第40話 楽しいでしょう?
アーロン君はあっさりうなずいた。
「できるぞ。働かせればいい」
「でもここ、まだグリフォン商会の店なんでしょ。なんでか貸し切り状態で邪魔も入らないけど、本来ならこんなふうに別の闇ギルドのアーロン君たちがのんびりお酒飲めるとこじゃないし、そのお店の子を簡単にどうこうはできないんじゃないの」
僕の疑問に、ジュリアンちゃんが少しだけ顔色を取り戻した。
「グリフォン商会なあ。今そいつは警邏への対応が忙しくて、その原因になった店のケツ持ちなんかしてられないらしいぞ」
ロドニーのおっさんが張り切って警邏を動かしてグリフォン商会をつつき回しているから、この店は見放されたらしい。
「深紅の恩讐の援助もあって俺がこの店を買い取ったから、この店の女たちは全員うちの従業員だ。だからどこで働かせようが俺の勝手」
「あ、じゃあもしかしてアーロン君とこのギルドが、グリフォン商会と友達だったナビール王国のほうの闇ギルドもちゃんと抑えてくれた感じ?」
ラン・ティエンに目を向けると、彼は水色の目を細めて僕に小さくうなずいた。
あの廃病院みたいな不気味な家で話した通り、彼は約束を果たしてくれたらしい。
なら僕も、ちゃんとラン・ティエンの〝欲しいもの〟を手に入れるようにしっかり働かないと。
じゃなきゃ契約不履行で僕が喰われちゃう。
「この店はさっき話に出てた性豪のための店に改装する予定だから、女どもは別店舗に異動させるつもりだ。なんならこいつには、新しく購入した水棲触手の餌係を任せようかと思ってた。息継ぎ用のホースくらいは支給してやる」
アーロン君の親切な言葉に、ジュリアンちゃんが青ざめた。
グリフォン商会も、商売がしにくくなった発端や事情は把握しているだろう。アーロン君が店を買い取ることを許したのは、ジュリアンちゃんや彼女を管理できなかったこの店への報復でもあるのかな。
権利と縄張りの問題がないなら、僕にも提案がある。
「じゃあうちの商店街に出向させてもらえるかな。花屋のハンナさんとバッカスのブリギッタ姐さんが、ジュリアンちゃんを半分こして魔冬虫夏草と自家製酒の素材にしたいって」
そしたらたぶん素材料を二人からもらえるはずだから、それをロドニーのおっさんに渡せばいい。
「あら、それなら……」
ジュリアンちゃんの背後の鏡に映ったゼノビア・ジェーンが、わざとらしく目を見開いて言った。
「あたしのとこで働かせるのでもいいわよ。あたしも勝手に投資家ごっこに名前を出されて迷惑したし、迷惑料はロドニーちゃんへ二百万の返却で勘弁してあげる」
鏡越しに目が合ったゼノビア・ジェーンの金粉まじりのルージュが、大きく弓形につり上がっている。女王様は楽しそうなご様子。
「あたしが投資しているクランへ、ゴブリンの大規模な殲滅依頼がきてるのよ。大量発生してるのに巣の位置は不明だから、巣の場所を割り出すためのおとりくらいになら使えるでしょ」
アーロン君と僕とゼノビア・ジェーンの提案に震えはじめたジュリアンちゃん。その怯えた様子を見たラン・ティエンが優しい声を出した。
「それが嫌なら、ぼくのところはいかがでしょう」
「ソレはサスガに可哀想でハナイカネ。ロドニー君は懐ノ深い男だカラ、君ガ自ら出頭シテ反省スレバ悪いヨウにはシナイハズダ。一人デ自首しヅライトいうノナラ、私が付キ添ッテもイイ」
全員の言葉を聞いたタカハシさんが、触角を気遣わしげにわさわさ揺らした。
「罪ヲ償ッたラ、ウチノ店で働キナサイ。君ガ真面目に罪ヲ償うト誓うノナラ、私ガその二百万ヲ立テ替エてアゲヨウ」
僕は商店街の代理だけど、他のみんなは違う。金と人と道徳を、自分の理屈に合わせて自由に動かせる人たちばかりだ。
自分の行く末を勝手に決められても文句を言えない隙を提供してしまったジュリアンちゃんに、それを跳ねのける力はない。
今こそ〝噓つき〟のスキルの出番じゃないのと思ったけれど、肩を強張らせるジュリアンちゃんにはスキルを使う余裕もないようだった。
ヤマガタなんとかさんは、ジュリアンちゃんのこのピンチを知ったら駆けつけてくれるだろうか? と、僕はハトの首元みたいにメタリックに輝く青い髪の男の顔を思い出す。
たぶん逃げるだろう。
幼児に追われる広場のハトみたいに、一目散に羽ばたいて逃げていくはずだ。
無邪気な子供はどうしてハトが逃げるのかわからないけれど、慌てて逃げるさまが面白くて追いかけ回す。
ここにいる街の有力者たちはみんな、それを意図してやっている。無邪気なふりをしてハトを追いかけ、追いつめる。
楽しいでしょう?
ジュリアンちゃんも今、自分が追われるハトだと痛感したはずだ。
彼らはそれぞれ自分のところで働く条件を言った。だけどジュリアンちゃんは、働くことそのものに対して「嫌だ」とは言えない。
ロドニーのおっさんへ取った金を返すことで許してもらえるなら、別の方法で返済したっていいのだ。だけどそういうことを言えるような雰囲気ではない。
彼らのうちのどこかで働くしかない。
――でなければ? 自分はどうなる。彼らはどうする。
アーロン君がジュリアンちゃんの前髪を掴んでいた手を離した。小柄な体ががくんと揺れて、頭が大きく下がる。
鏡張りのドアが開いて、追加の酒が到着した。
シャンパンをひと瓶空けて手持無沙汰だったゼノビア・ジェーンが嬉しそうに笑う。パチンと手を打ち鳴らし、金のバングルが天井からの照明を弾く。
その光が合わせ鏡の中で無限に増殖し、個室はキラキラと黄金色に輝いた。
遊ぼう遊ぼう。みんなでハトを追いかけて遊ぼう。
ジュリアンちゃんがハトね。
じゃああとは誰がハトを捕まえるか決めよう。
そんな声が聞こえてきそうなくらい、無邪気で陽気な明るい酒席。
これからの楽しい遊びについて話しながら、彼らはずっと冷静にハトを観察している。逃がさないように。
僕はテーブルの上でうんこ座りをしたまま、どうしても逃げられないことを悟って浅く喘ぐジュリアンちゃんと視線を合わせて言った。
「選んでいいよ」
ジュリアンちゃんの視線と意識が、パッと僕に向く。
「今まで選んできたんでしょ。自分でヤマガタなんとかさんに貢ぐって決めたんだよね。そのためにロドニーのおっさんを騙そうって決めて、おっさんがむかつくからって、その娘の前で馬鹿にしようって決めて店へ行ったんだもんね?」
わいわいと楽しそうに話していたゼノビア・ジェーンたちの声が止んで、彼女たちの意識も僕へ向いたのがわかった。
「全部自分で選んできたんだよね。その結果がこれだけど、じゃあ最後まで自分で選んだらいいよ。みんな寛容だからさ。そのくらいは自由にさせてもらえると思うよ」
そう言って僕は微笑んだ。
ジュリアンちゃんが誰を選ぼうが、彼女がロドニーのおっさんからとった二百万ギルは返ってくるだろう。うちの商店街のハンナさんやブリギッタ姐さんを含めて、ハトを追い回す側にとって二百万ギルなんてたいした金額じゃない。
ジュリアンちゃんが誰に追われて捕まえられようが、二百万がロドニーのおっさんの手元に返ってくるという結果は同じ。
それなら彼女が自分で決めたらいいんじゃないの。自分が飛んでく方向を。
誰に捕まえられたいか。
「アーロン君のところで触手の餌係をするか、闇なべ通りで半分こになるか、ゼノビア・ジェーンのところでゴブリンの巣を割り出すためのおとりになるか、ラン・ティエンやタカハシさんのところで働くか……――」
僕の言葉をなぞるように、ジュリアンちゃんの視線がさ迷う。
血の気の引いた白目に血管が浮いているのは、さっきみたいに怒りのせいじゃない。この選択で自分の運命が決まるから。
その選択でもしかしたら本当に自由を手に入れられるかもしれないよ。
だから慎重に考えたほうがいい。
「この選択肢のなかから――どれを選ぶ?」と、僕が首を傾げると、ジュリアンちゃんの小さな喉がごくりと鳴った。




