第5話 気のせいじゃないかしら
「ではセタは、ボアダムのサブダンジョン〝エンバー〟であれば、ダンジョン探索もできるのかしら」
「クソくらえ」
ノータイムで吐き捨てた僕を、ミナトが無言で見返してくる。
「あー……だって僕は魔導具屋の店番だよ? ダンジョンに潜るのが冒険者の仕事。ミナトはギルドの受付嬢として冒険者のサポートをするのが仕事でしょ? 同じく僕もその冒険者に魔導具を売るのが仕事」
僕は家業が魔導具屋だったから漠然と、まあ家を継ぐというか、じいさんの跡を継ぐんだろうなと思っていたけれど、ミナトはずっと冒険者ギルドの受付嬢になるのが夢だったのだ。
用意されていたからそれを選んだ僕と違って、ちゃんと自分で調べて選んだ夢に向かってしっかり準備して叶えたミナトを、僕は尊敬している。
オーガの小指みたいにちっちゃかった頃からの将来の夢を叶えた僕ら……というか、ミナト。そんなミナトにはぜひとも思い出してほしい。
僕らのその仕事は、ダンジョンに突撃することじゃない。
「だからその領分を無視するのは良くないじゃん」
「この世から冒険者がいなくなって、ギルドもなく、物資も潰えそうで、老若男女問わず救いを待つ人がいて、動ける人がセタしかいなくても?」
「どしたの今日は? えらく突っかかるじゃん」
はぐらかそうとする僕をじっと見てくるミナトの目は、真冬の花の先端についた氷の朝露みたいだった。
太陽の光を拡散し、プリズムをあたりにまき散らす。
現実には何も眩しくないのに反射的に目を閉じそうになって、僕は細めた目をゆっくり瞬かせてため息をつく。
「……そんな極限状態で僕にどうしろっていうの。それで僕がダンジョンに挑んだところであっさり魔物に殺されて、結局地上の人間も死にましたってオチが目に見えるね」
「無事に物資を得て帰還するかもしれないわ」
「知らないよそんなの。僕は僕の可能性に賭けるほど自分を信用してないの。それなら最初から、誰にも負担がかからない全滅のほうがよくない? ダンジョンに行くくらいなら、毒でも飲んで死んだほうがまし」
周りの人間は僕に賭けたんでしょ。
僕がダンジョンに挑むか挑まないかを含めて賭けた。そのためにそいつらが僕へどんな働きかけをしようが、ダンジョンへ行くか行かないかを決めるのは僕だ。
そして僕が自分らにとって都合の悪い選択をしたとしても、〝ダンジョン嫌いの魔導具屋店番に賭けた〟のは自分なんだから、バッドエンドも飲み込むべきでしょ。
空から落ちてきたクッキーを食べて自由を奪われ、巨大スライムの餌食になった双頭のネズミを思い出す。
餌に食らいついたのは自分、その結果を受け入れるのも自分。
ここは……この世界は、自己責任で回ってる。
それがどんなに周りからダサく見えようと、そう思われること込みで僕はダンジョンには行きたくないし、行くくらいなら本気で死んだほうがましだと思ってる。
「そう」
ミナトは腰に手を当てて、生け簀から飛び出してしまった魚を見るような目で僕を見た。
不愉快には思わなかった。僕も僕と話していたらそういう目で見ると思うから。
だけど八センチヒールのせいで物理的にミナトに見下ろされているのは腹が立つ。
小さい頃から身長を競ってきた仲だ。抜いて抜かされて、結局同じ身長で決着がついたはずなのに、そのヒールは卑怯じゃないかな。
小さい頃からの夢を叶えて六年前に冒険者ギルドの受付嬢になったミナトは、客観的に見て確かにその制服がよく似合う。
クールな容姿も相まって、悔しいけど凶器みたいなヒールも魅力的な美女だ。
「それにしても、やっぱり今日もミナトの周りだけ涼しそうだね」
夜中なら発光しそうなくらい白い肌やら、白に近い銀色の髪の毛やらのせいで、この幼馴染みはとにかく見た目が涼しそうなのだ。
どことなくひんやりしていて、側に立つと冷気が伝わってくるような気すらする。
僕の言葉に、ミナトは表情を変えないまま十五度ほど首を傾げた。
凍った湖のような透明に近い薄い水色の瞳の中で、銀の混じった藍色の瞳孔が大きく丸く開いている。
「いいえ。セタも知っているように、私は魔法が使えないの。そして誰も私を魔法で攻撃している様子はないわ」
「うーん? そうだね、知ってるよ」
「特定の人物の周りだけ涼しくなるという現象は、大抵は魔法が原因よ。だからセタのその感覚は、気のせいじゃないかしら」
「おー。だなあ、うん」
ミナトよ、比喩って知ってるか。という言葉はのみ込んだ。いつものことだからだ。
顎と同じ高さでパツンと一直線に切りそろえられている真っ直ぐな髪の毛が、ミナトの性格を表しているような気がする。
つまり、直線的で融通がきかない感じ。
おまけにその瞳の色と同じように、表情が変わらず全く温かみがない。
「で、なんか用だった?」
「用がなければ来ないわ」
当たり前でしょうと氷のような瞳でじっと見つめられ、そういえばこの子は世間話という単語も知らないんだったと思い出した。
「最近、テラから漏れた魔力のせいで空気中の魔力濃度が上昇し、そのせいで魔物型市民の理性が保たれず、トラブルになることが増えているの。冒険者ギルドの注意喚起を伝えにきたのだけれど、先ほどのスライム型市民とのやり取りを見ていたら、セタに関しては問題ないことがわかったわ」
「ああ、へーきへーき。オッタヴィアーノさんは普段から温厚だし」
ミナトが凍てついた視線を僕へ向けた。
「温厚な人物は、人に媚薬入りクッキーを食べさせようとはしないわ」
「えー、よく知ってるね。あのスライム、僕以外にもクッキーばら撒いてたの?」
そんでやっぱりあれ、媚薬だったんだ? と僕が首を傾げると、ミナトは小さくため息をついた。
この暑いのに、冷ややかな目のせいで白い息の幻覚が見えそうだ。
「まああれよ、 悪いスライムじゃないよ。僕が店番をしてるとたまにお駄賃をくれるし。あれはほら、その魔力濃度のせいだったんじゃない? 勇者の従魔だったんだし、エロ特化ビルドが不具合起こしたんでしょたぶん」
知らんけど。
なんならこの街の最低賃金すらくれないで僕に店番させるじいさんより、普段のオッタヴィアーノさんはよっぽど人間味があるんじゃないかな。
「それに最近はいつも店にアーロン君がいるし」
店の奥に視線を向けながらそう言うと、ミナトは水色の目を瞬かせた。
「今日も魔導具のメンテナンスがどうのこうのって理由をつけて朝早くから来て、自宅みたいにくつろいでるよ」
僕とミナトのもう一人の幼馴染みは、僕なんて小指一本で簡単にひねり潰せる強さを持つ、ガタイの良い男である。
両親が老舗闇ギルドの構成員で、本人もそっちに勤めていた。
用心棒としても冒険者としても一流。僕とミナトがテラに挑んで大敗した時に、ボロボロの僕を回収してくれたのもアーロン君だ。
そしてそんな男がしょっちゅうこの店に入り浸っていることも、周囲はよく知っている。
「相変わらず仲が良いのね……」
ミナトは目を細めて店の奥を眺めたあと、長い足をさっとスライドさせて店から離れた。
「え、アーロン君に会っていかないの?」
僕の問いかけに、ミナトは「彼には用がないわ」と太陽光より光り輝くおかっぱの銀髪を揺らして肩をすくめた。
僕が社交という言葉も忘れてしまった幼馴染みにあきれていると、ミナトはさっさと冒険者ギルドのあるほうへ歩き出し、振り返りもせずに灰色の尻尾を一度だけひらりと振った。




