第39話 〝嘘つき〟
「〝今だけ特別価格〟ってやつに飛びつくババアの心理と一緒じゃねえか?」
首を傾げて話す僕らを無視して、ジュリアンちゃんは机の向こう側の席に噛みついた。
「アンタ!」と、身を乗り出してジュリアンちゃんが僕の背後に視線を飛ばす。
「アンタ、深紅の恩讐でしょ⁈ カレが会ったって言ってた! すぐにでも投資してくれるって!」
ゼノビア・ジェーンが眉をひそめた。
「どこのどいつよ、それは。あたしが毎日どれだけの冒険者と会ってると思ってんの」
「ナビールの騎士、や、ヤマガタ・ディディエよ!」
「あ、やっぱりジュリアンちゃんの〝カレ〟ってヤマガタなんとかさんなんだ。事前連絡なしでゼノビア・ジェーンの屋敷に突撃して、追い払われて樽で塩まかれてた人」
そのあとその第一印象を覆すような何かがあって、投資をすることにしたのかな。と思ったけれど、鏡に映ったゼノビア・ジェーンの顔は嫌悪感で歪んでいる。
ヤマガタなんとかがジュリアンちゃんから金を引っぱるためにふかしただけなんだっていうのが、すぐにわかった。
「あんなダサい男に出す金なんて鐚一文ないわよ。あたしの名前を詐欺や投資家ごっこで勝手に使うんじゃないわ。気分が悪いったらありゃしない!」
ゼノビア・ジェーンが獰猛に怒鳴って、グラスになみなみと注いだシャンパンを豪快にあおった。
「え……深紅の恩讐は……お金……だしてないの……?」
対してジュリアンちゃんは、弱々しい声で呆然と呟いた。
「だって、深紅の恩讐から投資を受けるのに、自力でこんだけ稼げるっていう証明金が必要だって……だからアタシ、オッサン騙して金もとったし、貯金も全部、渡したのに……」
「投資家が冒険者に金を出させてどうすんのよ」
心底あきれたようにそう言って、鏡越しのゼノビア・ジェーンはそっぽを向いた。
「騙されちゃったねえ」
僕もあきれたし、ジュリアンちゃんの前髪を掴むアーロン君もため息をついた。
鏡越しに見えたタカハシさんは長い触角を下げて、ちょっとジュリアンちゃんに同情気味。
ロドニーのおっさんのことを知らないミノ太郎さんは、騒動に巻き込まれないように身を小さくしている。
投資家でもあるラン・ティエンは、「証明金って!」と大笑いしながら黒スーツに追加の酒を頼んでいて、あんまり興味がなさそうだ。
〝嘘つき〟のスキルが生えるまで人を騙してきたのに、自分が吐いた嘘と同じような言葉に騙されるなんて。馬鹿なんだろうか。
それともそれがジュリアンちゃんの必勝法なのかな。嫌な印象を逆転させてギャップで感情を揺さぶるテクニック。
悪いこともしたけれど、実はか弱くて騙されやすいかわいそうな女の子。じゃあ次は泣くのかな。
「うっ……ううー……アタシ……ぐすっ……アタシは……っ、騙されただけで……」
ああ、やっぱり泣いたわ。
そんで泣いたところで、って感じだったわ。
ジュリアンちゃんの事情とか、僕には心底どうでもいい。
ジュリアンちゃんはヤマガタなんとかさんに確かに騙されたのかもしれないけれど、だからってそいつに投資するって決めたのは彼女自身だ。
そのためにロドニーのおっさんを含め罪なきオヤジたちを騙すと決めて、まんまと金を巻き上げたのもジュリアンちゃん。
わざわざメアリーちゃんに会いに行って、ロドニーのおっさんをおとしめたのも。
僕はそれが気に入らない。
全部自分で決めたんでしょ。なのになんで泣くんだろう。
強気で事情を説明して、泣いて弱さを見せれば話をうやむやにできるとでも思ったのか。それが通用するって思われているのも気に食わない。
「ロドニーのおっさんは、あんたに騙されたかもって気づいても、腹括って病気の親父の話を信じたよ。人を信じないで何が刑事かって言って」
ジュリアンちゃんは僕を睨みつけた。
「だから何よ。アンタ誰、関係ないじゃない!」
ジュリアンちゃんの白目と目の縁を染める赤い色は、たぶん怒りだ。
彼氏に騙された自分の周りに人は誰もいないのに、自分が騙したロドニーのおっさんには味方がいることが癪に障ったのかもしれない。
それか僕のことをクソほど気に食わないと思ったのかも。
僕は印象の薄いジュリアンちゃんの顔を覗きこんだ。
「話聞いてなかったの? 商店街のみんなで開くメアリーちゃんを励ます会の幹事をするって言ったじゃん。闇なべ通りの店の店員へわざわざクレーム言いにきといて、関係ないはないんじゃないかな」
「あっ……あ、アタシはべつに闇なべ通りのあの店に文句言ったわけじゃない! 偉そうに説教してくるオッサンの娘に会いにいっただけで……っ」
「だからなに? 闇なべ通り商店街の店でカスハラしたことには変わりないじゃん。なら来た目的がなんでも関係なくない?」
ジュリアンちゃんの吐いた言葉を少しだけもじってそう言うと、彼女はぎょっとしたように目を見開いた。その血走っていた目や、目尻や目頭の赤みがサーッと引いていく。
血の気が引くっていう言葉は、こういう変化を目の当たりにした人が作った言葉なんだろうな。
僕はジュリアンちゃんの急激な血流の変化に言葉の成り立ちを感じつつ、そういえば今日ここにきてジュリアンちゃんを確保できたらやろうと考えていたことがあったのを思い出した。
「ねー、アーロン君。ロドニーのおっさんへとられた二百万を返してあげたいんだけど、この子から二百万回収できるかなあ」
肝心のジュリアンちゃんの魅力が僕にはよくわからなくて、この子にそれだけのお金を回収できるポテンシャルがあるか不安になってきちゃった。そのためにラン・ティエンとも話をしたのに。




