第48話 ――合ってるよね?
魔石狩り会場のテラに入って、僕の吐き気は増している。
勇者が言うところの〝俵担ぎ〟で揺られ続けたせいだと思いたい。
入り口の警備は、アーロン君の「通せ」の一言で突破した。
黒スーツが人を担いで迷宮に入るなんて、テラの中で死体にして始末する以外の目的が見出せない。関わりたくないよね。
警備をしていた冒険者二人組は、わざとらしく視線をそらして見ないふりをしていた。ビビってたなー。
持つべきものは勇者遺伝のスキルと黒髪を持った、黒スーツの幼馴染みである。
「で、ヤマガタなんとかの居場所は目星ついてんのか」
アーロン君は入り口すぐ近くのオーブを素通りし、そのまま地下一階への階段を下りた。僕を担いだままである。
「なんとかの部分はディディエらしいよ。ヤマガタ・ディディエ」
階段を下りきっていったん立ち止まったアーロン君は、彼の肩甲骨あたりから僕が発信した情報を鼻息で吹き飛ばした。特にいらない情報だったらしい。まあそうか。
「ミナトは? なんて言ってた。今はいねえのか」
「いないね。ここに来るまでの間にアーロン君が抜かしちゃったのかも」
なにせ勇者遺伝の身体能力でここまで爆走してきたので、担がれて見る風景がハリケーンより速く流れていった。
人の姿なんてもはや線。人混みは線の束。
その線が誰かなんて全然判別できないくらい速かった。
その線の束の中にミナトがいてもわからなかったと思う。揺られてしんどい思いも一瞬で終わった。
なんなら肩にお腹を押されるし、頭に血が上るしで、ゆっくり移動している今のほうがつらい。
「けど、ミリムちゃんのポシェットを見つけた場所は地下二階の奥のほうだって、クレアさんから聞いた」
もうそろそろ降ろしてくれてもいいんだけど……と思いながら言う。
吐き気はあるけど、アーロン君と人混みで会った時みたいな、自分で自分の体を動かせないような感覚はなくなっている。
テラへの気持ちが変わったからというわけではもちろんない。覚悟が決まったっていう感じでもなくて、体調が戻ってきているのは、あきらめが勝ったからだと思う。
もうここまできたらやるしかないじゃん?
「二階か」
呟いて、アーロン君が遠くにある地下に続く階段のほうへ向かって歩き出した。そして歩きながら「お前は、」と話し出す。
「ヤマガタなんとかより先に、子供を見つけるほうを優先するんだな?」
「うん」
うなずいた僕へ、アーロン君は念を押すように言った。
「たぶん死んでるぞ。それでもいいんだな」
「ミナトもそう言ってた。……僕も、わかってる」
そう、わかってる。僕もクレアさんも。
だから来たんだ。そのために来たんだ。
「ならいい」
僕は無言でアーロン君の肩に体重を預けた。逆さになって、アーロン君の革靴が迷いなく階段へ向かって進んでいくのを眺める。
五年前にここに来た時にも通った気がする道だ。
僕は吐き気をこらえつつ、ぼんやりした記憶を引っ張り出す。
テラは地下型の迷宮だ。見かけはただの洞窟みたいだけど、日差しもないのになぜかうっすらと明るい。
通常ならこの辺りでもスライムやコウモリ型の魔物が出現する。魔物とはいえそれほど強くはない。冒険者はもちろん、成人であれば武器の一振りで追い払える程度の魔物だ。浅層にはそういう弱い魔物しか出ない。
「それにしても……本当に魔石だらけなんだな」
アーロン君がきょろきょろと辺りを見回しながら言った。
幼馴染みが景色を見ようと首や肩を動かすたびに、ウエストの圧迫される場所が微妙に変わって気持ち悪い。
担がれて逆さになって見る景色は、記憶の中のテラとは違う。
スライムの代わりに見かけるのは、洞窟の壁や地面から少しだけ顔を出した魔石だ。
どこに光源があるのかわからないのに、色とりどりの魔石はどこかから当たった光を反射してキラキラしている。光物を集めるのが好きなドラゴンの巣の中にいるみたい。
胃に酸っぱいものが込み上げたけれど、でもこの光景は素直に綺麗だと思った。
◇
地下一階へと降りる。
クレアさんの話では、魔石狩りの会期中はあちこちに順路案内の看板が立っていたらしい。
今はそういう器具類は撤収され、期間中に立っていた警備の冒険者の姿もない。
ヤマガタ・ディディエが見回りの仕事を他の冒険者から買ったとミナトが言っていたから、一応見回りや点検をしている者はいるのだろう。
だけどテラは一室がとても広くて、あちこちに小部屋もある。それに続く通路も細かく枝分かれしていたり、部屋より道幅が広かったりする。人は見かけなかった。
「ここもけっこう人の気配があるが、地下二階ってのは合ってんのか。二階のどのへんだ」
「ごめんよくわかんない。クレアさんは冒険者じゃないからテラに慣れてなくて、説明してくれた位置情報は案内看板頼りだし……現場で見ればわかるんだろうけど」
「まあよっぽど空間把握の能力がねえと、素人にダンジョンの説明は無理だよな」
「賛同ありがとう。でも肩はすくめないで……ベルトに当たってお腹が苦しい」
「文句の多い乗客だな。赤ちゃん抱っこちてあげまちょおかぁ~?」
「おやめくださーい」
こっちから顔は見えないけど、たぶんいつもみたいに真顔と死んだ魚の目でそういうこと言ってるんだと容易に想像できる。
降ろしてくれればいいんだよ、アーロン君。
なんでそんな頑なに僕を持ち運びたがるの?
僕が降りようとして肩の上でもぞもぞすると、アーロン君は左手で僕のベルトを持ち直して左肩に固定した。
「降りたいんですけど」
「……てめぇだけがテラにトラウマがあると思うなよ」
〝怪力〟スキルで掴まれた腰はびくともしないし、アーロン君の低い声も僕の動きを止めた。
「血まみれの真っ青な顔で倒れてたお前を、ここから引きずり出したのは俺だ。お前は死にかけて、ミナトは」
「ミリムちゃんは、こっちよ」
逆さになった僕の耳元で、ミナトの声がした。
「ここから行くと下り階段が近いわ」
ハッと顔を上げると、通り過ぎかけた横道を指さして立つミナトがいた。
「アーロン君、ミナトがあっちだって」
僕がアーロン君の背中を叩いてそう言うと、アーロン君は重くて深いため息をついて僕を降ろした。角度のせいか、サングラスの奥の目が見えない。
「俺は一応ざっと一階の気配を確認してから下へ降りる」
「わかった」
足の裏に感じるしばらくぶりの地面の感覚によろめきつつ、僕はアーロン君の言葉にうなずいた。
ミナトが指した道まで歩き出すと、後ろからアーロン君が言った。
「セタガヤにあんま無理させんなって、ミナトにくれぐれもよろしく言ってくれ。また死にかけのお前を担いで脱出するなんて、俺はもうごめんだからな」
振り返ると、アーロン君のサングラスが僕とミナトのほうを見ていた。
サングラスの奥の死んだ魚みたいな目は、僕の隣に立つミナトじゃなくて、僕だけを凝視している。
まるでミナトなんかいないみたいに。
◇
アーロン君と別れてから、ミナトの案内で階段まで行き地下二階に降りた。
そのままミナトに先導されて、細い道を何度か折れつつ進む。
「こっちよ」
そう言って、ミナトが三つに分かれた細い道のうち、左の道を選んで駆けだした。
魔石が顔を出すでこぼこした不安定な地面なのに、なんの苦もなく八センチヒールで進んでいく。
道は狭くて暗い。うすらぼんやりした明かりは照明を絞ったようにさらに暗くなって、魔石の姿もよく見えない。
『問い詰めたら教えてくれたわ』と、先行するミナトが僕を振り返って言った。
『二階の奥にある小部屋のどこかに捨てたって』
豆粒みたいな明かりの中で、ミナトの金髪が振り返った拍子に鋭角的に光る。
「問い詰めたって、ヤマガタ・ディディエに、会ったの?」
右手で奥を指さしながら走るミナトに置いていかれないように、僕は地面を蹴る足の爪先に力を入れた。
早口でしゃべって息が弾む。苦しくて気持ちが悪い。
『何を言っているの? あなただって入り口のオーブで迷宮証憑も得たのだし、あなたのギルドカードを作ったのは私よ。セタは立派な冒険者なのだから、こんな浅い層にいる魔物くらい、魔法で吹き飛ばしてくれるでしょう?』
「……ミナトこそ、なに言ってんの?」
ツユクサのような青い目で僕を見て、ミナトは前方に顔を戻した。
道の先は暗くて、まるで先が見えない。魔物に丸呑みされて腹の中をさ迷っているみたいだ。
かろうじて見えるミナトの犬尻尾を追いかける。ほとんど金色に近い焦げ茶色の太い尻尾を追うと、僕を待って立ち止まったミナトが再び振り返る。
「ヤマガタ・ディディエは、この奥の小部屋にいるわ」
少し光が戻ってきて、奥を指さすミナトの右手で指輪が光った。僕が作った収納の指輪だ。ミナトが大事だと言った指輪。
ミナトの銀色のまつ毛が瞬いて、薄い水色の目がじっと僕を見る。
透明度の高い海の浅瀬か、薄く伸ばして凍った水みたいな色。さっきはこんな色じゃなかった。ツユクサの色だった。
今日みたいな暑い夏の、空の色だった。
『この小部屋にはめずらしく植物が生えていて、物を見失いやすいのだそうよ』
また奥を向いたミナトの髪が金色に光る。
『先輩が教えてくれたわ』
ミナトのあきれたようなため息とともに、彼女の姿が霧のようにぼんやりと霞む。髪色が積もった雪の輝きみたいな銀色に見えた。
「魔石狩りの期間中なら、警備の冒険者が小部屋の入り口に立って〝立ち入り禁止〟と言えば、誰も入らないわ」
「……」
なんだろう。気持ちが悪い。
ミナトの色はどんなんだったっけ。髪の色は銀で、目の色は薄い水色で、耳と尻尾は灰色。――合ってるよね?
でもミナトの家族はみんな金髪で、目の色はツユクサ色で、金に近い茶色の耳と尻尾の犬獣人だ。
つい最近、ミナトにそっくりの顔をした家族と一緒にご飯を食べたばかり。間違いない。
「ここよ」と、銀髪のミナトが部屋の入り口の前で立ち止まった。




