第37話 いいんじゃないの
「ミノ太郎さんスキル使ったんだ。来年は何人の子供のパパになるの?」
話題が話題なだけに恥ずかしそうな、そして不本意そうなむっつりした顔をして縮こまっていたミノ太郎さんは、僕の言葉にぶわっと勢いよく顔を上げて叫んだ。
「子供に恵まれぬ夫婦にスキルをかけて実験したのであって、私の子ではない!」
「へー」
僕はてっきりスキルの効果を試すために、百人分の女性とやっちゃったのかと。
来年の今頃はたくさんの奥さんと大勢の子供に囲まれているミノ太郎さんの姿を想像してた。出産祝いは割愛でいいかなとか思っちゃってた。
「てかスキルの実験したんだね。床に崩れ落ちてスキル捨てたいって叫んでたのに、どんな心境の変化?」
僕が首を傾げると、ミノ太郎さんはチラリとアーロン君を見たあとに深いため息をついた。
「一度、私は〝不本意なもの〟の扱い方を間違えて、餌となったのでな。どんな力も使い方次第だというアーロン殿言葉に、不本意ながら納得いたした」
遥か彼方にある山脈を眺めながら草をはむ牛のような目をして、「さらにはこれ以上私がしくじれば、主の顔にさらに泥を塗ることになる」と呟いて、ミノ太郎さんは続けた。
「それらならば、私が力の使い方を決めたいと思ったのだ。この力はたとえどんなに不本意でも私の力であるゆえに……であれば、どのような力かを見極めねばならぬ」
「へえ」
ミノ太郎さんは太い指をぐっと握りしめて、投資家三人へ向かって居住まいを正した。
「幸い、私のスキルは他人にかけても効果を発揮することがわかり申した。それならばこのスキルは、助平なことではなく、命を望む者への医療行為に使いたい」
いいんじゃないの。と、僕は思った。
てっきり勇者たちが大好きだった〝薄い本〟みたいな称号とスキルの力を、アーロン君に使われ続けて彼の人生は終わるのかなと思っていたけれど。
確かによく考えたら、不妊治療にこれほど効果的なスキルはない。力って使いようなんだなってつくづく思った。
得た力に振り回されるんじゃなくて、腹を括って自分の中の正義や善意に力のほうを付き合わせる。
ミノ太郎さんはその方法をちゃんと探して、スキルを人の性欲を満たして金を得るために使いたいアーロン君を説得した。やるじゃん。
でも着床率を自在に変えることができるスキルはそれでいいとして、ちんこを飛ばすスキルは何に使えるんだろう。
震えるちんこの使いどころは……?
頭を下げたミノ太郎さんへ最初に声をかけたのは、ゼノビア・ジェーンだった。
「セタガヤと黒スーツが称号持ちを中心にクランを立ち上げるっていうから、とりあえず出資したけれどね。でもメインの称号がなんだかイカ臭いから、どうしようかと思ってたんだわ」
ゼノビア・ジェーンは金のバングルを揺らして、勢いよくシャンパングラスをあおった。
「称号スキルを使ってただの犯罪者集団になろうってんなら、その汚いイチモツを全員ひねり潰してやろかって思ってここにきたわけよ。でもまあ、そういう使い方なら金を出してあげるよ。いまだに子供ができないって責められるのは女のほうが多いからね」
「ガキが欲しいって夫婦は金払いがいいんで、ぼろ儲け」
アーロン君が人差し指と親指で丸を作って言う。
「そういうゲスい話の流れじゃなかったよ?」
「なんで闇ギルドが慈善活動しなきゃなんねえんだよ。聖人集団じゃねえんだぞ」
アーロン君はケッと息を吐いて、僕の呟きを蹴飛ばした。
サングラスの奥にある目は相変わらず生命力が感じられなかったが、口元は盛大にニヤニヤしている。
「妊娠を気にせずプレイしてェってバカップルにも大人気。どうですタカハシ様、性豪をうまく使ってそっちのほうも新しい店を出店しようかと思っているんですが」
「水臭いですねえ、アーロン。ぼくは君の上司ですよ。そちらにはぼくが出資しましょう。異種間でも妊娠は可能なのでしょうか。たとえば馬と人間や、タコと人間とかは?」
「どうなんだ、ミノ太郎さんよ」
「おそらく可能であろうとは思うが、そのような倫理に反することは、私はせぬぞ!」
「称号通りのゲスさだわねえ、ラン・ティエン。だいたいこの可憐な乙女の前でそんな話をしないでほしいね」
長い耳をぴくぴくと動かしながら、ゼノビア・ジェーンが口をへの字に曲げた。
金粉をちりばめた真っ赤なルージュが、薄暗い店内で不機嫌そうに輝いている。
僕は彼女の言葉に突っ込むこともできず、闇ギルドの上司と部下の話し合いに耳を傾けないように、ひたすら酒を胃に流し込む。
へたに会話に参加したら、何かのきっかけでタコの番にされかねない。
沈黙は金って、勇者の誰かも言ってたし。
「うム、確カに女性の前デ、スル話ではナカッタな。スマナイ、ゼノビア・ジェーン殿」
正面の席でわさっとたくさんの腕が動く。
そのうちのひとつでタカハシさんがシルクハットを持ち上げて、ゼノビア・ジェーンに頭を下げた。長い触角がしおっと地面を向く。
「わたしモ、不妊に悩ム夫婦ヲ応援スル店ノほうニ、金ヲ出しタイ」
ゲジゲジさんまじ紳士。
ゼノビア・ジェーンに気を使い、見知らぬ夫婦のことを思いやって投資する。デーモンでゲジなのに、タカハシさんはこの中で誰よりも紳士だった。
「命ヲ扱ウ仕事でアリ、店ダ。君にソノ覚悟ガアルコトヲ、信ジルヨ」
頭を下げるミノ太郎さんにうなずきかけるタカハシさんの動きは優しくて、見かけで人を判断しちゃ駄目だっていうのは、こういうことだよねって思った。




