第43話 ベタンベタン
あれから二日後。
「そうか、俺は騙されていたのか……」と、ロドニーのおっさんが腰に手を当ててうつむいた。
警邏隊のロビーは人でごった返していて、おっさんに会いにきた僕とアーロン君に注目する人はいない。
ニワトリのトサカで作ったネックレスを何重にも首にかけて子供用三輪車でロビー内を爆走する全裸の男たちのほうに、この場の全員の視線は注がれている。そりゃそうだ。
僕だって真面目な顔でロドニーのおっさんにうなずきながら、意識は三輪車の男のドライビングテクニックに釘付けだもの。なんなのあの集団。
「ラン・ティエンは有名だからな。それが久しぶりに食材を手に入れたっちゅう噂になってたから、こっちも気にしてたんだが」
恐ろしいことに、おっさんは成人男性が乗った三輪車が急角度でカーブする姿は気にならないらしい。
膝が痛くならないのかとか、股関節丈夫すぎるとか、僕は気になってしょうがないけど。
「まさかそれが、ジュリアンちゃんだったとはなぁ」
こめかみから頬に落ちた汗を拭って、おっさんが呟く。
「そんでうちの金庫番から、これをおっさんへ」
アーロン君が差し出した茶封筒は分厚く膨らんでいる。中身は金だ、二百万ギルに少し色をつけた額。
最初にラン・ティエンから渡された封筒は白地に金箔がギラギラしていて、流麗な文字で『食事代として』と書かれていたから、僕とアーロン君で急遽そこらへんにあった普通の茶封筒に入れ替えたのだ。
よりにもよってその文言。封筒に散った金箔から上機嫌な様子が仄見えて怖い。
地獄でしか通用しなそうなセンスだ。
封筒の中を確認したロドニーのおっさんが、しなびたオリーブのような目を見開いた。
「なんの金だ、これは」
「おっさんがジュリアンちゃんに貢いだ金だね」
「ジュリアンちゃんが返してくれたのか?」
「まあ、ある意味そうだね」
そう言って、僕は一昨日ネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部であった出来事を話す。
おっさんは集まった面子を聞いてぎょっとして、そのあとジュリアンちゃんが自らマンイーターを選んだことにうなだれた。
「貢いだとは思ってねぇんだ。騙されたことにも怒ってねぇ。俺がそうしたかったからしたことだからな。病気の親父と、それを支える健気な娘の親子二人が不幸な目に遭わねぇようにって、助けたかった。それだけだったんだ……」
僕とアーロン君は顔を見合わせた。お互いの頭に浮かんだのはジュリアンちゃんのおっさんへの言葉だ。
〝性欲ギラギラさせてだるい説教かますクソオヤジ〟とか言ってたっけ。タカハシさんを拒否したことといい、本当に見る目がなかったよね。
〝嘘つき〟のスキルが生えるほど嘘ばっかりついていたから、他人もそうだと思ったのかな。
この世の人間は誰も彼もみんな、自分を含めて嘘しか言わないって。
それでも唯一信じたのが酒場組の男で、だけどやっぱりジュリアンちゃんに言った言葉は嘘だった。
自分の経験や危機感よりもそいつの言葉を信じた結果、食材になった。
僕が怨むなら、あの時ネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部にいた面子じゃなくて、そいつを怨む。
もしくは自分を。
そいつを信じて選んだ自分の愚かさを。
「余命いくばくもねえ悲劇の親父がいなくてよかったじゃねえか」
「そうだなぁ……。けど、これは受け取れねぇよ」
コートの袖でゴシゴシと顔を拭いてから、ロドニーのおっさんはうなずいた。肩を落としたしょぼくれた中年親父を映した僕の視界の端で、裸三輪車の男たちがニワトリのトサカネックレスを振り回している。
一昨日の酒がまだ脳に効いているのかな。なんか胸が痛いのも、二日酔いをまだ引きずっているからかもしれない。
「でもそのお金は、メアリーちゃんへの迷惑料でもあるからね」
僕は顔を上げたおっさんへ、闇なべ通りの店に勤めるおっさんの娘をわざわざジュリアンちゃんが訪ねてきて、暴言を吐いたことを伝える。
ますますおっさんの肩はしょぼくれて、下唇が前に突き出した。
「お気に入りのメアリーちゃんを馬鹿にされて激おこだったのは、ブリギッタ姐さんとハンナさんだけじゃなかったし」
あとから聞いたらバッカスの常連客の間で話が回っていて、もうあとちょっとで闇なべ通り商店街にあるけっこうな店の店主が徒党を組んでネズミっ娘ちゅうちゅう♪ 倶・楽・部に突撃するところだった。
つまりジュリアンちゃんは半分こどころか、もっと細かく体を分割されるところだったのだ。まあ今頃、ラン・ティエンによってそうなっているのかもしれないけれど。
闇なべ通り商店街の店の店員に難癖をつけたということに怒っているのは当然として、メアリーちゃんを傷つけたことをみんなは怒ったのだ。父親のことを悪く言われて傷ついたメアリーちゃんのために、みんなは怒った。
ロドニーのおっさんがメアリーちゃんにとって良い父親だったから、変な女にその父親の尊厳を傷つけられ、嘲笑われたから。メアリーちゃんをかわいがっていた常連客達は怒ったのだ。
僕にとってのミナトと同じだ。
「おっさんがそのお金を受け取るのが複雑っていうなら、メアリーちゃんにあげなよ。馬鹿な親父のせいで嫌な思いしたんだからさ。結婚資金としてはケチが付いたけど、金はあって困るもんじゃないし」
三輪車がすごい音を立てて転んだ。ドリフトしそこねたらしい。
空中に飛んだトサカネックレスの糸が千切れて床に飛び散り、ベタンベタンと嫌な音を立てている。
「……わかった」と、ロドニーのおっさんは茶封筒をコートのポケットに突っ込んでうなずいた。
「それで、その、ジュリアンちゃんが騙されたっちゅう、ヤマガタって男についてだが」
うつむいてポケットを上からグッと押さえつけたおっさんは、頭を上げるとすでに刑事の顔に戻っていた。




