた、アーロン君のリアクションをスルーしようと決めた。暑いし。

 アーロン君も僕と同じように暑さに負けたのか、ミナトの名前を聞いて少し強張っていた背筋から力をふと抜いて、椅子の背にもたれかかった。


 この男は昔から暑いのが大の苦手だった。

 だけど闇ギルドの構成員という職業柄、どうしても暑苦しい黒スーツを着なきゃならない。


 きわめてグレーだけれど、闇ギルドはべつに犯罪者集団というわけでもないから、病院や研究施設関係者の白衣や司法関係者の制服みたいに、勇者が〝闇ギルドの人間はこれを着る〟と定めた制服があるのだ。


 ちなみにサングラスはべつに闇ギルドの制服ではない。ただ凝る人は凝る品物で、魔導具だからそれなりの値段がする。うちの魔導具店の主戦力のひとつでもある。

 そしてアーロン君のサングラスの具合を調整したのは僕である。うちは魔導具屋なので、売った魔導具のメンテナンスも引き受けているのだ。


 ただアーロン君がたいして不具合のない眼鏡を持ち込んだのは、うちの扇風機が目当てだったということは考えなくてもすぐわかる。扇風機から離れないんだもん。


 魔導具は高価なのだ。どこの家にもあるというわけじゃない。うちはほら、魔導具屋だから。

 この猛暑じゃあ、下級市民街やスラムではもうすでに何人か死んでるんじゃないかな。


「事務所か店に行けばエアコンがあるのに、なんでわざわざ扇風機しかないうちにくるの」


 アーロン君の所属する闇ギルドは風俗関係に強い。

 そしてうちの店でタライに足を突っ込んでだらだらしている姿からは想像できないが、それなりに出来が良いらしいので、アーロン君は上から店を何店舗か任されている。


 上流階級のお客さんも多いらしい。だから常に快適な空間で快楽を提供するため、アーロン君の店ではうちの扇風機よりも数段レベルの高い魔導具、エアコンが完備されている。僕が設置した。


「店は今臨時休業中だ。節約のために店の魔導具は警備関係を除いて全部止めてある」


「なんでまた。アーロン君の担当の店ってなんだっけ?」


 僕が首を傾げると、アーロン君は遠くを見ながら無表情に息を吸った。


「快楽の触手館、いぼいぼのにゅるにゅるでナカぐちゅぐちゅしないでぇ」


 急になんて?

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