第41話 望むもの
鬼気迫る目が僕らの間をさ迷う。
その視線を追いかけると、ジュリアンちゃんが猛烈な勢いで取捨選択をしているのがわかった。
そして最初に除外されたのは僕だ。
僕というより闇なべ通りのハンナさんとブリギッタ姐さんが、ジュリアンちゃんの選択肢から外れた。
まあそりゃそうだ。
闇なべ通りを選べば、体が上半身と下半身で綺麗に半分こされてしまう。
我が商店街のお姉様二人がどういう手段で人体を半分にするのかは知らないけれど、命が無事なわけがない。
次にジュリアンちゃんの焦げ茶色の視線が外れたのは、ゼノビア・ジェーンだった。
ゴブリンの巣を割り出すおとりになるということは、巣へ連れ去られるということだ。
すぐに救出されればいいけれど、そうでなければジュリアンちゃんは何代か前の勇者が描きちらしていた〝薄い本〟の登場人物と同じ末路をたどることになる。趣味悪いんだ、あれ。
「……」
ジュリアンちゃんがチラリと隣に座ったアーロン君の横顔を見た。
そしてボサボサになった前髪をそっと整えながら、これ以上見たくないというように唇を引きつらせてうつむく。
魔物の餌係、という話を聞いてから、ミノ太郎さんが目を伏せたまま動かない。
初めてアーロン君と出会った時のことを思い出して、自分に重ねちゃったのかな。よかったね、餌になったのが地上に住む人型の魔物で。しかも自分が絶倫で。命拾いしたね。
それにしても水棲触手かあ。ローザが植物型の触手を全滅させたあとに購入した触手かな。スライム型にしなかったのか。ローザのショーの出演はいつかな。
夏だし、死ぬほど暑いし、水を感じるそういうお店があってもいいかもしれない。爽やかだよね。
爽やか――だよ、ね?
「……キモッ」
そしてジュリアンちゃんは、うつむいたままタカハシさんからも目をそらした。
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな呟きから察するに、タカハシさんの見かけに嫌悪感を抱いたのだろう。
タカハシさんが伸ばした何本かの腕を無視したジュリアンちゃんは、最後に視線をラン・ティエンへと移した。
それを察したラン・ティエンが、春の日差しのような笑みを浮かべる。
それを鏡越しに見ながら僕は、やっぱりジュリアンちゃんならそうだよねえ……と思った。
「ぼくを選びますか?」
立ち上がって左手を胸に当て、右手を王子様のように差し伸べたラン・ティエンへ、ジュリアンちゃんが魅入られたようにふわふわと手を伸ばした。
テーブルの上でしゃがむ僕の横を通り過ぎ、まるで舞台に上がるようにテーブルの上に立ったジュリアンちゃんがラン・ティエンの手を取った。
すかさずラン・ティエンが彼女を自分のほうへ引っ張り、優しく降ろす。
そしてラン・ティエンはジュリアンちゃんを抱きしめ――
「あはははは!」
と、背をのけぞらせて笑った。
「この女、ぼくを選びましたよ! 今まで何を見聞きしていたのでしょうね! ふふふ、よりによってこのぼくを!」
アーロン君は苦笑して、ミノ太郎さんは青ざめている。
鏡に映ったゼノビア・ジェーンは、ワイングラスいっぱいに注いだ酢を一気飲みしたような表情だ。
タカハシさんの触角が本当に悲しそうに、しょんぼりと下がった。
「ふふふふ。ごらんなさい、君の選択を憐れむ彼らの顔を」
ジュリアンちゃんの背後から拘束するように抱きしめ直したラン・ティエンが、右手で彼女の顎を掴んで上を向かせる。
僕は机の上にしゃがんだまま、膝に頬杖をつき上半身をひねってジュリアンちゃんを見上げた。そして胸に込み上げてきた、ちょっとした安堵をため息にして口から吐き出す。
ラン・ティエンが自ら「よりによって」と言う通り、本当にジュリアンちゃんは最悪の選択をした。だけど僕は思う。
「あーあ、やっぱりね」って。
だと思ったって。
ジュリアンちゃんならそうすると思って、僕は彼女に選ばせた。
本当に彼女に選択の自由を与えるのなら、選択肢の中に〝彼らの世話にならず別の場所で金を作って返す〟という項目を入れるべきだった。
だけど僕はそうしなかった。
そして自分の感情を優先させて行動を選択するジュリアンちゃんなら、きっと〝問い返す〟とか〝詳細を聞く〟なんてことをせず、与えられたもののなかから選ぶと思ったから。
だから僕はあの時、あえてラン・ティエンと彼の元へ行った後のことについて、具体的なことは言わなかったんだ。
だって僕は、ラン・ティエンと約束をしたから。
僕は彼に〝グリフォン商会とその背後にいるナビール王国の闇ギルドを抑えてほしい〟と願った。その代わり、ラン・ティエンは僕へ〝彼の望むものを調達する〟という条件を課した。
勇者時代からその存在を知られるラン・ティエンの〝望むもの〟は有名だ。
本人に聞かなくても、この街の人間なら彼の欲しいものは全員が知っている。
「……あ、っ……ぅ……」
ラン・ティエンに顎を掴まれたまま、ジュリアンちゃんが僕を視線だけで見下ろした。
頬の肉が口の中心に寄って、すぼめた唇を突き出したひょうきんな顔になっている。笑ってしまった。
ラン・ティエンは、ジュリアンちゃんが自分のところへくる条件を何も言わなかった。
ただ「ぼくを選びますか?」と聞いただけだ。王子様みたいに微笑んで、手を差し伸べた。
それを救いの手だと思った?
この混沌街で無条件の救いの手?
そんなものがあるわけないじゃないか。
「僕が闇なべ通りの関係者だって気づかなかったみたいに、ほんとに会話を聞いてなかったんだね。これまでの会話で、ラン・ティエンが一番えぐいこと言ってたのに」
ミノ太郎さんのスキルを使って、馬やタコと人間を番わせて新しい生き物を生み出したがっていた。欠損や改造が性欲に繋がる男。
アーロン君の所属する闇ギルドの金庫番、称号持ちの投資家。自分の欲望に忠実な、無邪気な男。
「ラン・ティエンって名前に心当たりもなかったのかな。ミノ太郎さんはどう?」
僕が頬杖をついたままボアダムにきてからまだ日の浅いミノ太郎さんへ問えば、彼は牛面を青ざめさせてぷるぷると首を横に振った。
「ラン・ティエン殿といえば、〝マンイーター〟という称号持ちの……その、触れてはいけない街の重鎮であると……。ただ、うかがった内容と目の前の穏やかなご様子の男性とは全く結びつかず」
言いながら、ミノ太郎さんはうなった。
「もしや、同姓同名の別人では? と、少々自信はなく。しかしながら万が一を考え、おそらく自分であったなら……選ばなかったのではないか、と」
「賢明だわね。ボアダムで生きようっていうなら、ラン・ティエンは基礎知識よねえ。下手に触れば文字通り、喰われるんだから」
酒臭い息を吐いて笑うゼノビア・ジェーンの言葉に、ミノ太郎さんがまたぷるぷると小刻みにうなずいた。
そう、勇者時代からその存在を知られるラン・ティエンの〝望むもの〟は有名だ。
本人に聞かなくても、この街の人間なら彼の欲しいものは全員が知っている。
人間だ。




