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欲望まみれの僕らの日々は、勇者NAISEI後の世界のせい  作者: 万丸うさこ
3章 迷宮テラが見せる願いと欲

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第51話 ゆびきりげんまん

 銀色の髪をふわりと揺らし、『おねえちゃん』と、足元にいたミリムちゃんが僕を見上げながら言った。


『犬耳のおねえちゃんが言ってたの。セタガヤおねえちゃんは前に、りっちきんぎゅっていう魔物を冒険者になってすぐに倒したから、テラに〝幽霊と話せる〟って称号をもらえて、特別なんだって。おねえちゃんなら今のミリムの声が聞こえるから、おねがいしてみるといいよって』


 とつ、とつと、頭の中を確認するように、ミリムちゃんが文字を区切って言う。


 称号ってなんだよ。そんなのもらった覚えはないと思う前に、ああ、それでわかったと納得することが多くて嫌になった。


 アーロン君とミナトが話さなくなったこと。

 称号スキルの使い方。

 ゼノビア・ジェーンと話していた時に聞こえた〝深紅の恩讐〟の称号スキルが発動するときの金属音。

 冒険者ギルドのギルドマスターが、部屋に入ってきた僕に驚いていたこと。そして彼が僕を称号持ちだと言ったこと。


 ミナトの家族が僕を見てびっくりしていたのは、雨でずぶ濡れの姿に驚いたからじゃなかったんだ。僕がミナトに呼ばれてきたと言ったから。


 ミナトは自分が死んでいることを知っていたんだ。だから家族の夕飯に、自分はいけないと言ったのだ。


 どんな気持ちで言ったんだろう。

 ミナトからは家族の様子が見えるのに、家族からは認識されない自分に、どういうふうに折り合いをつけたのかな。


 それでどうして、僕を夕飯に招いたの。

 食卓にひとつだけ欠けた席。絶対に一緒には食べられないのにどうして。


『ミリムね、死んじゃったの。あの人がね、ミリムをね、殺したの』


 あんまりなめらかじゃない子供の澄んだ高い声のおしゃべりって、なんでこんなに胸が痛くなるんだろう。


 うん。

 僕がミリムちゃんの目を見てうなずくと、その水色の目が涙で潤む。


『おっきい魔石を見つけた時にね、よこせって言って、ミリムの首をね、ぐってしたの。苦しかった。ミリムのだからイヤだって言ったら……ママにこの国の人になるけんりを買ってあげるやつだからね、イヤだって言ったら、ミリムはイノシシだから、と……とりふ? を探すブタみたいに、魔石を人間に渡せって』


 ミリムちゃんの背に合わせて屈んだ僕は、さっきから感情と情報の整理がつかないぐちゃぐちゃの頭の中で、プツンと糸が切れる音を聞いた。


 ミリムちゃんを、ヤマガタ・ディディエはトリュフを探す豚扱いしたのか。

 じゃあお前はなんだっていうんだ。


 まさか人間だって言う?

 それって自分が使う金も、魔石も、自分で用意できないゴミの別名?


『魔石魔石ってくりかえしてね、あの人、カバンのなかを見てたけど、ミリムが手に持ってるやつよりおっきいのはなくて、でもミリムの手が硬くなっちゃったから、大声でなにか言ってカバンを外に持ってっちゃった。ミリムのカバン、ママのししゅうがある大事なカバンなの。返してくれるかなあ?』


「……大丈夫。お母さんがミリムちゃんのポシェットを見つけて、僕にミリムちゃんを探してって頼んでくれたから僕はここにきたんだよ」


 ほんと? よかったあ! とミリムちゃんが笑顔になった。


「何を喋ってる⁈ 誰と話してるんだ! お前、あの時会った魔導具屋だな! ジュリアンをはめてマンイーターに喰わせたやつだろう⁈ 他に誰がいる? マンイーターか⁈ 俺のことを喰いにきたのか!」


 ヤマガタ・ディディエがわめきながら、僕のほうを向いて剣をぶんぶん振り回す。

 その姿は腰が抜けていて、喰われる恐怖で顔が引きつっている。


 ジュリアンちゃんが言ったような〝すごい騎士〟には全然見えない。

 追いつめられた今の様子じゃ、テラの地下十五階でうろうろしているのも納得だった。むしろよくそこまで階層を進められたものだ。


 良い剣を求めるよりも、自分の胆力と剣術を磨くほうが先だったんじゃないの。

 そしたらいかに自分がダサいかわかっただろう。


 女の子を騙して貢がせて、その子がマンイーターの餌食になったら尻尾を巻いて逃げ出す卑怯さとか。それなのに打開のための努力もできずに、欲しいからって理由で子供の物を命ごと取り上げるクソさとか。


 僕だって自分が道徳的に正しいなんて微塵も思ってない。ロドニーのおっさんに比べれば悪いほうだと思う。だけど手を出しちゃいけない領域はわかっているつもりだ。


『ミリム、ぜったい渡したくなかったから、死んでもはなさなかったよ』


「うん」


 アジサイの下で手足をバラバラの方向へ向けて横たわるミリムちゃんの顔は強張っている。最期に味わった理不尽と、痛みと、苦しさのせいだけではなくて、死後の硬直のせいもあるだろう。


 ミリムちゃんは死んでも魔石を渡さなかった。最期の抵抗だった。


 唾を飛ばして僕を威嚇するヤマガタ・ディディエの声がうるさかった。

 僕は思わず拳を握りしめた。手の甲に太い血管が浮くのがわかる。短く切った爪が手のひらに刺さって痛かった。


『おねえちゃん、おねがいがあるの』


 露のついた草に滑って尻もちをついたヤマガタ・ディディエへ、僕は視線を向けた。

 剣はかろうじて握ってはいるけれど、そんな体勢じゃまともに振れやしないだろう。


 その握り方でどんな魔物を斬ろうっていうんだ。何を殺せるというの。

 無垢な子供以外の何を?


 ミリムちゃんは懸命だった。自分で決めた目標に向かって、自分の力を使って着実に歩みを進めていた。

 そんな子供の命を自分の欲のために刈り取っておいて、あげくその醜態って、あんまりにもクソすぎるだろう。なあ。


『ママにあの魔石を渡してくれる?』


 自分の遺体が握りしめた魔石を指さすミリムちゃんへ、僕はうなずいた。わかった、僕が届ける。


 そういえばあの時ミナトにも〝僕が指輪を見つける〟と言ったっけ。

 今となっては後悔している。もう一度作ると言えばよかったな。


 だけど僕はもうあの時に、じいさんに比べて収納の魔導具を作る才能がないって折れてしまっていた。

 作るのが難しい指輪型の魔導具を作ったのだとはいえ、思ったよりも物は入らなかった。出来が悪かった。


 入るだけすごいって思うじゃん? だけど僕は〝時の魔導具師〟の称号を継げなかった。自信があったのに、テラに否定されて、僕はそれで完全に不貞腐れてしまったんだ。


 今なら継続が必要なんだってわかる。一度であきらめることの無意味さもわかる。

 もしも作り続けていたら、じいさんの称号は継げなくても、盗まれて捨てられた指輪を探しにテラへ来なくてすんでいたかもしれない。


 また作ってあげるから、素人がテラへ潜るなんて、危険な真似はしないでくれって言えた。もしかしたらミナトはまだ生きていたのかも。


 ああでもそうしたら、ロドニーのおっさんは刑事にはなれなかったな。

 おっさんが刑事になったのは、五年前にミナトの事件を解決したおかげだから。


 だから泣いたのか。

 自分を殺した原因を、ロドニーのおっさんが捕まえてくれたから。

 だからミナトは泣いたんだ。


 僕の前でだけ。

 幽霊のミナトを見ることができる僕の前でだけ、泣いたんだ。


 また感情がぐちゃっとしてきて、吐き気がぶり返す。

 口元を手で覆った僕へ、ミリムちゃんは真剣な表情で続けた。


『それとママに、この国の人になってねって言ってくれる? 大好きだよ、たくさん笑ってねって』


 僕はまた何か、ミナトの時みたいに取り返しのつかない失敗をするんじゃないかって怖くなる。


「……わかった」


 だけどここで約束しなかったら、僕はとんだ腰抜けじゃないか。

 こんなに小さな子が命がけで守ったものを託されて、それで失敗が怖いからできませんなんて。


 ミリムちゃんのお母さんへ、ミリムちゃんが見つけた魔石を渡す。

 僕はミリムちゃんに小指を差し出した。

 ミリムちゃんは満面の笑みで僕の小指に自分の小指を絡める。


 ゆびきりげんまん。


 触れなかった。肉体を持たないミリムちゃんの小指は、ピリッとした冷たさだけ僕の指に残して通り抜けてしまった。


 だけど僕は確かに約束をした。


『ママ、喜んでくれるかなあ……?』


 そう呟いて、ミリムちゃんはふわりと消えた。

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― 新着の感想 ―
あーぁ終わっちゃった
幻影じゃなかっただけよかったのかなぁ 称号の事をアーロン君も把握してたから36話でミナトに聞いた、に普通に受け答えできたのか でもミリムちゃん……あの親娘には幸せでいて欲しかった…… ところで一生…
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