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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
3章 迷宮テラが見せる願いと欲

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第53話 幸せを願った

 ジュリアンちゃんを包んだ黒い霧の塊がふっと消えた。

 黄泉かあの世か、地獄。たぶんそのあたりに行ったんだろう。


 現実離れした光景を目の当たりにして強張る僕の隣に、ミナトが立った。

 魂をジュリアンちゃんにスライスされて抜け殻になってしまったヤマガタ・ディディエを見つめて、ミナトが呟く。


『セタの称号スキルの力は、死者の願いを叶えるためになら使えるというものよ』


「うん? うん。ミリムちゃんの願いを叶えるために、僕の力があってよかったよね」


 ミリムちゃんが守り通した魔石をクレアさんに渡すという願い。

 魔力の大半を失った僕には、いくらダサくても剣と鎧を装備したヤマガタ・ディディエの相手はきつかった。


 ミリムちゃんの最期の願いのためなら怪我をしたってかまわなかったけれど、万が一魔石が壊れたり、僕がヤマガタ・ディディエに殺されてしまったりしたら目も当てられない。だから運よく僕に使える力があってよかったと思う。


『勘違いをしているわ。セタが死者の願いを叶えるために使った、死者の力――〝死者が生前身に着けていた能力〟は、私の〝能力〟だった。そしてセタが言った〝ミリムちゃんの願い〟は、私にとっては〝依頼〟よ』


 ミリムちゃんのところへ行こうとしていた僕の足が止まる。


「え、じゃあ僕が叶えた〝死者の願い〟は……」


『私の願いよ』


 八センチ上にある水色の目を、僕はとまどいながら見上げた。


『〝セタガヤを害する者の排除〟が私の願い。死ぬ間際に願ったの。あなたが生きている限り、その生を害するものを許さないと。それが私の願い』


 そう言って、ミナトは薄氷のような水色の目で僕を見た。睨むような視線だった。

 僕はその言葉にびっくりしたけれど、ちょっと照れてもいた。


 だってそれはミナトの優しさだと思ったから。


 幽霊になっても僕の前に現れて、冒険者ギルドで聞いた情報を伝えてくれていたのと同じように、〝排除〟は僕への優しさなんじゃないかなって。少なくとも僕はそう感じた。


『あなたはもう二度と魔法を使えない。魔導具だって作れない。生きるのに精一杯の魔力しかない。あなたはテラで傷ついた。私のせいで……私の、せいで!』


「……」


『ずっと後悔していたし、あの時のことを忘れて過ごすあなたに、私の死を伝えなければとずっと思っていた。だけど言えなかった。セタが思い出さなければ、私はあなたの中でだけは生きていられたから。けれど……』


 ごめんなさい。と、ミナトは小さな声で言った。


 冬の夜に雪の一片が地面に落ちたみたいな小さな声。

 言葉通りあふれるほどの後悔が含まれて、小さいけれど重く響いた。


 だから僕が〝排除〟から感じたミナトの優しさは、やっぱり僕の全くの勘違いで、ミナトは僕への罪悪感のせいで願いを〝排除〟としたのかもしれない。


 リッチキングを倒すために限界以上の魔力を注いだ風魔法を放ったせいで、僕の魔力は生きるのにギリギリの量しかないから。

 その原因を作ったのは自分だと思って悔やんでいるのかも。


 だとしたら申し訳ないな。

 僕がしくじったのが悪かったんだ。


 もう少し周りを見ていたら……その前に、もっと根性を入れて魔導具作りに励んでいたら、ミナトが一個の指輪に執着することもなかったんだから。


 だけどそれは全部、僕らが選んだ結果だ。

 ミナトと僕がそろってしくじった結果がこれなんだ。


「いいよ。僕こそごめんね」


 忘れててごめん。

 僕だけのほほんと生きててごめんね。


 本当の原因は、ミナトの指輪を盗んだ先輩受付嬢だと思うけど。

 ミナトの心は眉の上で直線に切られた髪と同じくらい真っすぐで硬いから、きっと全部が自分のせいだと思って、死んでも死にきれなかったんだろう。


 そういう原因と結果と気持ちを、全部背負わせて五年でしょ。長かったよね。

 だからごめん。


 答えた僕の声が軽すぎたのかもしれない。ミナトは八センチ上から僕のことを真っすぐに見下ろした。

 その薄水色の視線は、空から重さをともなって一直線に降る氷まじりの雪みたいに冷え冷えとしていた。さすがに僕も居心地が悪くなって、ミナトの視線から目をそらし、倒れたミリムちゃんへと再び近寄る。


 赤紫色のアジサイが、静かに首を垂れていた。


 ミナトは『はあ……』と大きくため息をついてから、柔らかくなったミリムちゃんの手から魔石を受け取る僕へと言った。


『だから、私の力を使うのなら、結果は〝排除〟よ。こんなふうに残酷な結末になることもあるわ。覚えておいて』


「へーきへーき。気にしないよ」


 青くて大きな魔石をズボンのポケットにしまい、僕はミリムちゃんを抱き上げた。

 ミリムちゃんの背中が地面から離れると、草の匂いが微かに香る。


 眠っているように穏やかな表情。ふっくらした頬が僕の肩に当たって、見つけられて良かったなって思った。


「ヤマガタ・ディディエにとっては残酷だったけど、ミリムちゃんにとっては幸いだったし。力を使うっていうのは、そういうものでしょ」


 悪意に勝つためには正義だけじゃ足りないことも、僕はよく知っている。


 正義だけで人が助かるのなら、ロドニーのおっさんはどれだけの人間を救ったことか。きっとタカハシさんはジュリアンちゃんを救えていただろうし、ミリムちゃんは死ななかった。


 でも現実はそうじゃない。

 

 誰かにとってミナトの〝排除〟は悪意かもしれないけれど、僕にとってのミナトの〝排除〟は優しさで。僕のために振るわれる〝排除〟の剣で、誰かが傷つく代わりに誰かがそれで救われる。少なくとも僕は助かる。


 だから全然いいよ。

 かまわない。気にしない。


 誰かの排除を願うミナトの願いは、僕にとっては生々しく正義だ。


 この感覚はもしかしたら、ボアダム以外に住んでいる人たちにはわからないかもしれないな。

 だけどボアダムに少しでも腰を据えて住んだことがあるやつなら、きっと肯定はできなくても、否定もできないんじゃないかな。


 願いと欲は紙一重で、幸と不幸も裏表。

 誰かにとっての願いは人によっては強欲で、自分の幸せを願った裏では誰かが不幸になっている。


 ミリムちゃんとヤマガタ・ディディエの遺体を見て、僕はつくづくそう思った。


 一方は幸せを願った。一方は幸せの阻止を願った。

 字だけ見れば幸せを願ったほうが正しいように思えるけれど、ヤマガタ・ディディエはそのためになんの非もないミリムちゃんを殺し、ミリムちゃんは自分のものを守っただけだ。


 そしてミリムちゃんは僕に第三者の幸せを願った。

 母親であるクレアさんに、自分が死んでも守り通した魔石を渡し、それで〝この国の人になるけんり〟を買ってくれるようにと願った。


 クレアさんは幸せになれるかな。


 ミリムちゃんがいない世界。

 死んだ娘から与えられた平穏な日々に向き合わなきゃいけない母親は、幸福な人になれるのかな。


『報われるといいわね』


 僕がミリムちゃんを抱き上げて部屋の出口へ向かって歩いていると、僕と歩幅を合わせて音もなく隣を歩くミナトが呟いた。


『私も大事なもの(指輪)を握りしめて死んだから、ミリムちゃんの気持ちがよくわかるわ』


 だから、報われるといいわね。と、ミナトがあたたかな笑みを浮かべた。

 僕もそう思った。


 そうであってほしいと、願った。

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大事な人がいなくなってそれでも前に進む辛さ
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