第44話 大捕物
「ジュリアンちゃんの時みてぇに、おめぇらはそいつをどうこうしようって気はねぇのか」
「ヤマガタなんとかさんを? 僕は――というか、ハンナさんもブリギッタ姐さんも、そこはべつにどうでもいいみたい」
バッカスに迷惑をかけたのはジュリアンちゃんだし、メアリーちゃんを傷つけたのもジュリアンちゃんだ。
僕らの直接の知り合いであるロドニーのおっさんを騙したのもジュリアンちゃん。
そうするに至った背景なんて掘り下げたらきりがないし、ジュリアンちゃんを騙した男を正す義理も僕らにはない。ジュリアンちゃんに情なんてもちろんないし。
「うちも特にはねえな。金庫番も今は腹いっぱいだろうし」
「ゼノビア・ジェーンはヤマガタなんとかさんがまた金をせびりにきたら容赦しないだろうけど、そうじゃなきゃ放置じゃないかな。タカハシさんはそもそもジュリアンちゃんのことだって無関係だったのに、それを騙した男なんか、まじでミリも関係ないし」
今回のことで深紅の恩讐を怒らせたってわかってるだろうから、ヤマガタなんとかさんはもうゼノビア・ジェーンには近寄れないだろう。そして闇なべ通り商店街でも買い物はできないと思う。
ジュリアンちゃんのことをハンナさんへ報告したついでに、ヤマガタなんとかさんの人相風体を伝えたのは昨日のことである。わざわざ探し出してどうこうする気はないけれど、もしも向こうがのこのこと商店街に買い物にきて、少しでも問題を起こそうものならすぐさま半分こだ。
そういう事情を考えると、ヤマガタなんとかさんが実はけっこう詰んでいるのではないかということに、僕は気がついた。
警邏につつかれるきっかけになったジュリアンちゃんの事情を探らないはずがないから、もしかしたらヤマガタなんとかさんはグリフォン商会からも狙われているかもしれないのだ。
ラン・ティエンがグリフォン商会の後ろ盾だったナビール国の闇ギルドを抑えているし――しかも、アーロン君が言うには食材効果でけっこうやる気で抑え込んでるらしいから、グリフォン商会的にはなんらかの詫びかけじめが必要って思っているかもしれない。
そういうのって元凶の首がいるとかってよく聞くから。
ラン・ティエンか、ナビール王国の闇ギルドか、グリフォン商会がどっちに首を渡そうとするかは知らないけど。
しかもミナトが言ってたけど、ヤマガタなんとかさんの故郷ってナビール王国かもしれないんだよね。
これ、故郷にも帰れないんじゃないの。
「逆に味方もいないんじゃないかな。うちの商店街と、深紅の恩讐とマンイーターに嫌な名前の覚えられ方してるやつ、僕だったら絶対関わりたくないもん」
「俺もごめんだな」
僕らは一昨日のことを何も隠していない。
入口で出迎えたジュリアンちゃん以外の女の子たちは個室に入ってこなかったけれど、店の中に気配はあった。個室で有力者たちがどんな話をしたか、そこでどんなことがあったのか、誰の名前が出たかを彼女たちは知っている。
そして口止めをされていないのなら、自衛のために話題を共有し、そこで話題になった人間となるべく関わらないようにするだろう。
女の子たちの横の繋がりは案外強いって、ブリギッタ姐さんから聞いたことがある。
だから混沌街ではこれからきっと、主に女の子のいるお店から、ヤマガタなんとかさんの名前は警戒対象として広まっていくはずだ。
誰だって喰われたくない。
「そいつは俺も嫌だなぁ」
オリーブ色の目をシパシパと瞬かせ、ロドニーのおっさんも首を横に振った。
「だけどな、そいつはジュリアンちゃんを騙してたんだろ? 残念ながら今は証拠もねぇが、次に何かしたら許さねぇ。いや、できないようにしてやらなきゃならねぇ」
キリッとした表情でそう言うロドニーのおっさんの背後では、地面に落ちたトサカを一枚一枚拾い集める警邏隊の若い職員と、それを取り返そうと三輪車から降りた全裸男たちの攻防戦が繰り広げられている。それを視界の端で捉えつつ、僕は首を傾げた。
「ジュリアンちゃんのために? いまさらあの子にそこまで親切にする必要ってある?」
いやまあ……と、おっさんは少しだけ眉尻を下げた。
「確かに嘘をついたジュリアンちゃんが悪い。それは確かだ。けどなぁ。だからって、ジュリアンちゃんが騙されたことを軽く考えてもいけねぇ。俺は刑事だからな」
そう言われてしまったら、僕らはもう何も言えない。ロドニーのおっさんのポケットに二百万ギルが入った封筒がある理由は、おっさんのその考え方があったからこそだ。
刑事になる前、警邏隊の制服組だったころから、おっさんは理不尽や不条理に敏感だった。誰かが卑怯な誰かや理不尽な何かのせいで泣かされることを許せないタチ。
だからこそ、病気という理不尽によって父娘が苦労していると聞かされて、なんとかしたいと思ったのだろうけれど。
同じ理屈で、良い目にも悪い目にも遭う。その馬鹿みたいに素直なところをちょっとは直してほしいと思いつつ、ロドニーのおっさんの裏表のなさに、僕とアーロン君は顔を見合わせ、ふーっとため息をついた。
「おめえらがヤマガタには用がねぇっていうなら、これから俺がそいつのことを徹底的に調べて、きっちり反省させてやりてぇ。それが本人のためになるはずだ」
「おっさんがそう言うなら、うちは手ェ出さねえよ」
アーロン君がそう言って、両手を小さく胸のあたりまで上げた。
この迷宮都市ボアダムにおいて、権力という意味では警邏隊の力はあんまり強くない。ここは勇者たちとテラによって発展してきた都市なのだ。
だから警邏隊に捕まるよりも、冒険者に投資する投資家の女王や闇ギルドの金庫番、冒険者の生活を支える商店街に睨まれるほうがよっぽど大人しくなるだろう。
アーロン君が手を出さないと言ったのは、力関係では上位にある闇ギルドから、下位にある警邏隊であるおっさんが動くことへの了承だ。
普通ならこんなにあっさり〝好きにしろ〟とは言われない。
だけどロドニーのおっさんは、警邏隊に蔓延する、ある種の諦念を払拭した実績がある。だからおっさんは各方面からそれなりに認められていて、ある程度の自由が利くのだ。
五年前、冒険者ギルドの力が強いこの迷宮都市ボアダムで、ロドニーのおっさんはギルドの受付嬢が起こした事件を見事に解決したことがある。
解決の一報を聞いてミナトが僕の前で泣いた、あの事件だ。
受付嬢は新人の後輩受付嬢を虐め、彼女の大事なものを盗んだ。そして自分の恋人である冒険者に頼んで、その盗品をテラへ捨てさせる。そして盗まれたものを取り返そうとテラへ入った後輩は命を落とした。
冒険者ギルドの中で起こった事件である。本来なら冒険者ギルドによって、その事件は綺麗になかったことにされるはずだった。
だけど後輩受付嬢の家族と顔見知りだったロドニーのおっさんは、業務上の事故死として処理された娘の哀れと無念を親から聞いて奮い立って、先輩受付嬢とその恋人の罪を暴いて冒険者ギルドの責任を追及した。
犯人二人は犯罪奴隷となり、ギルドマスターはクビ。この前僕が会ったギルドマスターは、その事件のあとにやってきた後任だ。
あの事件があったあと、ボアダムの地元住民にとっては住みやすくなったと思う。
いくらなんでもありのボアダムだからといったって、アーロン君やうちの商店街の姐さんたちみたいに、報復手段を持っている住民ばかりが住んでいるわけではないのだ。
少なくとも自分たちが理不尽な目に遭ったとき、話を真剣に聞いてくれる人がいるという事実は大きい。
このボアダムでジュリアンちゃんのことを思って動いてくれるのは、ロドニーのおっさんだけだろう。
「じゃあヤマガタなんとかさんを見かけたら、おっさんに渡せばいい?」
ついに三輪車を没収され、全裸の男たちがロビーの隅に追いつめられた。
ネックレスから千切れ飛んだトサカを拾い集める警邏隊員の隣を、バスタオルを持った職員が慌てた様子で通り過ぎていく。丸出しだからね、隠さないと。
「おお。それでなんで人を騙してまで剣のための金が必要だったのか、徹底的に聞いてやる。ジュリアンちゃんのことをどう思ってたのか、こういう結果になっちまって、どう思っているのかも」
自分の背後で行われている大捕物を最初から最後まで全く気にすることなく、ロドニーのおっさんはため息まじりに続けた。
「……反省してくれると、そいつのためにもなるんだがなぁ」
◇
警邏隊の署でロドニーのおっさんと別れ、昼ご飯をアーロン君におごってもらって僕は店に戻ってきた。
長く続いている魔石狩りも今日の午前中でおしまいらしい。三輪車を取り上げられて泣き叫ぶ男たちを見ながら、ロドニーのおっさんが帰り際に教えてくれた。
出現する魔石の数が減ってきていて、そろそろテラが通常状態のダンジョンに戻るようだ。
魔石狩りで小金を持ったやつらが最後に馬鹿をやらかすから、署は満員御礼だと。
いやそのトサカネックレスの男たちは、小金があるからやらかすそういう類の馬鹿じゃないと思う。
「じゃあなんだ、あいつらは生粋の馬鹿だっちゅうのか」とおっさんは鼻を鳴らしていた。
うん、そうだと思うよと僕とアーロン君はしっかりうなずいて帰ってきた。
商店街には、まだ魔石狩りの会場から流れてくる客で混雑している。
うちの魔導具屋と串焼き屋の前にも人だかりができていて、相変わらずマルクスフィットチーネがぬるりぬるりとチラシを配っている。
「おかえりなさいッス」
ポーションを買っていった客へ釣銭を渡しながら、ローザが言った。
そして眉尻をへにょりと下げて、「お客さんッスよ」と店の奥を視線で示す。ローザの前髪を二つに分けて留めるピンク色のハートの髪飾りが、夏の光をキラキラと弾いた。
ローザのその視線を追って奥に目をやる。
カタカタと扇風機が風を送る室内は、外の光に目が慣れた僕には普通以上に暗く見えた。
その扇風機の前で立ち尽くして僕を待っていたのは、黄色いポシェットを胸に抱えたミリムちゃんのお母さんだった。
嫌な予感がした。




