第38話 ジュリアンちゃん
ミノ太郎さんのスキルを使った店の話がひと段落したところで、「――それで」と、アーロン君が言った。
タカハシさんの作った紳士的な雰囲気をぶち壊すような声だ。
「これが、深紅の恩讐がツラを見たいっつっていた、ジュリアンちゃんです」
アーロン君と僕に挟まれて座っていた女の子のおがくず色の前髪を、アーロン君がわし掴みにした。痛みに目を見開いて悲鳴を上げた女の子のネズミ耳がぺたんと伏せる。
ゼノビア・ジェーンへよく見えるように、アーロン君が掴んだ前髪を引っぱって喉をのけぞらせたせいで、綺麗にセットされたハーフアップが大きく乱れた。
「これがねえ」
ゼノビア・ジェーンは身を乗り出して紫色の目をすがめ、ジュリアンちゃんの顔をじっくりと眺めて笑った。
「ロドニーちゃんも馬鹿ね。この女、信用を犠牲にした金の稼ぎ方してるじゃない。手は真っ黒だし、肩や足にも恨みがごっそりこびりついてる。真っ当に生きてたらあり得ない汚れっぷりよ」
薄暗い店内でゼノビア・ジェーンの紫色の目が発光し、開いた瞳孔の中で溶かした金が渦巻いている。
「ふうん。あんたも一応冒険者ギルドのカードと迷宮証憑を持ってるのねえ。称号は当然無し、スキルは……」
ゼノビア・ジェーンがまばたきするたびに、金属が擦れるような音がした。〝深紅の恩讐〟の称号スキルを使うと出る音のようだ。
「ああやだ。〝嘘つき〟のスキルが生えてるじゃない」
彼女の不思議な目は、人のスキルまで見通せるらしい。やっぱり称号スキルってチート。
僕らには見えない情報を見て、金粉まじりの真っ赤なルージュを歪めるゼノビア・ジェーン。
その瞳に映っているのは、ジュリアンちゃんにこびりつく怨嗟や呪詛だろう。
金を稼ぐために手段を選ばなかった女。
その犠牲者たちの恨みつらみが、スキルを持ったゼノビア・ジェーンには見えるのだ。
「それはずいぶんと阿漕な真似をしたのですね」
ラン・ティエンが空色の目を細めて愉快そうに呟いた。王子様のような美しい笑みだ。
「あぐっ……あの、アタシ……アタシは……」
ジュリアンちゃんの白い喉から、空気が潰れた音が漏れた。つり上がり気味の目は血走って、青みがかった濃い茶色の瞳が助けを求めて大きく左右に動く。
その様子を真横で見ながら、こういう感じの子だったんだ、と僕は首を傾げた。
ここにはアーロン君から噂のジュリアンちゃんを見に行こうぜと誘われてきたわけだし、席には一人しか女の子がいないしで、隣のこの子がジュリアンちゃんかなあと思ってはいた。
だけど僕は顔を知らなかったし、僕とアーロン君に挟まれたジュリアンちゃんは、今までずっとうつむいて縮こまっていた。
僕はその理由を街の超大物投資家たちと同席しているプレッシャーや、タカハシさんの姿が怖いからだと思っていたけれど、どうやらそうでもないっぽい。
怯える女の子の顔を眺めるなんて趣味じゃないし、かわいそうかなって思って遠慮していたのだけれど、これがジュリアンちゃんなら話は別だ。
ゼノビア・ジェーンと同じように、その顔を拝みたい。この角度からでは横顔だけでよくわからないし。
「よ……っと」
僕は立ち上がり、テーブルの上に登ってジュリアンちゃんの目の前にしゃがんだ。うんこ座りって久しぶり。
「へー」
真正面から青みがかった濃い茶色の目を覗き込んで、僕は呟く。
「ロドニーのおっさんは、この顔のどのへんに騙されたのかな」
あんまり特徴がない。
おっぱいはこの店の売りだから大きいけれど、顔は本当にぼんやりしている。道ですれ違ってもきっと気付かないと思う。
この顔から出てくる話を真剣に聞きたいって気も起らないな。
「まじでこれの何が良かったんだろ」
ジュリアンちゃんから価値を見出せずに首を傾げる。もしかして何か話したら印象が変わるのかもしれない。
だって二百万だよ。
ロドニーのおっさんは二百万ギル出してでもジュリアンちゃんを助けたいと思ったんだから。
きっとジュリアンちゃんのおしゃべりには、二百万の価値があるに違いない。
「ね、なんか話してみて」
「っ……ざけんなよ! なんなんだよアンタたち! なんでこんなこと……!」
アーロン君に前髪を掴まれて顔を上げさせられているせいで、ジュリアンちゃんの声は潰れ気味だ。咳が出る寸前みたいな嗄れ声。
だけど声を聞いても、僕の中でのジュリアンちゃんの印象は全く変わらない。
何ひとつ変化しないことにこそ驚いて、僕は目を見開いた。
「ロドニーのおっさんを騙して金を巻き上げたでしょ。しかも娘のメアリーちゃんをわざわざ訪ねていって、父親のこと馬鹿にしたじゃん。商店街のみんなでメアリーちゃんを励ます会をするから幹事よろしくって頼まれるくらい、メアリーちゃんは落ち込んでるんだよ。おまけにその金はよりによって酒場組の冒険者なんかに貢いで、ドブに捨てたし」
「ちょっと! カレはすごい冒険者なんだから!」と、ジュリアンちゃんは僕の言葉を聞いた瞬間に目をつり上げて怒鳴った。
「お店の女とお金払ってしか話せないオッサンとは格が違う! チンポ突っ込みたいだけのくせに〝自分の娘と同じくらい君は良い子だ〟とか、は? うざいんだっつーの! 性欲ギラギラさせてだるい説教かますクソオヤジが! その娘にクレーム言ったっていいでしょ! そのくらい何が悪いのよ!」
「おおー」
僕は少し感心してしまった。
ちゃんと原因を教えられたのに、まさかそれを聞いたうえでロドニーのおっさんをおとしめて、さらにそれを「そのくらい」と言ってしまうなんて。
「それにっ、カレには将来があるの! だからアタシ、だって、アタシは……あ、アタシは、ほかの女と違うし!」
肌の色に合わないチカチカしたピンク色の唇を震わせて、ジュリアンちゃんがキッとまなじりをつり上げた。
「この店のほかの子たちよりビジュ良いし、アタシは、カレ専属の投資家なんだからっ!」
「はあ?」
僕の後ろで、投資家の女王が冷めた怒りの声を上げた。
「カレがアタシにそう言ったの! ジュリアンはお金を持ってるから、俺みたいな将来有望な騎士に投資するべきだって! そしたら立派な投資家だねって!」
「酒場組が将来有望?」
思わず呟いてしまった僕を睨みつけ、ジュリアンはのけ反った喉で苦しそうに息を吸った。
「だってカレは、ナビールのすごい騎士だったんだから! 剣を良いのに変えたらすぐにテラから認められて、やばい称号がつくって言ってた! だから俺に投資するなら今のうちだって言われたんだもの! そしたらアタシは称号持ちのフグーの時代を支えたやばい投資家として、将来ボアダムで有名になれるって!」
「あー……。ね?」
これまじで言ってんのかなあ。
ボアダムじゃなかったってそんなうまい話は転がってないと思うんだ。
僕はこの街以外を知らないからよくわからないけど、この街以外からボアダムにやってくる人間は山ほど客として相手をしている。
客たちから世間話程度に聞く別の街の話だって、偶然見つけた小石を磨いたらダイヤになりましたなんてことはめったにない。
小石を黄金に変える胡散臭い錬金術師に騙される、欲深い馬鹿の話ばっかり。
ジュリアンちゃんの前髪を掴んだままのアーロン君の、死後一カ月くらいの目と目が合って、僕は思わず笑ってしまった。
「自己顕示欲かな。それとも承認欲求?」と僕が呟けば、アーロン君も肩をすくめた。




