第50話 銀色、灰色、薄い水色
ミナトがいた場所には、大鎌を振り抜いた格好のまま静かに浮く黒衣の白骨。
禍々しい黒い靄をまき散らし、髑髏がこちらを向いた。虚ろな眼窩で僕を見るのは死者の王。
こんな浅層にいるはずもない、リッチキングと呼ばれる魔物。
大鎌の切っ先からは真っ赤な血が滴り落ちて、ぽたん……ぽたん……と草を濡らした。
油断していたんだ。
こんな浅いところに命を刈り取る凶悪な魔物なんか出るわけがないって、僕もミナトも思ってた。
アーロン君を待っていたら何か変わったのかな。でもそうしなかった。
ミナトに「立派な冒険者」だと言われてその気になった。書類上はという意味だと、浮かれず胆に銘じるべきだった。だけど僕は、驕ってしまった。
ユニークモンスター? だって地下二階だよ?
せいぜいスライムの特殊個体とかでしょ。その程度、僕の風魔法だったら一瞬で吹き飛ばせる、って。
そんな油断が文字通り命取りになるって、実感するのが遅すぎたんだ。
吹っ飛ばされたミナトは、まだどうにか生きていた。
胴体は鎌でざっくりと切り裂かれ、腹から内臓が飛び出してはいても、かろうじて、生きていた。拳を握りしめて仰向けに倒れて、生きては、いた。
一瞬で血の気が失せて真っ白になったミナトの顔を覗き込もうと、リッチキングが移動する。氷の上を滑るように、なめらかに。
鎌からは血が垂れて、糸くずのようなコスモスの葉と薄い花弁の上で盛り上がり、やがて表面張力を失って真っ赤に滲む。まるで別の花が咲いたみたいだった。
寒気がした。
今はそこにコスモスは生えていない。代わりに咲いているのはアジサイだ。
ひとつひとつの塊が子供の顔と同じくらいのサイズのアジサイの花。
湿っぽい緑色の影を落として茂るアジサイの木々の足元に、花の塊より小さな顔をこちらに向けたミリムちゃん。
今思い出した記憶の中で、血溜まりに沈んだミナトと同じ位置に倒れている。
空なんてないのに上から光が差していて、木漏れ日のように赤紫の花から漏れた光が横たわったミリムちゃんを照らしている。
麦の穂みたいな金髪が草の上に投げ出され、左の手のひらは天を向き、猫のついた布の靴先は左右で違う方向を指していた。
そして右手は、しっかりとお腹の上で魔石を握りしめている。
子供の小さな手に余るくらいの真っ青な球体。ここにはない晴天を閉じ込めたような濃い青色に、思わず感嘆のため息が漏れた。
色の濃さも大きさも、市場に出れば最上級の魔石として高値で取引されるだろう。
ラン・ティエンに僕が持っていったものよりも質が良くて、これならさすがのマンイーターもきっと満足するはずと思わせる魔石だ。
ああ、よく見つけたなあ。と、僕は思う。
――ほんとう? ミリム、魔石見つけるのじょうずなのかな! このへんにおっきいのありそうって掘ると、ちゃんとおっきいのがあるの。
いつかのミリムちゃんの声が甦る。
見つけたんだな、ちゃんと。望み通りの魔石を。夢のためのものを。
この品質の魔石なら、親子二人が〝この国のひと〟になるための権利は十分買えるはずだ。
だけど母親のクレアさんは喜ばないだろう。
だって一人になってしまったから。
ミリムちゃんの血の気の失せた唇に、金髪と千切れた草が張りついている。
首筋には手の跡。
艶々のどんぐりみたいだった目は濁り、輝きを失って、目元とふっくらした頬には涙が乾いた跡がある。
『おねえちゃん!』
僕がゆっくりと目を閉じると、ミリムちゃんの声が真下から聞こえた。
『おねえちゃん!』
もう一度、無邪気に僕を呼ぶ声。
目を開けると、銀色の髪をふわふわと弾ませて僕を見上げるミリムちゃんと目が合った。
その瞳は氷を削ったような薄い水色で、茶色が濃かった猪耳は、雨が降る前の雲みたいな灰色だった。
視線を動かせば金髪に茶色の耳をして、虚ろな茶色の目をしたミリムちゃんがアジサイの下で倒れている。
銀色、灰色、薄い水色。
ああ、死んでるんだ。
ミリムちゃんも、同じ色をしたミナトも。
死んでいる。
金色の髪は生きていた時の姿だ。
さっきの光景は死者との記憶で、僕は今まで、死んだミナトと会話をして、死んだミナトの姿を見ていたのだと……その色を見て思い出し、理解した。




